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ALPINA: The Promise of Twilight  作者: 小深田 とわ
第2章:The Hero of Farce
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第62話:届かない壁

 寒風が魔物の雄叫びを平原に轟かせ、背後に聳える山脈に反響する。麓に広がるレインザードでは、死を告げる死神の囁きとして民草達を戦慄させる。誰もが生きた心地のしない不安定な時間を遅々として過ごし、英雄と逸脱者に対する更なる信奉を加速させる。

 そして、それから数十分以上が経過した。間断なく続く魔物達の雄叫びや断末魔は、やがてその時が流れるにしたがって徐々にではあるが現象の傾向を見せる。そして、粗方の魔物はアルバートとカーネリアの手によって掃討された。肉体的死を迎えた魔物達の亡骸は無常に朽ち落ち、血と肉の香りで鼻腔を満たしていた。

 玉汗と血液を輪郭に沿って流れ落とすアルバートとカーネリアは、肩で息をするようにして残り少なくなった魔物達に攻めかかる。確実なる掃討を達成すべく覚悟を決める二人の形相は、とても純粋無垢で無力な人間とは見えないほどに苛烈を究めていた。

 そんな中、アルバートもカーネリアも、視界の端で不穏な動きを取る陰に気が付く。それは、闘争の様子を悠々と眺めるアルピナだった。彼女は、魔物が一体と対峙されるたびに不可思議な言動をとる。まるで死者を弔う様な動向は、二人の心に暗い影を落とす。しかしそれは瞬く間に二人の意識の外へ追いやられ、残る魔物達の掃討が推し進められる。

 そして、遂に最後の一体の魔物がアルバートの手により斃され、その肉体は完全なる死を迎える。

 曇天の平原を疾走する寒風が季節外れの肌寒さを齎すものの、微かに顔を覗かせた希望の光を前にしてアルバートとカーネリアは一息零す。漸く見えた謎の三人衆への足掛かりに全ての希望を賭け、二人は剣を構える。


「魔物だか魔獣かは知らんが、全部倒したぞ。残るはお前達だけだ」


 ギラリと輝く瞳で一心に睥睨し、アルバートは三人に凄む。カーネリアもまた一切の油断なく剣を向けたまま、いつでも切りつけられるように息を沈める。

 アルバートは、落ち着かない心臓の鼓動を理性で抑え込みながら横に並び立つカーネリアを一瞥する。彼女もまたアルバートと同様に、表面上は理的な相好を保ちながらもその内奥では本能的緊張感と戦っていた。

 そんな二人に対して、三人は揃って感心の相好を魅せる。その中でも、アルピナが彼女達を代表して言葉を返す。


「そのようだな。しかし、随分と息が上がっているようだ。そのままではワタシはおろか、クオンにすら勝つことは不可能だ。それでも君達はワタシ達に挑もうとするか?」


「当然よ‼ この程度で諦める訳ないでしょ‼」


 誇張か、或いは本心か。アルピナの言葉の真意を掴めないカーネリアだが、それでも一切尻込みすることなく彼女は啖呵を切る。それは、彼女の本心でもあり虚勢でもあった。

 事実、無数の魔物を闇雲に逃走し続けたおかげでアルバートもカーネリアも心身をかなり消耗していた。まだ倒れるほどではないにしても、それでもかなりの消耗量であるのは紛れもない真実。それでもなお彼女達が立ち向かい続けるのは、それが楽しいからに他ならなかった。勿論、金銭的においしいのもまた事実。しかし、それ以上にった戦う行為自体が二人の生きる根底となっていた。

 そんな彼女の威勢に微笑を浮かべるのはアルピナとスクーデリアだったが、それに対してクオンだけは少々不安げな眉でアルピナに囁く。


「どうするつもりだ、アルピナ?」


「……君が戦うか、クオン? それとも、流石の君も人間を相手では少々戦いづらいか?」


 嘲笑するように見据えるアルピナの瞳は、猫の様に可憐ながらもどこか冷徹さが見え隠れする。そんな彼女の態度を軽く笑い飛ばしつつも、クオンは神妙な相好を浮かべつつ首肯する。


