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ALPINA: The Promise of Twilight  作者: 小深田 とわ
第2章:The Hero of Farce
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第78話:天使長と悪魔公②

「何を今更。幾星霜も昔から、ワタシと君は対立し続けて来ただろう?」


「あら? 最初の頃は仲良く遊んだじゃないですか。私と貴女と、スクーデリアにジルニアとで。それから後にクィクィも加わりましたよね」


「その結果として勃発したのが神龍大戦だ。それが今から100,000,000年前。まさか、忘れたつもりではないだろう?」


 腰に手を当てて不敵な笑顔を浮かべるアルピナ。それに応える様にセツナエルもまた微笑を浮べる。天使特有の柔らかい感情の泡は、雷鳴の如く苛烈で鋭利な悪魔らしい嘲笑の相好とは対極的なほどに温かい。しかし、今この場においてその温かさを享受する者はいない。あるのはただ純粋な殺意のぶつかり合いだった。幾星霜に跨る天使と悪魔の戦争の発端にして元凶でもある二柱の神の子は、己の感情と興味関心に由来する我儘娘としての本分を存分に発揮していた。


「ええ。開戦から終戦に至るまでは全て私の掌の上……と言いたいところなのですが、生憎そう上手くはいかず……他の神の子は騙せても、やはりジルニアにだけは全て知られてしまたようで。最期の最期、彼には上手く逃げられてしまったようです」


「逃げられた? どういう意味だ?」


 首を傾げ乍ら問いかけるアルピナ。ジルニアの最期をその目で見てその手で触れてその魂で慟哭したにも関わらず、ジルニアの最期に秘められた秘密に何一つ気付くことが出来ていなかった。悪魔公でありながら天使長と皇龍が水面下で繰り広げていた維持と覚悟の鍔迫り合いに関与していないという事実は、彼女の自尊心を容易に打ち砕くのに貢献する。呆然と魔剣を下ろし、暗雲が立ち込める相好で小さく俯くアルピナ。普段の可憐で傲岸不遜で明朗快活な態度からは到底考えられないほどの代り映えだった。


「惜別の時間に彼の口から聞かされていたか、或いは知っていてなお隠し抱き続けて来たのかと思っていましたが、まさか貴女にすら秘密にしていたとは思いませんでしたね。知っていたからこそ、こうして龍魂の欠片を集めているのかとばかり……」


 純粋な驚きで感想を零すセツナエル。可憐な相好が琥珀色の空の下で煌めき、日中の町中であれば誰もが振り向きそうな美貌を一層の輝きの下で露わにした。


 心核が傷を負いましたか。幾星霜の信頼関係の上に成り立っていた約束の裏で行われていた秘密裏の作戦。その内実を理解していなくても、その裏切りとも等しい言動にはさすがのアルピナと言えども理性を保てなかったのでしょう。


 仕方ないですね、とセツナエルは溜息を零す。しかし、そんな感想とは裏腹に、アルピナの口元から微かな笑みが零れる。やがて、その微笑は嗤い声となってレインザードの町に響いた。


「ハハハッ、そうだったのか。まさかワタシの与り知らない所でそんなことが行われていたとはな」


「それでも、その内容までは理解できていないでしょう? 知りたくはありませんか?」


「愚問だな。ワタシがそのような事に興味を抱くと思ったか? ジルニアが死んだ。それは事実だ。どのような意図があったにせよ、彼がそれを正しき道として選んだのであればワタシはそれを尊重する。過ぎ去りし過去に責任を求める等といった愚行を犯す程ワタシは悪魔としての道理を外れた覚えはないからな」


 改めて魔剣を構築し、魂から濃密な魔力を放出させる。大気が激震し、天頂の琥珀空がより一層深く色味を増す。地界と龍脈を隔てる膜の融解が進行し、地界の大気組成が龍脈の内部構造へと置き換わり始める。

