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ALPINA: The Promise of Twilight  作者: 小深田 とわ
第1章:Descendants of The Imperial Dragon
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第55話:別れ

 翌日、クオンとアルピナは改めて龍王アルフレッドに出頭を命じられる。ナナの計らいでそれなりの空き部屋を与えられていたクオンとアルピナとスクーデリアは、軽く身なりを整えて再度龍王の前に顔を見せる。

 呼び出しが翌日になったのは、事態混乱の終息とレイス及びナナの休息の時間を確保するため。それはクオンも体を休める機会として好都合であり、結果的にかなりの量の体力と魔力を確保することができた。


 こうして落ち着いてみてみると、俺の魔力も随分と変わったな。アルピナから授けられた当初とは大違いだ。


 戦いの結果得られた莫大な経験値が、クオンをヒトの子としての壁を越え更なる次元へと追いやっていた。もはやヒトの子としては完全な〝逸脱者〟であり、神の子の視座では無視できないほどの特異者として存在感を放っていた。

 クオン、アルピナ、スクーデリアはそれぞれ龍王の前に立ち彼の瞳を見据える。決して首を垂れることはしていないが、それでも龍人側から非難の声が上がらないのは彼らなりに思うところがあるからなのだろう。誘拐されたレイス、そして一人森の中へ入っていったナナ。皇龍の魂を継承し龍王の血を引く幼子。龍人の社会構造の中において必要不可欠な存在であり、それは国宝級の価値を持つ。そんな二人を無事に連れ戻した立役者である彼女らにどうして強く当たることができるだろうか。寧ろ、昨日までの態度を付して謝罪しなければならないほどだ。


「此度は我が娘と息子を救っていただいたこと感謝する」


 龍王アルフレッドは素直な感謝の意を表する。公人としての立場で生じる柵の影響により無駄に形式ばってしまうのは何ともいえない歯がゆさを感じるが、それを加味しても眼前の悪魔達には通じているだろう。そう結論付けたアルフレッドは、その態度を崩すことなく言葉を続ける。


「天使シャルエルの消滅は、ここカルス・アムラの森全体を覆う毒霧の除去にもつながった。延いては、これまで滞っていた人里との交流も再開されるだろう」


「代償として随分の数の龍人が失われてしまったようだな」


 アルピナは周囲を一瞥しながら感情なく呟く。昨日の裁判時には大勢いた龍人の兵士達が、今や見る影もない。いるのは老兵や政治側の重鎮のみ。広大な部屋の風通しが不自然なほどに良くなっているかのようだった。アルフレッドは、そんなアルピナ哀悼とも嫌味ともとれる言葉に不快感の相好を浮かべることなく無言で見つめる。

 アルフレッドは無言で瞳を曇らせる。自らの判断ミスで大勢の同胞の命を散らせてしまったことに対する後悔の念が彼の魂の輝きを失わせていた。アルピナやナナの忠告をはじめから受け入れていれば、という思いが消えない灯となって燻り続けるが、過ぎ去り過去を求めることはたとえ神であろうとも不可能なのだ。

 当然、一介の神の子でしかないアルピナやスクーデリアの手をもってしてもどうすることもできない。さらに言えばヒトの子でしかないクオンにもどうすることもできないのだ。

 しかし、彼らの魂が輪廻の理に流されたことはスクーデリアの魔眼で確認済み。それを知ったところで彼らにとっては何の慰みにもならないが、気休め程度にはなるかもしれない。


「彼らの魂は天使の手により輪廻の理に乗せられた。我々悪魔が管理する転生の理ではない以上、その過程を監視することはできないが、いずれ新たな器を授かりこの地に誕生するだろう」


「御心遣い感謝いたします」


 さて、とアルピナはスクーデリアとクオンをそれぞれ見る。身長差が生み出す自然体な上目遣いで見つめる彼女の蒼玉色の瞳は、殺気の含まれていない穏やかなものだった。


「一度王都に行くとしよう。まだすべきことが多く残っているからな」


 アルピナはアルフレッドやナナ、レイスに対して声をかけることなく部屋を後にする。振り向きに合わせてコートの裾が靡き、その存大な態度と併せて彼女の悪魔らしい冷徹さと傲慢さが強調される。スクーデリアもそれに続くように上品な歩き方で部屋を後にした。クオンは、そんな二人に遅れて少し慌ただしく部屋を後にしようとする。しかし、そんな彼を引き止める声が彼の背中から届く。


