第47話:別次元
それに、とシャルエルは不敵な微笑を浮かべる。自らの魂から際限なく溢出する聖魔力に瞠目しつつ、新たな力の獲得に驚喜する。
「これだけの力を得られるのは俺自身想定外だった。ヒトの子と融合したところで聖力の上昇量はたかが知れてるからな」
さあ始めようか、とシャルエルは改めて聖剣を具現化させる。背中で羽ばたく二対四枚の純白の翼が柔和な印象を与えてくれるが、それとは対極的な聖剣の鋭利な輝きが恐怖と戦慄の香りを漂わせる。
「どうする、アルピナ?」
クオンは戦々恐々な面持ちでアルピナの動向を探る。余裕の相好が消え失せた彼女の行動の行方が読めず、眼下に聳える得体のしれない恐怖と併せて問いかける。
「ただ斃すならともかく、スクーデリアの肉体から追い出すとなると面倒だな。上手くいけばいいが……。それでも、たとえ手練手管を尽くしたところですべきことは何一つ変わらない。そもそも、天使も悪魔も実力主義構造。敗北して傀儡となったのならそれも全て自己責任であり、例え古い友人であろうともそれに対する慈悲は不要だからな」
しかし、とアルピナは心中で反駁する。理性ではそれが正しいと理解していながらも、感情がそれを否定する。古い友人であるスクーデリアを切り捨てることなど、アルピナには到底できない決断だった。
そんなアルピナの感情を見透かしたのか、クオンは彼女の苦渋の相好に対して嘲笑を交えて語り掛ける。
「……素直じゃないな、アルピナは」
放っておけ、とアルピナは笑う。改めて眼下で待つシャルエルを睥睨しつつ、アルピナは補足する。
「覚悟が決まっているのならそれを止めることはしないが、それ相応の警戒は決して怠るな。以前教えたかもしれないが、神の子は生きた時間と保有する力が比例する関係上、古く生まれた悪魔ほど単純に強くなる。シャルエルが融合したスクーデリアが創みだされたのは、ワタシと同じく草創の時代。僅かにワタシの方が早いがな」
つまり、とアルピナは地上に降り立つとシャルエルと相対する。それに続くようにクオンも地上に降り立つと、アルピナと肩を並べる様にして立つ。
「スクーデリアの純粋な力はワタシとほぼ同格。それが天使の力により取り込まれて補強剤とされている。その意味を努々忘れるな」
いつになく真剣な眼差しでシャルエルを睥睨しつつ呟くアルピナ。その態度にクオンは身の毛もよだつ恐怖と死の覚悟を強要される。
いまだ力の全容を明かしていないアルピナと同等の力をもつスクーデリアの力を取り込んだ天使。隔絶された認識の壁は、強さを推し量る定規を容易く破壊する。クオンに言えるのは、シャルエルが自分より遥かに強いということだけ。もはやそれしかわからないほどに次元が異なっていた。
弾避けにすらならないかもしれないが、それでもやるしかないか……。
冷たい汗が額に滲出する。遺剣を固く握る手が小刻みに震える。無意識の恐怖が警告を表す不随意な運動として出力される。アルピナと初めて出会った時を上回る様な絶望感が彼の周囲を覆う。
「さあ来いアルピナ公、クオン‼ 決着をつけようか」
シャルエルは地面を蹴りつけて二人に対して斬りかかる。それに呼応するようにアルピナは刹那の誤差もなく突撃し、クオンは少し遅れて追随する。コンマ数秒に満たない動作一つ一つを取ってみても、その実力差が窺い知れる。先行するアルピナの背中に舌打ちを零しつつ、クオンは自身の劣等感に失望する。
そしてついに衝突した三者の攻撃。シャルエルの一撃は先程までのそれを遥かに上回り、アルピナですら思わず眉間に皺を寄せてしまうほど。彼が地面を蹴り出す度に発生する衝撃波は、クオンを不安定に揺らす。唯一対等に渡り合えるアルピナだけが、シャルエルの動きに合わせて対抗することができていた。