 その事実は、やがて地界に住む凡ゆるヒトの子を死に至らしめることを知らせるものであり、かつて神が構築した世界の一つが失われる事の暗示でもあった。


「或いは、その話をするほどの信頼を得ていなかっただけでは? 仮に私にその真実が知られてしまったとあれば、漏洩の可能性が最も高いのは他でもない貴女なのですから」


「敵を騙すには味方から、ということだろう」


 言い訳にも近い意地のぶつかり合い。互いに自分の主張と主観を譲らないという思いだけが先行し、そこに客観的事実が仲裁する余地はなかった。


「口が減らないですね、貴女は」


「君こそ」


 宵闇の深淵が琥珀色に染め変わる。地界に滲出した龍脈がこの星にまで到達し、大地を駆け抜ける。それは、アルピナ達神の子から見れば特別変わり映えがない龍脈でしかない。

 三界を内包する広大な膜構造である龍脈の内部を満たす龍の根源である龍脈。しかし、人間をはじめとするヒトの子にとってはそうとは言えなかった。彼らヒトの子にとってみれば神の子の力は脅威でしかない。シャルエルの聖力がカルス・アムラの森で毒霧となってヒトの子の生命力を蝕んでいたのと同様に、地界に零れる龍脈もそこに生きるヒトの子から見れば瘴気同然に映る。正確にはその瞳で観測することはできないのだが、しかし例え観測できなくても影響を受けることはできるのだ。

 その龍脈の中で存在感を奪われないように、アルピナもセツナエルも己の魂で産生させる根源を湧出させる。金色に染まった聖眼と魔眼が月輪に負けない輝きで見つめ合い、一切のブレも萎縮も無く純粋な狂気と猟奇をぶつけ合っていた。

 そして、遂に天使長と悪魔公が己の力と力を重ね合わせようとした。世界が生み出されるより遥か昔、未だ蒼穹が完全なる無の空間だった頃から続く因縁。漸く直接かつ最短の解決策が実行されようとしていた。しかし、それは本来あってはならない組合わせ。それぞれの種族を取り纏める領袖としての立場とこの二柱が持つ特有の事情が併さることで、地界の崩壊は加速の一途を辿る。

 しかし、それぞれが握る聖剣と魔剣がぶつかり合おうとしたその瞬間だった。琥珀色の天頂より飛来する一柱の悪魔が両者の間に降り立ち、それぞれの剣を容易に受け止める。鈍色の長髪を風に任せる長身の美女。スクーデリアという名を持つ悪魔侯にしてアルピナの幼馴染でもある彼女が、殺気を零し続ける二柱の神の子を交互に見つめながらため息を零す。


「天使長と悪魔公が揃って何をしているのかしら? この星、延いてはこの地界、それともこの世界を消滅させるつもりかしら?」


 妖艶な声色で凄むスクーデリア。これまでの長い時の中で幾度となく怒られ続けていたのだろうか? セツナエルもアルピナも大人しく剣を引く。そして、気持ち程度に縮こまりながら両者は互いに目線を逸らせた。


「あら、スクーデリア。お久しぶりですね。シャルエルの呪縛から解放されたのですね?」


「余計なマネをするな、スクーデリア。そもそも、二回行われた神龍大戦のうち後者はここ地界を舞台に行われた。多少の小競り合いが勃発したところで崩壊することはない」


 血気盛んに嗤うアルピナ。金色の魔眼が焔のように揺らめき、無尽蔵の魔力が町の人間に対する遠慮を欠いて放出される。地界に滲出し始めた龍脈を押し返すように増大する彼女の魔力は、やがてヒトの子の命にかかわらないギリギリまで増大する。


「そうね、貴女とシャルエルが戦ったところで大した影響はなかったものね。でも、貴女達二柱は他の神の子とは事情が違うというのを努々忘れてはならないのよ」


 見なさい、とスクーデリアは天頂を見上げる。それに釣られるように、アルピナとスクーデリアは一挙手一投足揃った鏡写しな動作で天頂を見上げた。そんな二柱の様子をスクーデリアは横目で一瞥しながら微笑を浮かべるのだった。


「貴女達が徒に聖力と魔力を垂れ流したお陰で、地界と魔界を隔てる膜が融解し始めているのよ。天魔の理を破ったツケね」


 天魔の理は、第一次神龍大戦が終結した際に神の子同士の間に定められた掟である。それにより、天使も悪魔も龍も地界で放出できる力の上限が定められ、神によって魂に刻み込まれたのだ。そのため、本来であれば天魔の理で定められた基準値を超える量の聖力や魔力を放出させることはできない。しかし、天使長乃至悪魔公という立場がその上限の突破を一時的に実現させているのだ。


「チッ、仕方ない。今回はここで手を引いておくとしよう」


「ええ。私もまだ地界でしなければならないことがありますし。それに、この程度であれば放っておけば直に治ると思いますので」


 二柱はそれぞれ聖力と魔力を魂に戻す。金色の聖眼や魔眼が、それぞれ紅色と青色の瞳に染め戻った。行くぞ、とアルピナはスクーデリアに声を賭けつつ三対六枚の翼を秘匿させると、漆黒に戻った夜空の彼方に消えるのだった。

次回、第79話は12/15 21:00公開予定です

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