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ALPINA: The Promise of Twilight  作者: 小深田 とわ
第2章:The Hero of Farce
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第58話:英雄と逸脱者

第2章開幕‼

【輝皇歴1657年6月15日 プレラハル王国レインザード】


 プレラハル王国の北部に広がるのは巨大な山岳地帯。大小様々な山がその峰を無数に連続させる。その高低差はそのまま山岳全体の気候にも影響を与え、谷底では温暖な気候を齎す一方高地帯では日常生活に支障をきたす程の豪雪地帯となってその自然の強大さを存分に見せつけている。

 そんな山脈の麓に位置する町レインザードは、乱高下する季節の移ろいを利用した様々な農作物の産生を下地に発展した産業の町。現在、ここプレラハル王国有数の町にまで発展したのは偏にそのお陰でもあるのだ。

 当然、そこにクラス人々はその豊富な資源と溢れんばかりの富のお陰で他の町と比較して豊かな生活を営むことができていた。しかし、プレラハル王国全体に巣食う魔獣被害に例外は存在しない。この町もまた同様の被害に悩まされているのだ。

 唯一異なる点は、そこに金銭的余裕があったこと。故に、魔獣退治を専門とする公的部隊の編成や一般有志の募集には苦労しなかった。また、そうした魔物退治がある種の職業として定着することで魔物退治の専門職が公に規定されてしまうのだった。

 そうした魔物退治を専門とする者達を退魔士と呼称し、魔獣被害が活性化した現在ではこの町で一・二を争うほど人数に事欠かない有名職業にまで発展した。

 その中でも、特に多くの魔獣を退治し人間の生活圏の維持・奪回に多大な貢献をした者が二人いた。その者達は民草からの信頼を集め、今や町の評議会に口出しできるほどの権力を持つまでに至っていた。

 そんな二人の内の一人、名をアルバート・テルクライアという者は人間の領域から足を踏み出し、英雄の領域に至ろうとするほどの力でレインザードの平和を縦にしていた。今日もまた、無数の魔獣の角を戦利品として持ち帰ることで人々の平和を求める声に応えていた。その数は両の手では数え切れず、脚を使っても数えきれないほどだった。


「テルクライア様‼」


 沿道から間断なく響くのは、アルバートを称える歓声。生活圏を喪失し、無数の人的或いは物的損害を被り続ける人々にとって彼の姿はまさしく救済のために降臨した天使の如き姿で映る。誰もがその御姿をその瞳に捉えようと躍起になり、沿道はまるで王族のパレードのように賑わっていた。


「相変わらず凄い人気だね~、英雄様?」


「嫌味か、カーネリア?」


 けらけら、と笑いながら並び歩く青年を挑発するのはカーネリア・クィットリア。人間でありながら英雄の領域に至ったアルバートと行動を共にする強者。英雄の領域に達した彼には及ばないものの、彼女もまた人間の領域から足を踏み出すことで逸脱者と称される領域へと至っている。そんな彼女の可憐な姿は、見る人の視線と心を独り占めにする魅力で溢れていた。

 その魅力を存分に振り撒いて沿道に手を振るカーネリアに対し、アルバートは彼女の挑発を春く受け流しながら沿道の歓声を冷めた瞳で一瞥した。彼は、英雄や逸脱者と呼び崇める彼らの一方的かつ他力本願的な歓声に対して軽蔑した感情を心の何処かで抱いていた。


 まったく……面倒だな。


「違いますよ~。それより、早くその角を持っていきましょう。私、お腹空いちゃいました」


「はいはい」


 腕を引っ張って道を急ぐカーネリアを和やかな相好で見つめつつ、アルバートは彼女に促されるがまま足を動かす。石畳の繋目に足を引っかけながら、覚束ない足取りで二人は町の奥へ進む。一体どちらが英雄なのか疑わしいほどに対等な関係性を築いている彼らは、服飾品を飾り付ける金属製の装飾品が生み出す音を通りに零れ落としながら外旋の歓迎をすり抜ける。

 やがて、漸く疎らになった人混みに溜息を零しつつ二人は木製の扉を叩く。そして、返事を聞く前にドアノブに手をかけるとそのまま扉を押し開ける。そこは買い取り屋であり、魔獣の角であろうと何であろうといらない者なら何でも買い取ってくれる便利屋なのだ。


「おうアルバート、それにカーネリアも一緒か。今日も大量みたいだな」


「ええ、お陰様で。今日もお願いできますか?」


「おう、任せとけ」


 扉を開けたすぐ先のカウンター越しに話しかけてくるのは、この買い取り屋の店主ゲラード・ルグランド。年相応に膨れ上がった豊満な腹部と風通しが良くなった頭頂部は、その生活習慣の悪さを物語ると共に彼の金銭的豊かさを暗に示す。