閃光と衝撃を撒き散らしながら衝突を繰り返すシャルエルとアルピナ。隙間産業的に参戦するクオンを余所に、アルピナもシャルエルもかつての大戦を思わせる超常的な争いを繰り広げていた。
チッ、流石に厳しいな。加えて、天楔融合が相手となればワタシ一人の力では不可能だ。
「クオン。龍の力がなければ融合したこいつは斃せない。ワタシでは龍の力を扱えない以上、君だけが頼りだ」
「どういう意味だ?」
「現状、シャルエルの肉体と魂にはスクーデリアの肉体と魂が融け込んでいる。このままでも斃せない事はないが、あの肉体が死を迎えた瞬間、中に溶け込んでいるスクーデリアも道連れだ。それを防ぐ手段はただ一つ——」
「二柱を分離する」
アルピナの言葉に割り込むように、クオンは言葉を発する。その理解力の高さに喜ぶように微笑む。
「その通りだ。それに必要となるのが龍の力だ。特にその遺剣は龍の中でも頂点に君臨するジルニアの力が宿っている。効果は絶大だろう」
……尤も、天魔の融合を相手に試したことはないがな。
それでも、それしか解決策が存在しない以上それをするしかないのだ。例えそれが失敗に終わったとしても、何もしないよりはずっとマシ。適度に思いつめ、適度に気楽な心情を保ちつつアルピナはシャルエルに対抗する。クオンもそれに負けないように追随し、自らの目標とアルピナの目標のために戦い続ける。
それでも、シャルエルは決して弱い敵ではなかった。天楔融合の影響は凄まじく、クオンとアルピナを同時に相手にしても一切気圧されることも追い詰められる事もなく対抗していた。
「最高だな、アルピナ‼」
「最低だな、シャルエル‼」
相反する感情をぶつけ合うアルピナとシャルエル。双方が独自の正義感と使命に基づいて行動し、互いが互いを敵と認定して戦いあう光景。数十億年経っても一向に変わる気配のない天使と悪魔の対立構造は、もはや伝統芸として昇華されても文句はないほど。
くそッ……次元が違い過ぎる。
汗と血を流しながらクオンは二者の戦いを睥睨する。忌々しくも不甲斐ない己の心を鼓舞しつつ、クオンはそれでも対抗する。
〈天龍破斬〉
リリナエルを打ち破った一撃を、クオンはシャルエルに叩き込む。人間の身体機能の限界を超越した動きにより、彼の肉体は悲鳴を上げる。しかし、それでも構わず突撃するクオンは、苦痛に相好を歪ませながらシャルエルに肉薄する。
「皇龍の力か。だが、所詮は借り物の力。俺には効かんッ‼」
聖剣を構えてその一撃を受け止めたシャルエルは、嘲笑を浮かべつつクオンを見据える。天使としての矜持を誇るべく偽りの龍の力に負けてはならない所を存分に見せつけたシャルエルは、心中で安堵の波に揺れる。
それでも、やはりはジルニアの力。欠片となってもこれだけの力が残存しているとはな。
クオンの乾坤一擲の一撃を受け止めたシャルエルは、余力を残しつつクオンを横目で流し見ながら改めてアルピナに剣を向ける。
「次はお前だ、アルピナ。そろそろ勝たせてもらおうか」
挑発の色で睥睨するシャルエルを余所に、アルピナはクオンを見る。その顔は決して失望の色ではなく、寧ろ感心と賞賛に近いように感じられた。
「君は暫く下で休んでおくといい。決着の時が来たときに、肝心の君が倒れていては元も子もないからな」
ああ、とクオンはアルピナの指示に従い部屋の片隅まで下がる。そして、頭上で繰り広げられている二柱の神の子の戦いを観戦するのだった。衝撃波と埃煙に髪を靡かせながら、彼の眼にはもはや捉え切れないほどの超常現象がさも当然かのように頻発していた。
そんな二柱の争いは純粋な神の子同士、更に言えばその中でも頂点に近い者同士の戦いであるだけに、古砦の一室を飛び越えて王国の各地にまで余波を轟かせる。
次回、第48話は11/14 21:00公開予定です




