第511話:神龍大戦④
だが、思考が一致した所で、出来る事は何も無い。体力も、気力も、魔力も、龍脈も、その全てが枯渇している。一応、最古の神の子として、それなりに力を宿している自信はあるのだが、それでも、限界というのは存在する。況してや、これは神龍大戦。生半可な小競り合いと一緒にしてはならないのだ。
「如何する……ジルニア?」
「……如何するもこうするも、来るからには迎え撃つしかないさ。最早、何処にも逃げ場などないのだからな」
一見して、覚悟を決めたかの様なセリフ。勇ましくもあり、或いは自暴自棄になったとでもいうべきだろうか。頼りになるともならないとも言えないどっちつかずな態度振る舞いであり、それでも、彼の強さを知っているアルピナとしては、微かな安心感すら抱いてしまう。
だが、それ以上に抱いてしまうのは、とある奇妙な違和感。覚悟を決めたジルニアの瞳が、何故か何処となく物憂げを宿している様に見えてしまう。悲しくもあり、儚くもあり、まるで未来を放棄しているかの様な、そんな切なさをそれとなく感じさせる瞳をしていたのだ。
アルピナは、無言でジルニアの瞳を見つめる。彼の心の奥底に隠された真意を汲み取ろうと金色の魔眼を輝かせる。
一応、神の子はその種族特性として読心術を持っている為、頑張れば他者の心を読み取る事が出来るのだが、しかしアルピナとジルニアとではジルニアの方が格上。種族相性があるとは雖も、アルピナではジルニアに本質的には敵わない。故に、アルピナの魔眼では、ジルニアの魂を見透かす事は出来無い。彼の魂に掛けられた堅牢な秘匿を前に、アルピナでは為す術も無いのだ。
「何か考えがありそうだな」
分からない以上、聞くしか無い。この切羽詰まった状況、隠し事をしていても良い事など何も無い。セツナエルが今まさにでもやってきそうなこの状況下は、主観的視座に於いては客観的に見るより厄介極まりないないのだ。
お互い、勝手知ったる間柄。所謂幼馴染というやつだろう。だからこそ、こういう些細な変化にもつい気がついてしまう。余り時間的猶予が無いこの状況下では、寧ろ気付かない方が幸せだったかも知れないが、しかし気付いてしまったからには仕方無い。余計な不安の芽を後に残さない為にも、素直に聞いてしまうのが良いだろう。
そして、そんなアルピナからの問い掛けに対して、ジルニアは直ぐには答えない。それを問うアルピナの瞳を、彼は静かに見つめ返す。ヒトの子の爬虫類を彷彿とさせるその瞳は鋭鋭利に尖り、体内を流れる龍脈によって修飾された金色の龍眼が、全てを見透かすかの様に凛々しく輝いていた。
その瞳は何を語っているのか? 何かを訴えかける様に、或いは何かを名残り惜しむかの様に、強さと弱さが両立する眼光は、両者の間に見えない糸を紡いだ。運命の赤い糸と形容するには余りにも不安定なそれは、しかし二柱が相互に抱く信頼そのものと呼んで差し支えない安定感を感じさせた。
「そうだな。無策に迎え撃てば、徒に被害が拡大する一方だ。この先も変わらず戦争は継続し、一向に終わらない維持と維持に発散に無関係な神の子を巻き込む事になる」
「ならば、何故直ぐにでもその策を実行しない? 機会は幾らでもあった筈だろう? それとも、まさか望んでいる訳では無いだろう、このくだらない戦争を?」
ゆっくりと、しかし確実に自身の二本の足で大地に立ちつつ、アルピナはジルニアに詰め寄る。神の子が一角である悪魔という種族を統括する立場として、アルピナはこの戦争に断固反対の意を表明している。加えて、自身という存在もまたこの戦争が生じる直接的原因となった事も大きい。その傍若無人で傲岸不遜な性格に反して責任感が強く真面目な性格をしている彼女だからこそ、徒に死者を積み重ねているこの状況に我慢がならないのだ。
その為、ジルニアが何か隠し事をしてこの戦争を助長させているのでは無いか、という疑惑を前にして、感情を抑えきれなかったのだ。流石に暴れ散らかす程ではないにしろ、黙って見過ごす事だけは如何しても出来無かったのだ。
「終わらせる方法は単純明快だ。俺の魂を犠牲にすれば良い。それで、この戦争は終わらせられる」
「は?」




