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ALPINA: The Promise of Twilight  作者: 小深田 とわ
第4章:Inquisitores Haereticae Pravitatis
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第499話:セツナとアルピナ

「あら、久し振りにその名前で呼んでくれたのですね。嬉しいですよ、アルピナ」


 ふふっ、と柔らに微笑む彼女の風貌は、正しく聖女そのもの。聖職者を聖職者たらしめる法衣を纏っている事もあってか、それはより一層際立っており、最早美しさを通り越した儚さすら感じられる程。手でふれるだけで風に解れてしまいそうな雰囲気には、一瞬だけ感情を飲まれてしまいそうだった。

 だが、彼女をエフェメラという名では無くセツナという名で呼んだという事は、即ちそういう事だ。彼女こそ、神により創造され神の意志を代行し凡ゆるヒトの子の魂の輪廻を司る声明としての上位存在たる天使。その天使を統べる存在である天使長セツナエルその者であるという事だ。

 身から零れる聖職者らしい神聖な雰囲気は、彼女が持つ天使を天使たらしめる力である聖力そのもの。本来この地界には存在しない筈の力であり、存在しないからこそ、ヒトの子はそれを正常に知覚出来ず、代償的に神聖さを見出していただけなのだ。

 だが、こうして面と向かって本来の名で呼ばれ、彼女自身それを肯定してしまっては、今更それを隠し通し続ける必要は無い。かといって勿論、態々曝け出す必要も無いのだが、アルピナがこうして正面からぶつかってきてくれているのだから、彼女としてもそれを無下にするのは気が引けるというものだった。

 セツナ、と呼ばれた彼女、天使長セツナエルは、彼女本来の姿へと戻る。聖職者然とした法衣はその儘に、暁闇色と黄昏色が入り混じった髪は濡羽色に茜色の差し色が混じった肩程の髪へと変質し、茜色の瞳は金色の聖眼へと染め変わる。

 その背中からは天使の権威の象徴たる純白の翼が伸びる。それは、他の大多数の天使が持つ一対二枚でも無ければ、アウロラエルの様な二対四枚でも無い。天使の階級九つの中でも最上位に君臨し、凡ゆる天使の中で同時に一柱しか存在出来無いし天使級天使を意味する三対六枚の翼が、彼女の背中から全身を包み込む様に柔らかく羽ばたいていた。

 その姿は、非常にアルピナと酷似している。それこそ、種族を変えて色味を反転させただけの鏡写しの様にそっくりであり、取り分け首から上に関しては、色以外で区別する事が出来無い程である。

 クオンは、その姿を前にして何も出来無かった。声を発する事も出来無ければ、指先一つ動かす事すら出来無い。何なら、思考すら真面に動かせなかった。無防備な全身を曝け出し、茫然とその姿に見入ってしまっていた。宛ら救世主を見出した敬虔な信徒の様に、彼はその姿に見入ってしまっていた。

 それ程迄に、熾天使級天使というのは、これ迄の天使とは格が違っていた。シャルエル、ルシエル、バルエル、ラムエル、アウロラエル、と智天使級天使は何度も見てきたし戦ってきたが、それとは比べ物にならない程だった。最早言語化する事すら出来ず、ただただ茫然とする事しか出来無かった。


「君に嬉しがられても、ワタシとしては全く以て嬉しくなどないのだがな。寧ろ、気味が悪い程だ」


 そういうアルピナは、クオンと異なり、全く以てセツナエルの覇気に圧倒されている様子は無い。相変わらずの飄々とした態度と傲岸な雰囲気を身に纏い、眼前の天使に対してそっけない言葉を投げ掛ける。

 それもその筈だろう。セツナエルが天使を束ねる天使長である様に、アルピナもまた悪魔を束ねる悪魔公なのだ。つまり、種族が異なるだけであって、その立場階級は全く以て同じ。相反する力を持っただけでしかないのだ。

 それを示す様に、アルピナもまた、彼女本来の姿を戻している。勿論、見た目は何一つして弄っていない為、精々蒼玉色の瞳が金色の魔眼に染め変わっている程度。唯一大きく異なるとすれば、その背中から、悪魔の力の象徴たる漆黒の翼が伸びている事だろう。それもまた、セツナエルが持つ天使の翼と同じく、一対二枚でも二対四枚でも無い、悪魔を統べる悪魔公を示す三対六枚の翼だった。

 天使長セツナエルと悪魔公アルピナ。神の子全体で見ても上位三本指に数えられる程に古く強く偉大な存在である彼女らは、全く互角の力を放つ。鬩ぎ合うその力は不可視の所撃破となって大地を疾走し、空気を泳ぎ、何処迄も波及する。神の子的一般常識に乏しいクオンが、最早地界そのものに影響が出るのではないか、と思えてしまう程のそれは、果たして本当に天魔の理を順守出来ているだろうか? そんな悠長に確認していられる状況ではない為に知り様は無いが、恐らくは大丈夫なのだろう。


「あらあら、実の姉に対して酷い事を言いますね」


「あ、姉ッ⁉」


 何て事無い様にさらりと飛び出る発言を、クオンは到底無視する事が出来無かった。セツナエルにとって自身がアルピナの姉、つまりセツナエルとアルピナは姉妹同士だという事。確かに見た目と声色は鏡写しの様に瓜二つだが、種族も、性格も、口調も、態度振る舞いも、立場も、その全てが相反する者同士なのだ。とてもその事実を素直に受け入れる事は出来無かった。

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