表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ALPINA: The Promise of Twilight  作者: 小深田 とわ
第2章:The Hero of Farce
76/511

第76話:会議

「ねぇ、イラーフ。貴女は聞いたことある?」


「そうですね……天巫女として見過ごせないのは、やはり神話でしょうか? 魔法という名称は神話の中で出てくる名称ですので」


 天巫女は宗教の頂点。即ち、神話に関する専門家でもある。神話の細部や裏側に至るまで、現時点で判明しているあらゆる真相が彼女の頭に入っているのだ。その為、魔法という呼称を聞いて彼女はすぐさま神話と紐づけすることができた。


「神話?」


「はい。神話に魔王なる存在は出現しませんが、魔法という名称は出現します。神話において魔法とは、天使や悪魔が使う超常の奇蹟とされているものの事を指します」


 窓の外から聞こえる喧騒が小さくなる。空には曇天が急速的に発達し、やがてポツポツと雨が降り始める。そして瞬く間にそれは豪雨へと発展し、轟音と共に出現する落雷を伴ってレインザード周辺一帯に覆い被さる。

 風が強く吹き、レインザードの未来を暗示するかの如き鋭利な稲妻が低い雲の裏で嘲笑している。

 つまり、とアルバートは一つの過程に至る。それは普通に考えればあり得ない事ではあるが、しかし何一つ詳細が判明していない現状では藁にも縋る思い出で至った希望の光でもあった。


「あの三人は天使か悪魔……ということですか?」


「或いは、何処かの組織が何かしらの技術を隠すために神話内の名称を利用したか、ですね」


 そうして得られた二つの過程。どちらも机上の空論でしかないが、前者は妄想に近く後者は仮定に近いような気がした。そんな五人の心情を表面化するようにマルクロは言葉を発した。


「神話を実在の出来事と捉えるか、或いは創作の類と捉えるかによるでしょうね。それによってどちらに傾くかが変わりますので」


 その言葉を聞いて、四人は揃ってエフェメラを見る。宗教の頂点に立つ彼女がその実在性を認めることは、現時点で得られるものの中で何よりもの証拠として擁立できる。

 そして、自身が置かれている状況に気付かないはずもないエフェメラは無言で固まる。宗教の頂点としてすべき立場を明確にするように、彼女は覚悟を決めて答えるのだった。


「天巫女としての私は神話の実在性を認めます。しかし、四騎士としての私はそれを否定するでしょう。天使や悪魔という、存在が確立されていない者を探すよりも、悪意を持った人間の存在の方がよっぽど確実性が高いので」


「でも、凡ゆる可能性を考慮すべきよ。天使や悪魔がいる証拠はまだないけど、いない証拠もまたないんだから」


「ですが、消極的事実の証明ほど困難なものはありませんよ」


 それでも、とアエラは声を張る。気概と気迫に圧倒されるようにエフェメラは瞠目し、アルバートとカーネリアは萎縮する事しか出来なかった。


「やれるだけのことはやらないといけないわよ」


「そうですね。では、凡ゆる場合を考慮しつつ兵力を蓄えるとしましょう。幸い、此方には英雄と称される方々を要しています。魔獣の脅威から民を救う貴方方なら、魔王と呼ぶ者達にもいずれは勝てるでしょう」


 エフェメラは、和らな瞳で二人の英雄を見つめる。しかし、その真っ直ぐな視線はその和らな態度とは裏腹の冷たい圧力で構成されていた。拒否することも質疑することも許さない完全な肯定を強制されているような恐怖心にアルバートもカーネリアも相好を強張らせる。

 流石、伊達に四騎士と天巫女を兼ねているだけのことはある。外見からは予想ができないほどの大人びた圧は、それだけ数々の修羅場を潜り抜けてきたからこその賜物なのだろう。諸々の悪意と策略に翻弄され、邪な感情と謀略が張り巡らされた迷路を走り続けているからこそ手に入れざるを得なかった技量だった。本来の穏やかで優しい本性を押し殺すことで保持し続けてきた自己としての誇り。それは、例え多くの死闘を潜り抜けてきたアルバートやカーネリアですら到底届かない領域と言えるだろう。


