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ALPINA: The Promise of Twilight  作者: 小深田 とわ
第2章:The Hero of Farce
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第75話:英雄と騎士

 レインザード町長マルクロ・ルビンスは、独り公邸の執務室で思考に耽っていた。度重なる魔獣侵攻で町の防衛力は消耗。幸運にも英雄と逸脱者が強大な防衛力となって立ち塞がっているお陰で薄氷の平和が成り立っていた。しかし、そこへ英雄をも上回る新たな敵が出現した事実が舞い込むことで、先行き見通せない暗闇が脳裏に渦巻いて止まないのだ。

 どうしたものか、とマルクロは薄暗い部屋で俯く。書類仕事すらまともに手が付けられなかった。心の消耗が思考力判断力を阻害し、積み重なった羊皮紙が恨めしく彼を見つめている様だった。

 彼は、居ても立っても居られない様子で引き出しから葉巻を取り出す。慣れた手つきで先端をシガーカッターで切断する。マッチに火をつけて切断面を炙り、仄かに立ち上る煙を見つめながら反対側を口に咥える。

 紫煙が室内に溶け、口腔に芳醇な香りが満たされる。含有する物質が脳に作用することで一時的な快楽を与えてくれた。微かに平穏を取り戻したマルクロは、背もたれに身を預けながら徐に天井を見上げた。


 魔王の台頭……魔獣と魔物……天使や悪魔が神話の中だけにしか存在しないことがまるで嘘のようだ。仮にそれらが実在するのであれば、是非そのご尊顔を拝んでみたいものだな。


 フゥ、と彼は口腔の紫煙を吐き出す。卓上の茶は完全に冷め、微かな湯気すらも登っていなかった。水面は静謐さを保ち、二度と訪れない口づけをただ待ち望んでいた。

 背後の窓からは、長閑な平和を華やかに彩る豊かな喧騒が届く。やや西に傾き始めた日輪が赤色の陽光を大地に注ぎ、温暖な風を呼び込んでいた。少量ながらも雲が湧き始め、数日続いた快晴もどうやら終わりに近づいている様だった。それはまるで今のマルクロの心情をそのまま反映している様であり、まるで町の今後を暗示している様でもあった。

 縁起が悪いな、とマルクロは地平を睥睨する。小皺の奥から覗く眼光は、しかしなお希望の光を失ってはいなかった。

 その時、扉が数度叩かれる。突然の尋ね人に彼は一瞬面くらったが、そういえば四騎士が尋ねてくる日だったことを思い出して理性を取り戻す。そしてその判断の遅れを取り戻すように、しかし焦燥感を悟られないように冷静さを保ちながら葉巻を静かに灰皿に置いた。


「ルビンス様、キィス様とイラーフ様が来られました」


「お通ししろ」


 鷹揚に、しかし畏まった声色でマルクロは返答する。彼方は四騎士、此方は町長。政治的立場は向こうが上になるのだ。四騎士は国王に直属する立場であるが故に、その言動は王家に準ずるだけに影響力を及ぼす。粗相でも起こせば、此方の将来など幾らでも蹴り落とすことができる。

 そして、その返答を待ってましたとばかりに扉は開かる。秘書の促しに引かれるように二人の女性が執務室に踏み入る。


「お久しぶりです、ルビンスさん」


「遠路はるばるお越しくださいましてありがとうございます、イラーフ様、キィス様」


「いえ、私達はこれが仕事なので」


 深々と頭を下げるマルクロ。それを制止するように手を伸ばすアエラ。喧騒の影で蔓延る悪意に包まれた不穏な空間の中で、久し振りな平和が訪れたような感覚をマルクロは感じ取るのだった。

 そして、マルクロは二人を席に座る様に促す。そこへ秘書が暖かい紅茶と焼き菓子を運び、微かに残る紫煙の臭いを上書きするように芳醇な香りが満たされた。三人は、暫くの無言のティータイムで心身を整えることでこれから溜まるであろうストレスに備える。

 やがて、徐に口を開いて会話の端を発したのはエフェメラだった。彼女は、ティーカップを静かにテーブルに置いて暖かな吐息を零す。


「この度は、深刻な魔獣被害でしたね」


「いえ。……しかし、魔獣、或いは魔物の数が減る様子はなく、英雄様のおかげで町への被害は食い止められています。それでも、町が有している公的な戦力では英雄様のお力には到底及ばず、状態としてはあまりよくないでしょう」


