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ALPINA: The Promise of Twilight  作者: 小深田 とわ
第2章:The Hero of Farce
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第60話:来客

 やがて近づく英雄達と魔獣と思われる集団。朧気だった輪郭がハッキリと形どられ、二人の瞳には更なる奇妙な光景が飛び込んでくる。


 どういうことだ?


 どういうこと?


 二人の心中の感想は一致し、それぞれ眼前の光景に狼狽と疑義の念を向けざるを得ない。二人の眼前に集う黄昏角の魔獣の前には、どう見ても同じ人間にしか見えない三人組が立っていた。男一人に女二人。第一印象は何処にでもいるような旅人だが、背後の魔獣がそれを否定する。

 男の方は何処にでもいそうな至って普通の風貌をしているが、その内部にはただならぬ強者の香りが漂っているのが痛いほど刺さる。英雄乃至(ないし)逸脱者と呼ばれるアルバートやカーネリアに負けずとも劣らないほどの力を持っているようだった。対して、その両脇に立つ二人の女は男とは対照的な妖しさを曝け出している。

 一方は小柄な少女で、蒼い差し色が入った黒髪を肩程に伸ばし、猫の様に大きな瞳はやや吊り挙がり、その中には大海の様な碧眼が輝いている。黒を基調とした服装は男性的ながらも唯一女性的な要素を晒すスカートの下からは雪色の大腿が扇情的な色を覗かせていた。

 他方は長身の美女で、鈍色の瞳を腰ほどに伸ばし、寒風に乗って柔和に靡く。狼の様に鋭利な瞳は金色に輝き、非人間的な威圧感が溢出している。清楚なドレスワンピースはこの屋外にあって奇妙なほどに目立つが、それを感じさせないほどの気品を彼女は身に纏っていた。

 どこからどう見ても人間であり、錯覚だとか擬態といった小手先の技術が使われている様子はない。狐につままれたように呆然と立ち尽くす二人は自分の瞳が信じられなかった。しかし、どれだけ目を凝らそうともその光景は事実として処理さる。


「……人間?」


 上手く言葉が出なかった。一体彼らが何者なのか、何故魔獣を引き連れているのか、そしてその目的は何処にあるのか。その一切合切が不明であり、脳が混乱し情報の処理が上手く行われていないことが容易に実感させられる。


「やはり出てきたか、英雄様?」


 挑発か、或いは嘲笑か。わざとらしく恭しい態度をとる小柄な少女は、アルバートを見据えつつ鷹揚に呼びかける。まるで全てを見透かすような瞳は、可憐なようで冷徹でもあった。氷の様に差し込む視線は、彼の士気を削ぎ落す。いつもの様な自信や覚悟が上手く出てこず、天敵と遭遇した小動物の様に縮こまる事しか出来なかった。


「貴方達……何者なの?」


 絞り出すように問いかけの言葉を発するのはカーネリアだった。表面上は覆い隠しているが、彼女もまたアルバートと同じく恐怖に心を縛り付けられている。眼前に聳える未知の存在は、これまでの戦いの経験を塵芥同然へと変貌させる。

 そんなカーネリアの様子に対して、少女は可憐さと冷徹さを両立させたような苛烈な笑顔で睥睨する。


「真実を伝えたところで君達がそれを信じるとは思えないが……そうだな、英雄と逸脱者の存在に興味を板いただけの旅人とでもいえば十分だろう」


「旅人? 魔獣を引き連れて、まさかそんなわけ……」


「信じられないのであればそう思っていればいい。君達からどう思われようと、ワタシ達には何一つ影響を及ぼさないからな」


 なんてことないように笑う少女は、その言葉通り一般人と相違ない。しかし、二人の本能と背後の魔獣がそれを否定する。死の警鐘が心の何処かで間断なく鳴るのを理性で受け止めながら、可能な限り穏便に済ませられないかと思考を巡らす。


「それで、そんな大量の魔獣を連れて一体何の用でここまで来たんだ?」


「貴方達に興味があったのよ。ヒトの子でありながらヒトの子の壁を乗り越えた逸脱者なんてそう多くいないもの。しかも、それが二人同時だなんて何か裏があるとは思わないかしら?」


 横に立つ長身の美女が柔和な相好と口調で語り掛ける。その声は恐ろしいほどに冷静かつ感情の居場所が不明瞭なもの。子供を洞穴に誘う笛の音の様に、彼女の声には不思議な効力がある様な恐ろしさがあった。それが本当なのか恐怖故にそう感じてしまうのかは不明だが、アルバートもカーネリアも己の心の芯だけはしっかりと握り締める。


