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ALPINA: The Promise of Twilight  作者: 小深田 とわ
第2章:The Hero of Farce
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第69話:凶報

【輝皇歴1657年6月20日 プレラハル王国王都】


 純白の外壁に、色とりどりの屋根。日輪の下でさえその存在感を霞ませることがない王都の街並みは、プレラハル王国が世界に誇る最高建築として呼び声高い。そんな王都の中心に高く聳える純白の城。その屋根を鮮やかな青色に染めた美しき城、プレラハル王城は今日もその高みから王国全体を俯瞰するように雲を突き抜けて聳えていた。

 そんなプレラハル王城の一角、王国が誇る最高戦力たる四騎士が集まる部屋はそんな平和で長閑な色合いとはまるで異なる張りつめた空気を醸し出していた。

 アエラ・キィス、ガリアノット・マクスウェル、エフェメラ・イラーフ、そしてカルス・アムラの森への遠征から帰還したばかりのグルーリアス・ツェーノン。彼ら彼女らは皆、総じて国の発展と民草の平和を第一に考える為政者で、誰もが国王に次ぐ権力を有しながらもその力を自分ではなく他人のために使うことができる優しさを持ち合わせていた。

 彼ら彼女らは、無言でティーカップを口元に運ぶ。カップとソーサーが触れ合う甲高い音だけが室内に木霊する。窓の外に広がる澄み渡る青空とその中を舞う白い鳥。どれをとっても平和の一欠片にしか感じられないそれは、倒錯する心情と激突することで忌々しいほどの輝きを覗かせる。

 彼らの中の一人、地位に見合わない幼い外見を有する小柄な少女エフェメラ・イラーフは小さく溜息を零す。彼女は四騎士でありながら国教の頂点に君臨する天巫女を兼任する特殊な立場。その心は、国教が定める人と天使の縁が齎す世界の恒久的平和を思い描いていた。

 しかし、そんな彼女でも先程齎されて凶報を前にしてはその希望を潰されかねないほどに心情を抉られていた。


「先程の知らせ……あれは本当なのでしょうか?」


 エフェメラは力なく呟く。ティーカップが静かにテーブルに置かれ、小さな口腔から小さなため息が零れ落ちる。紅色の瞳が忙しなく左右に揺れ、つかめない雲を掴むかのように希望の手が空中を切る。

 四騎士に齎された凶報。それは、王都より北方に広がるレインザードと呼ばれる街に魔獣が出現したというもの。

 しかし、今でこそ深刻な表情に曇らせているものの、この情報を受け取った直後はこれほどまでに深刻ではなかった。寧ろ、深刻とは対極に位置する様な辟易とした相好すら浮かべている始末だった。

 それが、何故これほどまでに深刻さを滲まざるを得なくなったのか。それは、その情報の付言するように齎された続報に合った。これまでの魔獣被害の根底を覆しかねないその情報に、四騎士はその立場も忘れて驚愕に身を固める事しか出来なかった。


「魔獣を率いる魔王の存在……だったか?」


「それと、魔獣の他に魔物っていう種類も新たに出現したらしいね」


 四騎士はそれぞれ手元の羊皮紙に改めて目を落とす。そこには、レインザードで発生した魔獣被害に関する詳細が書き連ねられていた。その中でも一際四人の目を引いたのが、魔獣の他に新たに確認された魔物と呼ばれる種の存在、そしてそれらを率いる魔王と呼ばれる存在。

 改めて無言でその内容を精読した四人は、その内容に声にならない声を発する事しか出来なかった。


「魔獣と魔獣の細かい違いは、額に生える角の色の違い……か。コレクターにとっては更なる希少品の出現にる流涎者だろうな」


「魔獣の角は煎じて飲めば一種の麻薬的効果が与えられていたけど、魔物の場合はどうなのかしら? これも同じように健康被害が生じるようなら改めて規制が必要ね」


 グルーリアス、ガリアノット、アエラは揃って天巫女ことエフェメラを見る。こうした内容に最も詳しいのが彼女であり、彼女であれば何らかの手がかりをつかんでいるのかもしれないという淡い希望を持ち合わせていた。

 しかし、そんな儚い希望は彼女の返答の前で脆くも崩れ去ることとなる。エフェメラは、三人の視線を前に申し訳なさそうな相好を浮かべつつ自身が持ち合わせている情報を吐き出すのだった。


