第497話:後始末
「……まさか……こんな事に……なるなんてね……」
途切れ途切れな口調で、ラムエルは呟く。如何してこの状態で尚生きているのだろうか、と不思議に思わざるを得ない程の重症。神の子だから、という理由だけで納得するには少々無理があるのでは無いだろうか?
ラムエルがしぶといのは昔からの事だ。というか、神龍大戦を一度も死ぬ事無く生き残った神の子は大概しぶといものだ。それこそ、穏健派は兎も角武闘派ともなれば、殺し切るのも億劫に成る程にはしぶとい。
「油断し過ぎなんだよ。ボク達の方がズッと格下だからって遊んでばかりでさ。そんなんだから足元を掬われたんじゃない?」
クィクィは手掌に魔弾を装填し、ラムエルに向ける。黄昏色の魔力のみで構築されたそれは、最早虫の息なラムエルを殺し切るには十分。寧ろ、余分が過ぎる程だろう。それ程迄に濃密で鋭利な殺気に塗れた力が、彼女の眼前に掲げられていた。
そして、そのまま、クィクィは無言でその魔弾を打ち込む。キラキラと宝石細工の様に輝くそれは、宝石とは程遠い無味乾燥な殺意を零し、ラムエルの肉体を穿つ。
無情且つ無感情な弾丸によって肉体を撃ち抜かれたラムエルは、今度こそ本能に絶命する。自動的修復が追い付かなくなる程の損傷を受けた肉体は、最早魂を受け入れられるだけの機能を亡失し、只の骸になり果てる。
魂は、生きた肉体という器が無ければその存在を維持出来ず、放っとけば儚く霧散するのが定め。こうして生きた肉体を失った以上、ラムエルの魂もまたその行く末はたった一つしかない。
漸く終わった、クィクィが一息つける間も無く、ラムエルの肉体からボンヤリと魂が浮かび上がる。それは、天使を天使たらしめる暁闇色の輝きを放ちつつ、ラムエルをラムエルたらしめる榛摺色の輝きもまた覗かせている。
つまり、それはラムエルの魂。これこそが彼女そのものである。決して肉体は器であり、本体は此方である。神の子だろうがヒトの子だろうが、それは変わらない。万物に共通するこの世のシステムである。
尤も、それは人間を始めとするヒトの子にとっては想像もつかない真実であろう。魂という不可視の概念的存在は彼彼女らの瞳には映らず、認識出来無いが故にその存在を確信する事も出来無い。
しかし、クィクィは神の子である。神の子は魂を管理する事が生業であり、それが神により授けられた下命でもある。
その為、クィクィは魂を認識出来るし、その本質的意義を全て本能レベルで把握出来る。
緋黄色の瞳を金色の魔眼に染め、眼前に浮かぶラムエルの魂をシッカリと視認する。肉眼には映らない生命の本質を見極め、それをシッカリとその掌中に収める。
放っておけば霧散してしまう魂も、こうして掌中に収めてしまえば一時的にその霧散を防止する事が出来る。己の肉体を代理的な器として提供する事で、その魂の行く末を己の掌の上で弄ぶ事が出来るようになるのだ。
さて、とクィクィは小さく息を吐き零しつつ呟いた。その相好は何処か慈愛に満ちた優しさを含んでおり、とてもつい先程迄死闘を繰り広げていたとは思えない程に穏やかなもの。
「この儘此処にいても霧散しちゃうだけだし、さっさと神界に帰ってよね」
肉体的死後、その魂を輪廻や転生に送られてしまうヒトの子と異なり、神の子は基本的に不滅。抑として肉体には強い剛性と再生力が備わっているし、仮令肉体的死を迎えようとも、魂さえ無事なら神界で復活出来る。
裏を返せば、死後の魂は神界で復活を待つ事が神の子の基本原則だともいえる。その辺に放置して徒に霧散させる事はその基本方針に反しているし、何より神から与えられた職務に対するサボタージュである。
クィクィは天使嫌いであり、決して手を結ぶ事が出来無い磁石の様な反発性を有している。その為、出来ればラムエルにはこの儘大人しく霧散しておいてほしいというのが本音。彼女自身には何の恨みも無いが、それ程迄に天使というのは気に入らないのだ。
だが、それでも、神の下命は絶対であり、それは全てに於いて優先される。況してや個人的な好みなど取るに足らない匙でしか無く、我儘で奔放なクィクィとは雖も、その辺の分別は相応に備わっている。
彼女はあくまでもその見た目や言動が幼く見えるだけであり、実際の所はかなりの年齢。ヒトの子の価値観は勿論、神の子という枠組みからしても上から数えた方が早い位には古い世代。
その為、それ相応の礼節はこれ迄の経験で積み重ねられている。それこそ、人間社会の階級構造に放り込まれても瞬時に適応出来る程度の応用性と即応性を振り翳せる程度には染み付いている。
だからこそ、彼女はそんな個人的嗜好を排し、ラムエルの魂を丁重に神界に送る。魂に魔力を流し込み、復活に際しての諸々の処理を施し、転がっている彼女の骸と結び付け、復活の理に流す。神界の神々の宮殿の敷地内にある魂の霊園の一角に備わる復活の繭へと続くその道筋に、それは静かに発進するのだった。
「これでよし、と。……さて、アルピナお姉ちゃん達は如何なったかな?」