「クオン様、今回は私達兄妹を助けて頂きありがとうございました」


「もし今後私達龍人の力が必要な際はいつでもお申し付けください。龍人の力を総動員してお助けいたします」


「ああ、その時が来れば頼むことにするよ」


 頼むことなく穏便に済めば理想だがな、と心の中で更なるトラブルに巻き込みたくない思いを吐露しつつ、クオンは二柱の悪魔を追うように部屋を出て行った。部屋では、三人の龍人が無言で閉まる扉を見つめるのだった。



 カルス・アムラを出たクオン達は、森の中を歩く。シャルエルの死によってもたらされた毒霧の消失は、森の中の移動を快適にする。地面を隙間なく埋める草花を踏み締め乍ら、彼女らはのんびりと歩く。

 本来なら空を飛ぶなり魔物の背に乗るなりで移動すればいいのだが、スクーデリアが復活したばかりということや狭い森の中ということもありこうして足を使って進むしかないのだった。


「そういえばクオン、シャルエルとの闘いでは空を飛べていたな」


「ああ。気が付いたらできてたな。といっても、まだ不安定なことに変わりはないがな」


 やるせない思いを吐き出すように、クオンは素直に答える。シャルエルとの闘いは彼にとってまさに極限状態であり、その環境が齎した無意識の力だったのだろう。そのお陰もあり、今の彼にもある程度の空中操作性は残されているがそれでも戦い中のような自由な軌道を描くにはまだほど遠い有様だった。


「いずれ慣れてくれば自由に飛べるだろう。森を抜けたら練習も兼ねて飛んで移動するとしよう」


「俺はそれでも構わないが、スクーデリアは大丈夫なのか?」


「ええ、一晩あればあの程度どうということはないわ。でも、神の子の存在が神話化した今の環境だと、あまり人前で飛ばない方がよさそうね」


 アルピナと異なり、戦争終結後も暫く地界に残留していたスクーデリアは懸念事項を呟く。ヒトの子の社会情勢の変化とそこに住む人々の認識変化を把握しているからこその反応であり、アルピナにとっては至極どうでもよいことだった。尤も、それは彼女の自由奔放かつ傲慢な性格が齎すものである可能性も否めないが。

 兎も角、スクーデリアは慎重な態度でアルピナの言動にブレーキをかけた。


「では、王都の近くまで飛んでいき、そこからは適当な魔物を呼ぶとしよう」


 そうして森を抜けた彼らは、それぞれ金色の魔眼を瞳に浮かべて雲一つない青空を見上げる。眩い日輪が痛いほど肌に刺さる。そしていざ空に飛び出そうとしたアルピナ達だったが、不意に平原の方角から歩み寄る集団に声をかけられる。


「すまない、そこの旅の者」


 声を発した男を先頭に、その集団はザッと数十人規模。統率された足並みや統一された装備、そしてなにより洗練された瞳は戦いに身を置く者の眼であることはクオンでもわかる。武器の携帯は平原に出る際の基本装備である以上、特に怪しさを生むもの足らしめない。しかし、一目見ただけでわかるその武器防具の生産者から彼らの所属は容易に窺い知れる。


『王国の正規軍だな』


 精神感応でアルピナとスクーデリアに情報を伝達したクオンは、ヒトの子社会に明るくない悪魔達に変わって前に出る。


「軍の方……ですか? いかがいたしましたか?」


 バレない様に魔眼を隠したクオンは、少々緊張した面持ちで彼らを受け入れる。そして、そんな彼らを代表して先頭に立つグルーリアス・ツェーノンは問いかける。


「失礼。今回は軍ではなく調査団としてお伺いしたい。近年、ここプレラハル王国を中心として多数の魔獣被害出ているのは知っての通りだと思うが、森の中でそうした怪しい存在は目撃しなかったか?」


「いえ、特にそういうのは見かけなかったと思いますが……」


「そうか、ありがとう」


 簡単な礼を述べたグルーリアスは、クオン達に旅の安全を告げると麾下を率いて森の中へ進む。そんな彼らの背中を見据えながらクオンはアルピナとスクーデリアと話す。彼女らは挙って金色の魔眼を彼らの背中に注察してその危険性を確認していた。

次回、第56話は11/22 21:00公開予定です

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