第475話:気付き②
「あの子達が顔を合わせた、とでも言った所かしら?」
「へぇ、良く分かったね」
意外そうな相好を浮かべて、アウロラエルはスクーデリアに対して目を見張る。予想外ではあるものの想定内ではあるとでもいうべき程度のそれは、しかし同時に何処かワザとらしくもあるもの。意地悪な童の如きその顔色は、正しく他者を苛立たせるに最適な色香を宿している。
だからこそ、それに釣られる様に、スクーデリアとしてもつい感情を揺さ振られてしまう。常日頃から冷静沈着をその儘貼付した様な性格をしている彼女にしては珍しい態度振る舞いであり、尚の事それは目についた。
とはいえ、だからといってそれが明確な隙になるかと言われたら、決してそんな事は無い。その感情の揺さ振りは非常に微かなものであり、仮令如何なる達人であろうとも決して突く事の叶わない微かな隙しか生まれなかった。
それは、彼女の実力と経験が為す代物。幾ら彼女が自他共に認めるレベルで肝いりな穏健派だとはいえども、長い長い時を生きてきたに相応しいだけの力は持って然るべきなのだ。況してや、彼女は草創期に生まれた存在。それ以外の大多数の神の子と同じ枠組みで考えて良い筈が無かった。
その為、或いはそうでなくとも、アウロラエルはスクーデリアのそんな態度にイチイチ振り回される様な疎かなマネはしない。何時もの様に、普段の様に、快活な童の如き飄々とした態勢を崩す事無く、引き続き彼女らの相手をするだけだった。
「当然よ、一体何年、あの子達と一緒にいると思っているのよ。これでも、貴女よりはずっと長生きなのよ、私も、あの子達も。幾ら魔眼が朧気程度にしか機能しないとはいっても、これだけの情報が得られたらなんとかなるわ」
それにしても、とスクーデリアは小さく溜息を零す。その口元には微かな笑みが浮かんでおり、その状況に対して微笑ましさや懐かしさを感じている事が、そこには表れている。
幾星霜の時の彼方より積み重ねてきた幾重にも重なる思い出は、そう簡単に潰える事は無い。遠い昔の星の灯の長い旅路は、仮令対立という形を現在進行形で選んでいたとしても、それを上回るだけの信愛を運んでくれるという事なのだ。
「なんだか嬉しそうだね、スクーデリア卿?」
そして、それを態々指摘する様に、アウロラエルはスクーデリアに対して問い掛ける。意地悪なのか、単純な疑問なのか? それは彼女自身にしか分からないだろう。或いは、彼女自身にさえも、その何方かを断定する事は難しいかも知れない。それ程迄に曖昧であり、それ程迄にどっちつかずなのだ。
とはいえ、当のアウロラエルが今現在自覚出来ている範囲での心情としては、この状況を楽しんでいる積もりではある。その為、何方かと言えば前者がこの心理の背景としては適切なのだろう。確認する術など誰も持たないが、しかし分からないなら分からないなりに受け流すだけで十分だろう。
「そうね。若しかしたら、私も心の何処かで心待ちにしていたのかも知れないわ」
とはいえ、それよりも今優先すべき事は、これからの事である。天使の長と悪魔の長。特筆すべき二大巨頭たる彼女らが対面した。これは紛れも無い事実。詰まる所、状況が大きく動き出した事の知らせでもある。
ヒトの子が神によってこの世に生を受けるより遥か以前から続くこの対立に於いて、彼女らが直接面と向かって対面した時、それは状況の転換点であった事は多い。第一次神龍大戦の勃発も、第二次神龍大戦の終結も、何方もそうなのだ。その為、今回もまたそうである可能性は高い。ともなれば、相応の警戒をすべきなのは言う迄も無い事だろう。
とはいえ、スクーデリア及びクィクィ対アウロラエルの戦いも、ヴェネーノ及びワインボルト対ラムエルの戦いも、その何方も未だ終わっていない。特に、ヴェネーノ達の戦いは今正に始まったばかりでありこの先も暫くは終わりそうにない。それも、この星を取り巻く時間概念に照らし合わせての話では無く、神の子が本能に宿す時間概念の照らし合わせての話であろう。
そうなれば、たかが数分や数時間で決着が付く筈も無い。その為、如何にして決着を短期化するかも大切になってくるだろう。何せ、此処暫くの戦いは比較的展開が早いのだ。何時迄ものんびりとはしていられない。
しかし、同時に、そんな暢気な事を言っていられない事もまた事実。確かにヴェネーノ達の戦いも気になる所ではあるのだが、それ以上にアルピナ達の戦いの方がよっぽど大切である。それこそ、今直ぐにでも駆け付けたい程には重要であり、魂もまたそれに呼応する様に震えている。
「ねぇねぇ、結局の所、二柱は如何したいの?」
そんな二柱の心情に対して鋭利に斬り込んだのは、他でも無いクィクィ。今し方迄大人しく戦いに集中していたと思ったら、意外にも話自体はちゃんと聞いていた様だ。だからこそ、その持ち前の明朗快活さと傲慢さを基軸に、遠慮も忖度も無い本質的な話題を掲げるのだった。
次回、第476話は3/4公開予定です。




