第505話:覚悟と時間稼ぎ
そこ迄言った所で、アルピナはスクーデリアが言おうとしている事の意図に気付いた様子。幼馴染として億を超す年月を共に過ごしてきただけに、相手の考える事は手に取る様に分かるのだ。
『……成る程。その為の龍か。確かに、ジルニアは相性的にも年齢的にもセツナに対して優位性を確保出来る。少々危険な賭けだが、何れはしなけらばならない事。ならば、このタイミングも悪くは無い、という事か』
やれやれ、とアルピナは溜息を吐き零す。何とも乱暴な作戦だ、と肩を竦めるが、裏を返せばそれだけセツナに対して意表を使える可能性を秘めているという事。憖、互いの事を良く知っているが為に、それは確信に近い信頼として胸に刻み込まれていた。
アルピナは、覚悟を決める。龍魂を完成させる事の危険性が肌を突き刺す様に刺激するのが分かる。それと同時に、早く龍魂を完成させてしまいたいという欲望もまた同程度に湧出している。何せ、10,000年も待ち望み続けてきたのだ。真面に抑え込める筈も無い。それは、神の子という生命としての上位格であろうとも変わらない。
『では、お言葉に甘えるとしよう。なに、そう多くの時間は取らない。短時間で済ませるとしよう』
何時もと変わらない傲慢な態度振る舞い。その言葉遣いも清々しい程に冷淡であり、可愛らしい少女的な見た目とは対極する。だが、それらに反して、その声色だけはは、彼女の心に秘められている喜びの感情が如実に現れ出ていた。隠し切れない感情が嵐の様に爆発し、異質な雰囲気となって体外に表出されていた。
それは最早、気味の悪さすら感じられる程。何時もの様な傲慢で冷徹で傲岸不遜な態度を知っている者からすれば、奇妙な事この上無い。だが同時に、そうなってしまう理由を知っている者からすれば、そうなるのも無理無い事だと理解出来てしまうのもまた事実。寧ろ、こうならなかったら帰って不思議な程だと考えてしまう程だった。
『無理しなくて良いわ。私達の事は気にせず、貴女の好きな様に過ごしなさい』
フフッ、と妖艶で慈悲深い眼差しと微笑みを携えるスクーデリアは、アルピナに対してそう言葉を掛ける。全てを知っている者として、何より幼馴染として、この場を障害する事は消して許されないと知っているからこそ、仮令如何なるリスクや困難が待ち受けていようとも、彼女の好きな様にやらせなければならないと確信しているからこその対応だった。
さて、とスクーデリアは精神感応を切断する。伝えなければならない事は全て伝えられた。ならば、後は行動に移すのみだった。基本的に不老不死であり、時間が実質無限に等しい。だが、今は一秒が惜しかった。
一刻千金。一寸の光陰軽んずべからず。時間を無駄にする事はお金をどぶに捨てるにも等しい愚行。悪魔ゆえに貨幣経済にはそこ迄馴染みがある訳では無いが、それでも、同程度の重要度を誇っている事は胸を張って確信出来る。
「そういう訳で、アルピナが此処に来る迄、クオンは此処で待機ね。貴方が持っているその龍魂の欠片は、あの子の仕上げを待っているから」
「……あぁ……分かった。スクーデリア達は如何するんだ?」
不安そうに、或いは単純な疑問を抱きつつ、クオンは尋ねる。この状況下でアルピナが此方に関与出来る余裕があるとは思えなかった。恐らくスクーデリア達が代わりにあのセツナエルとかいう天使長の相手を務めるのだろう、という事は凡そ予測出来ていたが、確信に足る証拠が欲しかった。
そして、そんな彼の言葉に対して最初に言葉を返したのは、スクーデリアでは無くクィクィだった。彼女は、今正にでも飛び出さんとばかりに魔力を漲らせ、戦いの到来を今か今かと待ち望んでいた。それはまるで赤い布を眼前でチラつかされている闘牛の様であり、傍にいるだけで気圧されそうな覇気が辺り一面を覆い尽くしていた。
「その間はボク達が時間稼ぎをする……でしょ?」
「えぇ。流石ね、クィクィ」
えへへっ、とクィクィは褒められた事を素直に喜ぶ。その姿は一見して只の子供でしかなく、とても強大な力を有している上位存在とは思えなかった。
だが、それでも、その視線だけは絶えずセツナエルの方を注視しており、欠片程の油断や隙というのは感じられなかった。
流石は歴戦の悪魔だというべきなのだろうか、或いはよっぽどセツナエルの事を信用していないのだろうか。何時どんな騙し討ちがあるかも分からない、という警戒がその背景に隠されているかの様だった。
一方、そんな彼女に対して、ヴェネーノとワインボルトはというと、何処か自身無さげな雰囲気だった。それは、決してこの場から逃げ出そうとという臆病風をいい吹かせている訳ではなく、単純な実力差に起因する恐怖心だった。
事実、ヴェネーノとワインボルトはこの場に於いてかなりの格下である。何なら、クィクィですら、セツナやアルピナやスクーデリアと比較してかなりの若手として扱われる程。その為、余りにも場違い過ぎる自身の弱さに対して、不安と恐怖が際限なく湧出されてしまうのだった。