「やっぱり、英雄って呼ばれるだけあってその実力はかなりのものなのね」


 アエラは率直な感想を零す。それは決して自国の軍事力を乏しているのではなく、純粋な関心から生み出された言葉だった。そして、その言葉にマルクロは同意以外の意見が思い至らないとばかりに首肯する。


「はい。それでも魔王達には手も足も出なかったようですが」


「そういえば、報告書に記載されていましたね。魔王とは具体的にどのような存在なのでしょう?」


 その時、執務室の入り口扉が再度叩かれる。軽快な音で鳴るそれは、彼のもとへの新たな来客の知らせだった。そして、ノックの音に連続するように秘書の者と思われる声が届く。


「ルビンス様、英雄様一行がご到着されました」


「わかった。丁度いいタイミングだ。通してくれ」


 マルクロの了承に応える様に、秘書は扉を開く。徐に開かれる重厚な扉の奥からは、巷から英雄と呼び崇められる救世主的存在、アルバートとカーネリアが顔を覗かせた。


「あの……失礼します……」


 アルバートは恭しく頭を下げる。カーネリアもそれに合わせる様に頭を下げ、一瞬の無言の凪が吹いたような気がした。


「こちらの二人が、その英雄になります。やはり、本人から直截聞くのが良いと思い読んで置いた次第です」


「なるほど、それは助かりますね。改めまして、初めまして英雄様。私は四騎士兼天巫女のエフェメラ・イラーフと申します」


「同じく四騎士のアエラ・キィスよ。よろしくね、英雄様」


 丁寧な口調と態度で自己紹介するエフェメラと、陽気で朗らかな態度で挨拶するアエラ。四騎士と呼ばれる立場の高さが一瞬分からなくなるような親しみやすさに、アルバートとカーネリアは揃って瞠目する。しかし改めて理性を引きずり戻した二人は、あくまでも自らが下であることを思い出すように丁寧に挨拶を返す。


「初めまして、アルバート・テルクライアです」


「カーネリア・クィットリアです」


 二人は、マルクロに促されるように席に着き、その前には他の三人と同じく暖かな紅茶が運ばれる。緊張した面持ちで背筋を伸ばす二人は、固い表情で三人を交互に見つめた。

 四騎士と席を同じくする機会とは、普通に生きている限りではまず訪れることがないほどの珍しいこと。王族と肩を並べることがないように、四騎士と肩を並べることは、一庶民には縁がないのだ。故に、一般庶民でしかないアルバートもカーネリアも生き蛸ことがしないとばかりに顔を緊張させる。


「ふふっ、緊張しなくても大丈夫ですよ」


 そんな二人の心に寄り添うように和らな口調で語り掛けるエフェメラに態度は、彼女が天巫女であることを裏付けするように心落ち着かせるのに寄与する。そして、漸く落ち着いたように相好を普段通りに戻したアルバートとカーネリアに、アエラは改めて話しかける。


「それで早速なんだけど、魔王について教えてくれるかしら?」


「はい。ですが、魔王とは彼が独断で付けただけの所謂仮称でしかありません。その正体や正式名称については、全くと言って差し支えないほど不明なのが現状です」


「ただ、幾つか妙な事を口走っていましたね」


「妙な事?」


 妙な事、という単語に引っ掛かりを感じたアエラは、その点について尋ねる。その正体に僅かにでもたどり着く可能性があるのであれば、それを決して逃しはしないという気概が感じられた。普段の陽気で朗らかな性格からは想像できないほどの生真面目な態度だった。


「はい。その魔王の内の一人スクーデリアと呼ばれていた者が発言していたのですが、なにやら魔法と呼ばれる力を使用している様でした」


「魔法……」


 普段の生活では聞くことも発現することもない単語。しかし、何故か聞き覚えがある様な気がしてならない、とばかりに首をかしげるアエラ。どれだけ頭を悩ましてもその霧が晴れそうにない彼女は、隣に座るエフェメラに尋ねる。

次回、第76話は、12/12 21:00公開予定です

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