「私もカーネリアも、共に平民畑出身です。軍に関しては完全に門外漢なので、あまり役に立つとは思えませんが、可能な限り尽力いたします」


「私も微力ながら誠意お勤めさせて頂きます」


 アルバートとカーネリアは揃って頭を下げる。思ってもいなかった転換点だった。庶民でありながら自国の軍隊を組織する側に回る機会はまずないと言ってよいだろう。本来、こうした立場になれるのは往々にして貴族やそれと縁深い軍人意志族と相場が決まっている。それがこうして、アルバートやカーネリアといったどこの馬の骨ともわからない他人へと委任された。緊張せざるを得なかった。


「さて、そうと決まれば早速動くとしましょう」


 そこから先の会議は難航した。いつ来るかもわからない、或いは来るかどうかもわからない魔王と呼ばれる未知の敵を相手に予定を立てることは至難だった。唯一顔を見たことがある英雄の二人も、言ってしまえばそれだけの関係でしかない。手の内どころか、その表面的な印象すらたしかとは言えないのだ。

 そして、太陽は急速に西へ傾いていく。茜色の空が黄昏色へと変わり、帰宅を告げる黒鳥の歌声が町の通りを駆け抜けた。疎らになった人混みが放つ喧騒も疎らになり、やがて物寂しく冷たい石畳が姿を現した。

 そしてさらに日は落ちる。蝋燭の火が齎す微かな灯りを基に額を突き合わせる人間の代表たち。四騎士と天巫女と英雄が集結し、真の平和を勝ち取るための戦いに足を踏み込む。天使のこと、悪魔のこと、英雄のこと、そして魔王のこと。散在するパズルのピースが、漸く一ヶ所に集まり始めたようだった。

 日輪と月輪が茜色の空に両立する。一番星が顔を覗かせ、昼行性と夜行性の立ち場が入れ替わるその時を知らせた。

 その後、その会議が完全に終了と相成ったのは完全に夜が更けてからだった。冷たい風が通りを吹き抜け、最早人の姿は何処にもなかった。

 昼間の喧騒がまるで嘘のよう。人間どころか小動物一匹いる気配すら感じない。耳が痛くなるほどの静謐な寄る闇が深く覆い被さり、手元で仄かの燃える小さな火が微かに足元を照らしてくれていた。

 町の外で夜鳥が鳴いた。消え入るような小さな歌声は、肌寒さと併せて身体を振るわせるのに一役買うのだった。

 アルバートとカーネリアは、いつも利用している宿に戻る。いつもならすでに入り口の灯りは消されている時間。しかし、マルクロの計らいで伝書を飛ばしてくれたおかげもあり、こうして蝋燭を灯したまま待っていてくれたのだ。ありがたいとばかりに微笑を浮かべる二人は、扉を抜けると蝋燭の火を消しながら部屋へと戻る。

 そして、漸く肩の荷が下りたとばかりにベッドに倒れ込んだ。仰向けで天井を見つめたまま、現実感がいまだ得られない現状を前に心臓の鼓動を高鳴らせる。


「……これで少しは状況がよくなるかな?」


「う~ん……どうだろ? でも、私達はこの状況がよくなるようにすべきことをするだけだよ、きっと」


 ふふっ、と微笑むカーネリア。楽観的な視座で状況を楽しめる彼女の性格がこういうときにこそ羨ましいな、とアルバートは苦笑する事しか出来なかった。そして、大きく溜息を吐いた彼は猛烈に襲撃する睡魔を前に瞳を微睡ませる。


「そうだな……だが、楽観視と慢心をはき違えないようにしなくてはな。今回ばかりは、これまでと違って自分達だけの戦いってわけじゃないからな」


「うん……そうだね。がんばらないと」


 そして、そのまま泥のように二人は眠り込む。別に戦いがあったわけではないのに、なぜが異様に疲れていた。肉体的疲労より精神的な疲労が、二人を安眠の夢見心地へと誘うのだった。

次回、第77話は12/13 21:00公開予定です

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