 いつも通り大量の魔獣角を持ち込んだアルバートの願いに、彼は一切の疑いも嫌味も言わず豪快に了承の意志を伝える。そしてアルバートから魔獣角が入った布袋を受け取ると、その中身を鑑定しながら徐に呟いた。


「そういや先日、カルス・アムラの方で妙な騒ぎがあったらしいが……」


「そう言えば、誰かがそんなことを噂してましたね。なんでも、龍人と魔獣が争ったとか」


 なんてことない日常の一コマのように語り合う二人。真偽はさておき、例えそれが事実であったとしても些末事と切り捨てられると言わんばかりの態度は偏に彼達が強者であるが故。英雄と逸脱者という人間にして人間ならざる存在は、二人として損座しないのではと噂されるほど特異な存在。故に、彼は自らが英雄と呼ばれることをあまり喜ばないもののその根拠として挙げられる実力には誰よりもの自信を抱いていたのだ。

 そんな二人のやり取りを横目で聞き流していたカーネリアは、暇を持て余したように店内を物色する。所狭しと並ぶ骨董品はいずれも誰かから買い取ったものであり、誰かに売るための商品でもある。古ぼけた骨董品はいずれも見る人が見ればその価値に気付けるもののそうでない人から見ればただのガラクタと同義であり、その価値をイマイチ見いだせないカーネリアは値段と商品を比較して首を傾げる事しか出来なかった。しかし、やがて龍人と魔獣の会話の内容に興味関心がわいたのか彼らの話に加わる。


「そ~そ~。急に争いなんか始めちゃって、どうしたんだろうね?」


「お陰で各地に潜む魔獣たちの縄張りが軒並み変化したみたいで……面倒ごとにならなければいいんですが」


「寧ろ、今まで隠れてた魔獣共の姿が露わになって対峙しやすいんじゃないか? ほれ、今回の買い取り分だ」


 呆れるほど能天気な事を言いながら、ルバートは金銭が入った革袋を投げ渡す。ズッシリと重みを感じるその革袋には、向こう数ヶ月の生活には一切困らないほどの大金が詰め込まれていた。しかし、そんな大金を手にしてなおアルバートはどこか憂いの相好を浮かべていた。しかし、そんなことを一切気に留めないルバートは、変わらない能天気さと朗らかさでアルバートの背中を叩く。


「まっ、お前さんらがいればこの辺一帯は安全さ。そうだろ、英雄様?」


「やめてください、その呼び名は。俺はそんな英雄と呼ばれ崇めらるほどできた人間ではありませんので」


 行くぞ、とカーネリアの方を一瞥したアルバートはぶっきらぼうに声をかけつつ店を後にする。待ってよ~、と足音を手て後を追うカーネリアの背中は、小さく跳ねる様にして扉の向こうに消えるのだった。

 そして二人は、空いたお腹を満たそうと小さな飲食店に立ち寄る。時間を忘れて魔獣を狩り続けたお陰で、二人とも喉から手が出るほどに食事を求めていた。それを敢えて目に見える様に態度で示さないのは、彼ら二人が英雄乃至逸脱者として民草からの信奉が暑すぎるため。空腹であると誰かに知られてしまえば、挙って飲食物を恵もうと大勢の人でごった返してしまうのを彼らは知っている。以前それで痛い目にあった彼らは、それ以来空腹であることは誰にも悟られないようにすることを強いられていた。

 そして、漸くありつけた食事に舌鼓を打ちつつ、二人は暫くの休息を貪る。


「んで、これからどうする? もう少し魔獣共を狩りに出るか?」


「そうだね~。最近魔獣たちが忙しないみたいだし、放置しすぎるのもよくないよね~」


 魔獣がそれ一匹で人間数人と同等の力を有していることを彼らは忘れかけている。一人で数十体狩ることも平気になりつつある彼らにしてみれば、魔獣程度はその辺に生息する猛獣と大差ないのだ。故に、こうして食事中のちょっとした雑談程度で次の予定は決められていく。

 そうしてなんてことない昼食を取ろうとしたアルバートとカーネリアだったが、突如轟く轟音と悪寒に手が止まる。何度も等も魔獣を借り続けていた彼ら二人は、直感的にその正体にたどり着く。


「ねぇ、アルバート……これって……?」


「魔獣……だろうな」


 行くぞ、とアルバートはカーネリアを伴って店を飛び出す。そして、その悪寒の発生源である町の入り口に向けて全速力で駆け抜けるのだった。

次回、第59話は11/25 21:00公開予定です

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