第67話:裏路地の攻防
公邸を出た二人は、足取り重く通りを進む。正午を指す時計が鐘を鳴らし、空腹が仕事を中断させる。誰もが胃袋を刺激する芳醇な香りに誘われて食事の席に着き、一時の休息に舌鼓を打つ。
そんな民草を一瞥しながら、二人は目的も無く通りを歩き続ける。食事の気分に離れなかった。先行き見通せない今後に思いを馳せ、正体の不明な強敵に不安を募らせ続ける。
「ど~する、これから?」
「国や町の対応がどうなるか何とも言えないからな。一先ず、外に出て近場を探ってみるとしよう」
そうね、と頷くカーネリアは、不安が入り混じった悲しい微笑を浮かべる。これまでの魔獣退治と異なり、状況に対して一切の楽しみを見出せなかった。
プレラハル王国の歴史において、一部の貴族達はその社旗的優位性を示すための娯楽として狩猟を行っていたとされている。アルバートとカーネリアの魔獣退治は、いわばそれに類似したものだった。不満解消と快楽が最上位に位置付けられたスポーツとしての退治。それによって社会的地位が確立された点においても、貴族が過去に行われていたそれと大差ないと言える。
しかし、今回二人が敵対することになった魔王は違った。彼らと敵対することに一切の不満解消や娯楽的側面が見出せないのだ。社会的優位性はある程度獲得できるだろうが、リスクに対するリターンとして割に合うとは思えない。
それから暫く歩いた二人は、薄暗い横道に逸れる。両脇を壁に挟まれ、陽光が届かない細道は清潔感が感じられない。隅には苔が生え、湿る石畳は滑りやすさを助長する。
本来であれば一日を通して片手で数えるほどしか人が通らない忘れられた道。あまり治安が容易とは言えず、それが却って人を遠ざけている地。他人と偶発的に遭遇することは非常に稀な事態。しかし、今回に限っては対面から誰かが近づいていた。
フードを目深に被り、その相好は拝めない。しかし、小柄な体格と服装から恐らく女。それも、カーネリアより僅かに僅かに若い少女のようだった。季節外れな黒を基調としたコートを羽織り、その下から覗く同じく黒のミニスカートからは雪色の大腿がチラリと覗く。それは、陰鬱とした裏路地であっても日輪のように眩く、純粋無垢な石清水のように爽やかだった。
珍しいな、とアルバートは心中で吐露しつつ未知の片側による。剣を腰に携えている関係で少々狭いものの、通れないほどではない。
そして、特別トラブルなく通り過ぎようとした時だった。対面から歩んで来るその少女がふいに他留まる。そして、二人にとってトラウマとも呼べる口調で語り掛ける。
「ほう、ようやく目を覚ましたか」
明朗快活な、しかし同時に傲岸不遜な態度が見え隠れする声色は二人の心を震わせる。彼女がフードを外せば、可憐さと冷徹さを両立する小顔が姿を見せる。猫のように大きな青い瞳は煌びやかに輝き、黒に蒼い差し色が入った髪が肩程の長さで風に身を預ける。
「お前は……アルピナッ⁉」
アルバートとカーネリアは、同時に剣の柄にに手を動かす。しかし、町中であるという事実が抜剣を防ぐ。緊張感と恐怖と殺意が綯交され、言語化しづらい感情の乱高下が理性を疎かにする。本能的な衝動性が餌を前にした猛獣のように暴れ狂い、今まさにでも飛び掛からんと発狂する。
「フッ。町の中で事を荒げるほど君達も愚昧ではないだろう。それに、例え君達が死力を尽くしたところでワタシには傷一つ与えることすら不可能だ。それは君達だって承知の上……違うか?」
「……こんなところで何してるの?」
カーネリアは恐々として尋ねる。声は上ずり、四肢は小刻みに震える。先日の出会いの時とはまた異なる恐怖が襲い掛かる。
「……やはり、何も知らないようだな。もとより期待していなかった手前、特別悲哀も憐憫も抱くことはないが……」
どうしたものか、とでも言いたげに彼女は湖心手を当てる。細身の腰が一層強調され、フワリと揺れるスカートの裾が扇情的な彩を零す。青い瞳は何かを探る様に二人を交互に見やり、まるで全てを見透かすような感覚に二人は包まれる。