「……さすがにな。俺は俺である限り人間と戦うのは抵抗感が拭えそうもない」


「ならば……丁度良い機会だろう。スクーデリア、君が出るといい」


 アルピナは、クオンの代わりにスクーデリアを見上げながら提案する。身長差に強制される自然体な上目遣いは、それに見つめられるスクーデリアの母性を擽る。


「仕方ないわね。手短かに済ませようかしら。それでもいいでしょう?」


 スクーデリアの問いかけはアルピナに対してのものなのか、それともアルバート達に対してのものなのか。きっとその両方に対して掛けた問いなのだろう。アルピナは無言で微笑み、アルバートとカーネリアは不満そうな相好を無意識に浮かべる。まるで自分を赤子扱いされている様で釈然としないが、それでも怒り狂うことがないのは彼女が放つ殺気のお陰だろう。言い返したくても、反駁の声が喉の奥に引きこもってしまう。故に、アルバートもカーネリアも無言で固唾を飲む事しか出来なかった。

 スクーデリアは面倒ごとに辟易するようにぼやきながら前に歩み出る。鈍色の長髪が寒風に煽られて柔和に戦ぎ、その穏やかで気品ある風貌からは想像できないほどの冷徹な殺気を溢出させる。


 ついに来たかッ……‼


 アルバートとカーネリアは、それぞれ最大限の警戒心と覚悟の糸を張りつめてスクーデリアを睥睨する。得体のしれない恐怖が音も無く忍び寄り、不可視の鎌が喉笛を描き切らんとするような悪寒が心臓を穿つ。

 構える剣の切っ先がぶれる。寒いわけではないが、剣を握る手が無意識に震える。抑えようと躍起になれば成る程却ってそれは増大し、焦点の定まらない意識がスクーデリアに対する備えを崩す。

 そんな慌ただしく戸惑う心を理性で強引に統率し、アルバートとカーネリアは改めて大きく息を吐く。

 これまでの魔獣退治では一度も経験したことがないほどの強大な威圧感は、彼女が魔獣とは比較にならないほどの強者であることを教えてくれる。アルバートとカーネリアは相互に顔を一瞥しながら本心を吐露する。それは、つい先ほどまでの威勢の良さを過去に置き去りにするほどの弱々しく現実的な心情だった。


「……ねぇ、アルバート?」


「……ああ……これは……マズいかもな」


 攻めることもできず、かといって逃げることもできない。ただ呆然と殺気に心身を捕縛された二人にできることは何もなかった。不可視の攻撃は、二人の心に自身の無力さを痛感させるとともにその絶望感をより根深いものへと変質させる。

 スクーデリアは二人からほんの数歩前で立ち止まると、不意に指を慣らす。甲高く優雅な響きを鳴らすそれは、一見してなんてことない無駄な動作。しかし、その裏では見えない攻撃が着実と蓄積されている。その音に呼応するように展開されるのは、スクーデリアの内奥から放たれる魔法の領域。ヒトの眼ではと洗えることができない不可視のドームは、半球状の絶対領域となってこの場にいる五人を取り囲む。

 しかし、アルバートとカーネリアはその天賦の才とも言える驚異的な感覚でその不可視の領域を認識する。見えないながらもそこにあることは認識でる奇妙な感覚。違和感として受け取られるその情報を基に、アルバートとカーネリアは周囲全体を同時進行的に警戒する。


「これは……?」


「魔法の基礎よ。魔眼も聖眼も龍眼も持たないヒトの子でしかない貴方達が、一体どうして認識できるのかしら? 相変わらず、ツメが甘いわね」


 ツメが甘い? 一体何の話だ?


 眼前の敵が発する言葉の意義が理解できないアルバートとカーネリアはそれぞれ脳裏に疑問符を浮かべる。しかし、いくら考えてもその政界に至れるだけの情報を持ち合わせていなかった。それはつまり、スクーデリアを始めとするこの三人衆は、アルバート達が知らない情報を持ち合わせている事。彼は、その事実に対して唾を吐き捨てる。


「何の話か知らないが、俺は俺の出来ることをするだけだ‼」


 行くぞッ、とアルバートとカーネリアは足並み揃った阿吽の呼吸でスクーデリアに攻撃する。

 しかし、その意志はそれが遂行される前に途絶えることになる。切っ先は彼女のすぐ近くにまで迫ったものの、突如としてアルバートとカーネリアは揃ってその意識を失い地面に転がる。一切の抵抗すら出来ず、一体何が起こったのかも知らず、そもそも意識を奪われたことすら認識する前に二人はその無防備な姿を地面に落とす。


「やっぱりね。こんな形で敵対するとは思わなかったけど、悪く思わないことね。また会いましょう」


 スクーデリアはアルピナ達の元へ戻る。そして三人は、レインザードの町には目もくれずその場を飛び去るのだった。

次回、第63話は11/29 21:00公開予定です

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