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ALPINA: The Promise of Twilight  作者: 小深田 とわ
第1章:Descendants of The Imperial Dragon
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第48話:天変地異

【輝皇暦1657年6月10日 プレラハル王国王都】


 日輪から齎される燦々と照り付ける眩い陽光は、草花の成長を促進させるとともに人間の健康且つ文化的な生活において最低限必要となる礎だろう。それこそが、プレラハル王国のみならずこの星に根付く基本的原理であり最大の恩恵でもある。

 しかし、そんな陽気な育みは突如として暗闇に覆い隠される。重たい曇天が青空を覆い隠し、萎れた草花が暖かな陽光を求めて寒風に揺られる。人間もまた、寒風が悪寒となって吹き荒ぶ町の片隅で肩を寄せ合いつつ脳裏に過ぎるネガティブな思考に身を震えさせていた。

 時を同じくしてカルス・アムラ古砦で繰り広げられているアルピナとシャルエルの争いは、その古砦を突き抜けて王国全土にまで波及していた。純粋な聖魔力と魔力の激しい衝突は王国各地で天変地異を招き、各地の歴史書に共通して記されている史上最悪の天災を再現する。

 しかし、幾ら知識として古代の天災を認識していてもそれに対処できるかどうかはまったく別の問題である。知は力なり、と何処かの世界に生きた哲学者は唱えたが、それを可能にするのはあくまでも人間の手が介入できる余地があってこそ。それらを超越する上位者の意志には、例えどれだけ知を味方に付けようとも逆らうことは不可能。つまり、ヒトの子では神の子同士の戦いにおける余波にすら抗うことは許されないのだ。


「これは……?」


「何か不吉な前兆が……それも、カルス・アムラの森がある方角から……ですね」


「カルス・アムラ……龍人が暮らす町がある場所ね」


 プレラハル王国国王バルボット・デ・ラ・ラステリオンの緊急招聘にかけられた四騎士。その内、カルス・アムラの森に遠征へ出ているグルーリアス・ツェーノンを除く三人が玉座の間に集う。国王を死守するように警戒の糸を張り巡らせた三人は、それぞれの感想を素直に零す。


「一体……何が起きているというのだ?」


 バルボットは弱々しい心情を吐露する。遠征に出たグルーリアスの無事と報告を今か今かと待ちわびると共に、この状況に一切の対処ができない己の無力さを嘆く。


「いかがいたしますか、陛下」


「一先ず、各地域には最大限の警戒令を敷くべきだろう。自然災害を前に人間とは無力なのだからな」


 せめて、とバルボットは心中で希う。


 古の大戦を終結させた天使様が再び現れ出でてくれないだろうか? 他力本願な我等に、せめてもの情けをおかけいただけないだろうか?


 しかし、彼は知らない。この天災を引き起こしている要因こそが彼が希う天使であり、怨敵たる悪魔こそがそれを終息に導こうとする救世主であることを。

 存在しない味方を望み、存在しない敵を恨む。客観的に見れば非常に滑稽なものだが、正しき歴史を知らないヒトの子にとってはそれが真実であり総意でもある。

 こうして彼らが無力感に苛まれている間にも、異常な天災は間断なく世界を破壊する。突風、地震、落雷、噴火、洪水。ありとあらゆる自然の脅威が同時多発的に発生し、誰もかれもが超常の存在に救済を求める。


「天巫女殿」


 その名を呼ばれた少女エフェメラ・イラーフは、可憐な容姿を殊更に強調する艶やかな御髪を靡かせて振り向く。猫のように大きな瞳は柔和に垂れ、茜色の瞳が稚さと儚さを強調させながら恭しく国王に対面する。その名の通り天使と人間を中継する聖なる巫女としての職務を一切に請け負う彼女の力は、こうした時にこそ最大限活用されてしかるべきなのだ。


「……申し訳ありません」


 謝罪のみの一言。しかし、その一言だけで十分だった。たとえ仔細を語らずとも、行間を読めば大抵の意思疎通は問題ない。

 そもそも、バルボット自身天使なる存在を直接目にしたことがない以上、天巫女なる者の力の全てを盲目的に信頼するわけにはいかないのだ。しかし、一国を統べる王として必要な信頼までは捨てていない。故に、バルボットは一縷の望みでそれを彼女に尋ねたのだった。

 しかし、その最後の望みは呆気なく潰れるのだった。勿論、だからといってバルボットは全てに絶望して投げ出す程心が弱いわけではない。故に、すぐに頭を切り替えて新たな解決策を求めて逡巡する。

 しかし、幾ら思考を巡らそうとも解決策は一向に思い浮かばない。寧ろ、考えれば考えるほどに人間の弱さが強調されてしまうのだった。


「やはり、嵐が自然と過ぎ去る時を待つしかない……か」


「はい。或いは、私達の与り知らない所で何者かがこの問題を解決してくれるのを待つのみです」


「果たして、そんな者がいるのだろうか? 仮に存在したとしたら、それは最早人間の範疇を越えて英雄の位に至った存在なのではなかろうか?」


 しかし、とバルボットは可能性の救世主に希望を見出すとともに恐怖の象徴としての側面を見出す。

 英雄が英雄として君臨できるのは、その目的を達成した直後に限られる。ある時を境に、数多の人々が抱く尊敬と憧憬の眼差しは全て恐怖へと変換されるのだ。その時は平和のためにその力を振るったがそれが何時自分達に向くかわからないという恐怖、その力を己の支配下では制御しえない不安から来る恐怖、中途半端な権力者が己の地位を脅かされるかもしれないと勝手解釈で抱く恐怖。ありとあらゆる状況に起因する恐怖心に、バルボットは気づいていた。


「今この瞬間は英雄を望むが、その後の平和を思えば英雄なしで解決してほしいものだな」


「そうですね。英雄がいることは喜ばしいことですが、それは却って世の中が危険であることの証左にもなり得ます。同様に英雄がいない事は危険との隣りあわせですが、それは世の中が英雄を必要としていない事の証左になります」


 尤も、とエフェメラは溜息を零しつつ憂いの瞳で民草の生活を慮る。


「国民は英雄を必要としているでしょう。為政者ではない彼らにとって、英雄は己の地位を脅かす好敵手とはなりえませんので。それに、彼らは今この瞬間の平穏を最上のものとします。向こう数年数十年の平和は全て後回しです。そんな彼らにとって英雄は全てにおいて平和の使者として映り、その先にある恐怖は映らないでしょう」


 やれやれ、とバルボットは心労と頭痛に相好を曇らせつつ四騎士に指示を出す。


「兎も角、今は民の安全確保が最優先だろう。三人はそれぞれあらゆる手を行使して被災した民の救助に当たれ」


 畏まりました、と三人は敬礼を掲げると玉座の間から退室する。その場に残されたバルボットは、周囲を近衛兵に守られながら徐に瞳を閉じる。待つ事しか出来ない己の立場と能力に失望しつつ、それでも彼らなら何とかしてくれるのではないかという希望に全てを賭けるのだった。

次回、第49話は11/15 21:00公開予定です

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