第504話:仕上げ
改めてそれを首から下げたクオンは、片方の手でその台座を持ち、空いたもう一方の手でワインボルトから龍魂の欠片を受け取る。
それは、これ迄集めてきた龍魂の欠片と何ら変わらない。一見して掌に容易に収まる程度の硝子球にしか見えず、元からその価値を知っている者でなければ単なるガラクタの一つとして処理される事だろう。或いは、見た目だけはそれなりに綺麗な事から工芸品として重宝されるかも知れない。
だが、当然、クオンはその価値を知っている。いや、仮令知らなくても、この硝子球から溢れ出る濃密な龍脈を前にすれば、決してこれが単なる硝子球だとは言えなかった。
一応、これ迄、クオンは遺剣に宿るジルニアの龍脈の残滓を借り受ける事で、自身の力を補強してきた。アルピナ達から授かった魔力にそれを組み合わせる事で龍魔力と成し、それを全身に循環させる事で、数多の天使達と渡り合ってきた。
だが、それでも、この龍魂の欠片から零れ出る龍脈には、驚かざるを得なかった。こうして極短い期間の間に多数の経験を積み重ねてきた今の彼自身でも、この龍脈だけは完璧に制御し切れる代物ではないという確信があった。アルピナ達から授かった魔力と遜色無いだけの量が、何の柵も受けずそこに込められていたのだ。
「これで全て揃ったという事になるのか」
ワンボルトから受け取った龍魂の欠片を台座に収めつつ、クオンは誰に言うでも無いひとりでに呟く。何処か感慨深げな、或いは達成感に包まれていると形容した方が良いのか、そんな声色と口調だった。
ひょんな事から天使と悪魔の競り合いに巻き込まれた、挙句の果てに彼彼女らと同じ力を振るって最前線の中心地に立たされる。そんな、只の人間として生きていた頃では決して考えられない奇想天外な経験を経た先に漸く辿り着いたゴールなのだから、この反応は至極纏うだろう。憖、そこ迄人生経験に厚い訳でも無い若造であるだけに、それは尚の事だった。
「えぇ。これで、残す所は最後の仕上げだけになったわね」
さて、とスクーデリアはアルピナの方を見つめる。その金色の瞳は優しさに包まれており、彼女自身もまたこの時を待ち望んでいた事が隠し切れていなかった。
一方、そんなアルピナはというと、相も変わらずセツナエルとの小競り合いを続けている様子。両者ともに其々天使の翼と悪魔の翼を顕現させ、聖力と魔力を交差させ、ちょっとした花火大会の様に、激しい衝突を幾重にも重ねていた。
天は叫び、地は嘆き、この地界そのものがその衝撃の影響を直接受けているかの様であり、この儘続けていれば間違い無く何処かで破綻が生じるであろう事は明白だった。一応、天魔の理で其々全力を出せずにいる筈なのだが、それを感じさせない程には苛烈であり、寧ろその勢いは更に増すばかりだった。
「最後の仕上げね。こればかりはあの子にやってもらう必要があるのよね」
そういうと、スクーデリアはアルピナに対して精神感応を繋げる。秘匿に秘匿を重ね、セツナエルに傍受されない様に細心の注意を払い、彼女は着実にその網を構築する。これは、魔法や魔力操作の技術に秀でた彼女ならではに精度であり、流石のセツナエルと雖も容易には突破出来無い程である。
『御愉しみの所をお邪魔する様で悪いけれど、少しだけ良いかしら?』
『如何した、スクーデリア?』
スクーデリアの呼び掛けに対して、アルピナは素直に応答する。セツナエルと戦っている最中にこれだけ平静に対応出来るとは、案外器用なものである。まるで街中を闊歩しているかの様であり、殺気や血臭など欠片も感じられなかった。
『龍魂の欠片は全て揃ったわ。後は貴女の仕上げを待つのみ。私達で如何にか時間を稼ぐから、その間にやってしまいなさい』
スクーデリアはの瞳が焔の様に燃え上がる。余り戦いを好まない性格をしているとはいえ、本質は神の子である事に揺るがない。その為、戦おうと思えば戦えるし、必要とあれば多少の乱暴だって許容出来る。
加えて、彼女もまた草創の108柱の中ではかなりの古株。詰まる所、セツナエルとは幼馴染。その為、彼女の勝手な行動にはアルピナと同じく思う所があるし、出来るなら食い止めたいというのが本音である。
だからこそ、スクーデリアは、未だ嘗て無いやる気に満ち溢れているのだ。同じくセツナエルとは昔から親交があるクィクィや、志を同じくするヴェネーノ及びワインボルトと共に、セツナエルに対して石報いる覚悟を滾らせていたのだった。
『ほぅ、それは助かるな。確かに、君達四柱が束になって掛かれば多少の時間稼ぎにはなるだろう。だが、セツナの目的が正しくその龍魂だ。今は未だ欠片状態であり、故にあの子としても手が出せない状態。只でさえ相手取るのに手一杯な状況で、敵の思い通りな展開を作る必要もあるまい』
『天使は悪魔に強く、悪魔は龍に強く、龍は天使に強い。私達神の子の相性関係を忘れたのかしら? 幾らあの子が元悪魔だったとは雖も、今は天使。悪魔である私達では天地が逆転してもあの子に対して優位性は取れないわ』