「申し訳ありません。何分、私もつい先ほど知らされたばかりなので……。一応、この情報と共にいくつかのサンプルも送られてきたのですが、解析してみない事には何とも言えません。その解析自体、果たしてどれ程の時間を要することになるのか……魔獣の角と大差ないようであれば二・三日もあれば恐らく出せるとは思います」


 それにしても、とエフェメラは呟く。その指尖は羊皮紙からぶれることなく、そこに書かれた内容を食い入るように睥睨していた。


「この報告書を見る限り魔物は魔獣と実力差はない様なのであまり深く悩む必要もないでしょう。問題は魔王と呼ばれる存在です。人間と変わらない見た目を持ち、魔物を率いて侵攻する。いつ、内側から攻撃されてもおかしくない危険性を孕んでいると言っていいでしょう」


「ツェーノンは、先日のカルス・アムラ遠征の際にそういった兆候はなかったのか?」


 ガリアノットは尋ねる。真剣そのものの瞳と声色は、四騎士として名を連ねる最強の武人としての覇気を存分に孕んでいた。同じ四騎士であるはずのグルーリアスはそんな彼の声に気圧されつつも、当時遭遇した奇妙な体験を思い出す様にして呟く。


「……国王陛下には既にお伝えした事だが、この状況を鑑みるにお前達も知っておく必要があるかもしれないな」


 グルーリアスは徐に語り始める。遠征に出立した後、カルス・アムラの森の入り口で遭遇した奇妙な体験だ。


「カルス・アムラの森の入り口で旅人と遭遇した。一見してどこにでもいる普通の度日だったが、その会話内容が奇妙でな」


「会話?」


 そうだ、と彼は首肯する。真剣な瞳に、三人は挙って固唾を飲んで二の句を待つ。


「自分達が悪魔だとか天使がどうだとか、神話の内容を協議するにして時も場所もその内容も不釣り合いすぎるし、まるで自分達がそうであるかのように話をしていてな。おかしいとは思わないか?」


 神話に登場する種族の話なら兎も角、まるで自分達がそうした種族であることを肯定するかのような会話。若者たちの悪ふざけにしては妙に自信と気概に満ち溢れていたことを思い出す様にしてグルーリアスは息をひそめる。


「つまり、その三人が真悪魔であり、今回の一件もその悪魔が魔物を率いて地上に降り立っていると?」


「考えすぎるとは思うが、念のために暗部に後をつけさせた」


 結果は、とアエラは答えを急かす。好奇心か恐怖故か、その顔はとても普段の可憐な彼女の顔とは思えないほどに緊張感と覇気と恐怖に染まっていた。


「梨の礫だ。恐らく、全て殺されたのだろう。国が誇る暗部がたかが旅人相手に全滅だ。あり得ないだろ?」


「そんな……それじゃあ、その三人組って言うのが……?」


「ああ、恐らくその魔王だったんだろう。羊皮紙に書かれている外見情報とも一致する。間違いない」


 悪魔という呼称が真実なのか欺瞞なのかは定かではないが、いずれにしても人ならざる存在がヒトの住む世界で暗躍しているのは確実。恐怖と緊張感に魂を震わせる四騎士は、それぞれ青ざめた相好を赤く染めようと紅茶を飲む。乾いた口腔と口唇に芳醇な茶葉の風味が行き渡り、束の間に安らぎと安心感を取り戻させてくれる。しかし、冷めた紅茶がまるで子の先の位未来を暗示しているかのように感じられ、心の奥から見えない恐怖が波のようにこみ上げてくるのも感じていた。


「レインザードに誰か行くべきだな」


「では、私が行きましょうか? 天巫女としての知見が何らかの役に立つかもしれません」


 エフェメラが果敢に立候補する。優しく垂れた瞳の中で燃えるように輝く瞳には、世界の平和を守ろうとする覚悟が焔の如き揺らめきで燃え滾っているのがありありと伝わる。


「わかった。なら、キィスも一緒に行ってあげてくれ。流石に独りで行かせるわけにはいかないからな」


「わかったわ。頑張りましょ、イラーフ」


 はい、と元気よく返事するエフェメラの相好は明るい。それにつられるように、アエラもまた仄かに微笑を浮かべるのだった。

次回、第70話は12/6 21:00公開予定です

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