「君達は、何故逸脱者になれた?」
不意に投げかけられる問いに、二人は互いに見つめ合う。そして、暫くの沈黙を挟んだ後にアルバートは問い返す。
「何故、だと?」
「そうだ。ヒトの子が自然の摂理で逸脱者へと至る可能性はゼロではない。しかし、精々一国に一人いれば御の字だ。そこから更に英雄の生きに至れるのは一つの星に一人程度の低確率。それが偶然にも同じ星の同じ国の同じ町でしかも行動を共にしている。偶然にしては出来過ぎているとは思わないか?」
周知の事実のように発言するアルピナ。しかし、英雄もい逸脱者も全て他称でしかない。自分で名乗り出た訳でも無ければ、公的に授けられた位でもない。そんな不確かな名声が、まるで始めから存在していたかのような発言。とても信用できる内容でもなければ理解できる事柄でもなかった。
「何の話? 逸脱者とか英雄とかが世界のシステムみたいな言い方……」
「その通りだ。ヒトの子を外れた存在。即ち逸脱者はヒトの子が神の子に抗うために設けられた救済措置。尤も、たかが逸脱者程度では暇つぶしにもならないがな。せめて英雄の中でもその上位まで上り詰めるか、その先にある勇者の域にまで到達してもらわねばな」
アルピナは徐に二人の間まで歩み寄ると、二人の方に手を置きながら笑う。冷徹な嘲笑は、二人を見下す上位者としての相好であり、とても同じ人間とは思えなかった。
冷汗を額に浮かべる二人は、反応すら出来なかった彼女の行動に後退りしたくなる。しかし、できなかった。恐怖によって心身ともに縮こまり、死の危険を前にする防御行動すらとれなかった。ただ彼女のなすがままにあしらわれるその様は、屈辱的ですらあった。
「……残念だが、俺達が逸脱者になったのも行動を共にしているのも全て偶然だ。仕組まれた覚えはない」
そうか、とアルピナは二人の方から手を下ろす。そして、そのまま無言で立ち去ろうとする彼女だったがアルバートによって引き止められる。
「待て、せっかくの好機を逃すわけないだろ?」
「話を聞いていなかったようだな。例え君達が命と引き換えに攻撃してきたところで、ワタシに傷を負わせることはできない」
「それでも、せっかくの好機を逃すわけにはいかないだろ!」
アルバートとカーネリアは揃って剣を抜く。例え町の住民に目撃されようとも、英雄の名で抑え込められる。町長には既に魔王の存在を伝えていることからも、例え騒ぎになっても不問にしてもらえる。それを心で信じながら、二人はアルピナを睥睨するのだった。
「仕方ない。精々、遊んであげるとしよう」
アルピナの青い瞳が金色に染め変わる。人体構造上あり得ないそれにアルバートとカーネリアはたじろぐが、それも理性で抑え込んで呼吸を整える。
そして、アルバートとカーネリアはそれぞれアルピナの前後から同時に切りかかる。平原の中心で無数の魔獣に囲まれたときの様な、一切の躊躇を伴わない殺気を放ち、二人は超速の剣を振りかぶる。
その剣圧は超越的な衝撃波を放ちながらアルピナを襲い、周囲に散乱する塵芥を吹き飛ばす。地面に生えす小さな苔や植物は抉れるように吹き飛ばされ、屋根の上の鳥達は身を護る様に飛び去った。
しかし、その剣がアルピナに届くことはない。乾坤一擲の一撃だと自負できる二人の一撃は、アルピナにとっては児戯にも等しい一撃でしかなかった。指先で軽く摘まむように二人の剣を受け止めると、なんでもないように微笑を浮かべる。
「どうやらまだ来るべき時は来ていないようだな。しかし、それでもなおこれだけの力。やはり、英雄の力は面白い」
それでも、とアルピナは二人を吹き飛ばす。倒れ込む二人の側に奪い取って剣を投げ捨てながら小柄な体格と可憐な瞳で二人を見下ろした。
「所詮は英雄レベル。君達が持つ力はその程度ではないだろう。それがみられると気が楽しみだ」
アルピナは二人に背を向ける。長丈のコートが靡き、肩程の髪が柔らかく揺れた。そして、二人を見捨てる様に歩き去ろうとするのだった。
次回、第68話は12/4 21:00公開予定です