「確かに俺達は英雄だとか逸脱者だとか言われてるが、それは他の人達が勝手に行ってるだけだろ?」


「いいえ。逸脱者は実在するわ。といっても、クオン(この子)みたいに外部から与えられた力に引っ張られて萌芽する場合が大半。貴方達みたいに努力と才能だけでその境地に至れるのは珍しいわ」


 その女性が指し示すのは、彼女達と共に並び立つ男。外見年齢は比較的若くアルバートより下だろう。アルバートもカーネリアも彼の内部から溢出する恐怖にも似た威圧感を無視できなかったが、どうしてもそれほどの強者の様には見えないでいた。


「俺を同じ枠組み(パラダイム)で考慮するのはマズくないか、スクーデリア? 努力と契約を同等の価値で図るのは流石に……」


 スクーデリアと呼ぶ長身の女性の方を見ながら男はたじろぐ。やはりどう見ても強そうには見えず、町の中で英雄と逸脱者に全てを委ねる無垢の民草と大差ないようにしか見えなかった。

 しかし、そんな彼の自己否定を上から否定するのはもう一方の少女だった。彼女は弱々しい態度を見せる彼を嘲笑しながら言葉を紡ぐ。


「いや、クオン。君は特別だ。確かに君は半強制的に逸脱者の領域に押し上げたが、そうでなくとも逸脱者に成れるだけの才能は持ち合わせていた。正確に言えば、君はそこにる英雄や逸脱者とは少し事情が異なるのだが、今は気にしなくてもよい」


「……はいはい、そう言うことにしておくよ。それで、アルピナ? どうするつもりなんだ?」


 さて、とアルピナと呼ばれた少女は改めてアルバートとカーネリアの方を向く。猫の様な蒼眼が突如として金色に染め替わり、その小柄な体躯から想像できないほどの強殺気化が迸る。この世の人間とは思えないほどの冷たい殺気は、まるで死を死と思わないでいられる狂楽者のようでもあった。


「顔を確認できただけでもこれ以上ない成果だが、このまま帰るのも少々寂しいものがある。折角の機会だ。その力、見させてもらおう」


 その言葉を受けて、アルバートとカーネリアは本能的に剣を構える。戦闘の開始を予告する殺気が痺れるほどに降り注ぎ、二人の心臓はこれ以上ないほどに昂っていた。

 剣を構えて全集中力を注ぎ込む二人。それに対して三人は日常の一コマを切り取ったような自然体で立つ。倒錯的な両組の態度は、そのまま各個人の心理的余裕を示していた。

 そしていざ切りかかろうとするアルバートとカーネリアだったが、クオンとアルピナの何気ない会話でその出鼻は容易に挫かれる。


「本当にやるつもりか?」


「……いや、ワタシ達が戦ったところで何一つ面白みがない。代わりと言っては何だが、この子達に戦ってもらうとしよう」


 アルピナの言葉に呼応するように躍り出るのは、それまで背後で大人しく鎮座していた黄昏角の魔獣達。誰もがこれまで対峙してきた一般的な魔獣と大差ないように見えるが、やはり殿の色の違いが気になる。

 魔獣か、と徐に零すアルバート。何度も戦ってきた魔獣だけでにその対処法は全て理解しているが、それでもこれだけの数を相手となると骨が折れるもの。何より奇妙な三人組の存在がその危険性を憎悪させていた。

 しかし、そんな彼の態度をスクーデリアは軽やかな態度で否定する。


「あら? ヒトの子の文化文明では魔獣と呼ぶのね。この子達は魔獣ではなく魔物よ。貴方達がいままで狩り続けてきたのは全て聖獣。長い平和のおかげで、神の子に関係する知識が全体的に希薄になりつつあるのかしら」


「魔物? 聖獣? 神の子? 何の話だ」


 狼狽しつつ問いかけるアルバート。敵に対して無知を曝け出す程愚昧なものはないが、それでも聞かざるを得ないほどに彼の心は余裕を失っていた。そんな彼に対して、アルピナは特別不快感を見せることないがどこか釈然としない様子で口を開く。


「本心か欺瞞かは知らないが、仮に前者であるならばこの機会に覚えておくといい。君達人間は所詮ヒトの子に過ぎない。神の子はその上位者として君達を管理している。魔物や聖獣もその類だ」


 では、とアルピナは微笑む。それは決して暖かみを持たない冷徹なもので、人間を人形遊びの駒の様にしか思っていない様な倫理観が欠如した色をしていた。


「英雄乃至逸脱者と賞賛される君達の力、ワタシ達に見せてもらおうか」


 もう後には引けない。そう確信したアルバートとカーネリアは、狼狽する本能を理性で抑えつけることで強制的に戦闘態勢に突入する。そして、無秩序に突撃する魔物と呼ばれる者達を果敢に迎撃するのだった。

次回、第61話は11/27 21:00公開予定です

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