第468話:機能しない瞳
だからこそ、アウロラエルは、そんなクィクィからの不満に対して、特別感情を揺さ振られる事は無い。クィクィならそう言うのも納得出来る、とばかりに、彼女は穏やかな微笑みでそれを軽く受け流したのだった。
何より、アウロラエルとクィクィは、年齢的にも相対的な階級的にもアウロラエルの方が格上。あくまでも悪魔という種がそういった立場階級に依存しない性格や文化をしていないからこそ、至って対等な関わり合いを結んでいるだけである。
その為、アウロラエルがクィクィの態度振る舞いに対してイチイチ目くじら立てて文句苦情を垂れる様な事など、基本的にあってはならないのだ。格上として、格下の態度振る舞いには寛容になって接していかなければならないんドア。
そんな長い時を掛けて形成された背後関係に則った複雑で奇妙な間柄が構築されている事を外部に漏らす事無く、アウロラエル対スクーデリア及びクィクィの戦いはより一層の苛烈を極めていく。周囲を取り囲む天使達の数は殆ど変わらず、しかしかといって取り分け増援として参戦する事も無く、只静かに観戦を決め込むだけだった。
そして、最早そんな雑兵如きに態々意識を奪われる事も無く、或いは増援に期待する事も警戒する事も無く、彼女らの戦いは続いていく。スクーデリアとクィクィはアルピナを、アウロラエルはエフェメラを其々意識の片隅に留め、彼女らの同行によってこの先の未来がどの様に発展していくのかを静かに計るのだった。
一方、そうやってスクーデリア達が其々の思惑を胸に秘めた儘決着の付かない戦いに身を投じている頃、肝心のアルピナはというと、相も変わらずクオン及びワインボルトと共に智天使級天使ラムエルと相対していた。
空間に干渉する聖法によって生み出された実体の伴わない幻影に身を画するラムエルを前に、彼女らは其々攻めあぐねるかの様に身を固めていた。尤も、アルピナはやろうと思えば幾らでもそれを突破出来る手段を持っている為、あくまでもクオン及びワインボルトに足並みを揃えているだけだったのだが。
彼女が態々そんな事をしている理由は、ズバリヴェネーノの到着を待つ為。
アルピナが彼に精神感応で合流を命じてから凡そ十数秒乃至数十秒。クオンを始めとするヒトの子の価値観で言わせてもらうなら、それは然程長い時間ではない。しかし、神の子であるアルピナから言わせてもらえば、それはそれなりに長く感じてしまう。
確かに、これ迄歩んできた種族としての歴史や個体として生きてきた時間を考えれば、相対的な体感時間は人間であるクオンよりも悪魔であるアルピナの方が遥かに短くなる。クオンにとってそれは人生20年弱に占めるちょっとした割合であるのに対し、アルピナにとってみれば、それは数十億年の時の流れに潜んだ刹那的時間でしかない。
しかし、抑として、神の子であるアルピナはヒトの子であるクオンと異なり遥かに身体能力が高い。その結果、時空間による隔たりや移ろいというのは、ヒトの子以上に小さくなる。つまり、その驚異的な身体能力によって超速で何処迄も移動出来る彼女にとって、十数秒掛かって尚ヴェネーノが自身と合流出来無いのは、彼女にと手明らかな待ちぼうけにしかならないのだ。
此処の敷地は然程広くない。一つの星の一国の一つの町の一つの施設でしかないのだから、それは人間的価値観に照らし合わせても同様だろう。況してや神界や蒼穹を基準とする神の子にとってみれば尚の事だろう。
いや、確かに、今この場に於いて、最も懸念されている事項として、魔眼が機能しないというのは存在する。常日頃をそういった特別な瞳に依存している神の子にとって、それが機能しないというのは実に致命的。特に、こういった抗争中に於いては、如何しても大戦中の癖で魔眼に頼ってしまいがちなので尚の事。
そして魔眼が機能しないという事は、即ち魂の場所が分からないという事。そして魂の場所が分からないという事は、合流するにも探さなければならないという事。幾ら敷地が狭いとはいえ、その僅かな誤差が、こういう微かな不満を齎しているのだ。
「やれやれ、これだけ目立つ目印もあるのだから、もう少し早く合流出来るものだとばかりいたのだが……」
呆れた様に溜息を零しつつ、アルピナは周囲の空を見渡す。彼女は彼女でやはり魔眼が正常に機能しない為、もう間も無く合流するであろうヴェネーノを探すにも、そうやって肉眼で探さなければならなかった。
「まぁ、仕方無いさ。お前らの魔眼だって正常に機能してないんだろ?」
不満に同情しつつ、あくまでも宥める様に、クオンは乾いた笑いを零す。彼もまた、魔眼や龍眼は当然として、龍魔眼だって正常に機能していない。純粋な悪魔でさえ魔眼が機能しないのだから、自身の瞳が機能しないのは当然である為、それ自体は別に不満でも何でもないのだが、だからこそ、現状の難しさを誰よりもよく理解出来るとも言える。
次回、第469話は2/22公開予定です。




