第465話:戦闘の再開
しかし、抑として神の子三種族間に於いて働く相性関係に則れば、この状況は非常に不利である。天使は悪魔に強く、悪魔は龍に強く、龍は天使に強い、という原則は、思いの外バカに出来無いのだ。幾ら階級や年齢による実力さがあれば容易にひっくり返せるとは言え、コンテにそれがある以上、必然的にその理に囚われつつ枷を嵌められ続けられなければならないという事でもあるのだ。
「お話は終わった? もう再開しても大丈夫?」
中空に浮遊する一柱の天使アウロラエルは、軽やか且つ可憐に微笑みつつ問い掛ける。緑白色の髪を風に乗せて爽やかに戦がせ、とても敵対中の間柄とは思えない様な平和的色香をスクーデリア達に対して与える。
その背中から伸びるのは二対四枚の純白の翼。身体をすっぽり覆えてしまいそうな程に大きく柔らかなそれは、彼女が天使の中でも最上位に近い智天使級天使である事の表れ。ヒトの子は勿論の事、生半可な神の子であっても比肩する事を許さない古参世代である事を物語る立派な背中だった。
また、彼女の周囲に同様にして浮かぶ他のの天使達もまた、敵意があるようで実はそうではないどっちつかずな態度振る舞いを浮かべていた。一介のヒトの子では到底表現出来無い様な、そんな超越的な仕草は、彼女らが間違い無く神の子である事を如実に教え諭してくれていた。
「あら、ごめんなさいね。態々待ってもらわなくても、何時でも掛かって来なさい」
ふふっ、とお淑やかで余裕のある笑みを零しつつ、スクーデリアはアウロラエルに対して謝罪の言葉を口にする。とはいえ、それは本心から彼女に対して謝罪しようという訳ではなく、何方かと言えば挑発に近い態度振る舞い。仮令相手が自身にとって相性上不利であり、しかも種族内階級に於いて最上位に程近い存在であろうとも変わらないそれは、偏にスクーデリア自身の格式故の代物。
確かにアウロラエルは旧時代の中でも最古に近い世代で生まれた天使であり、その生まれはこの星の暦を参考に数十億年程昔。未だ人類が存在してない時代であり、それ処か人類を含むヒトの子が住まうこの地界を始めとするこの世界そのものが存在していなかった時代。
それに対して、スクーデリアが生まれたのはそれより更に昔の事。所謂草創期と呼ばれる時代であり、未だ神が表立って活動をしていた時代でもある。
そんな時代に生まれたが故に、アウロラエル程の古参且つ上位の存在であろうとも、スクーデリアからしたら子供の様な存在でしかないのだ。
だからこそ、スクーデリアはアウロラエルに対して決して怖気付いたりたじろいだりする事も無く、それ処か逆に挑発する余裕すら持ち合わせていたのだ。
「相変わらず余裕たっぷりだねぇ、スクーデリア卿は。でも、それじゃあ遠慮無く」
そう言うと、アウロラエルは聖力を魂から産生し、スクーデリア及びクィクィを目掛けて急降下する。一方の手では聖法陣を描いて聖法を構築しつつ、もう一方の手で聖剣を握り、彼女は戦意と殺意を剥き出しにする。
宛ら猟奇的な獣の様であり、或いは殺人鬼の様にも感じられるそれは、理性的な戦略と本能的な意思が複雑に絡み合った代物。生半可な経験では到底到達する事の叶わない境地であり、言い換えれば彼女がそれを会得するに相応しいだけの戦いを経験してきたという事。
やはり、神龍大戦というのは良くも悪くも神の子という種族性そのものにも深く作用している様だ。憖、アウロラエルはその性格上から武闘派とも穏健派とも数え辛いどっちつかずな位置を保っている。それ故、大戦から齎される良い影響と悪い影響を上手い具合に織り交ぜつつ染められている様だった。
彼女の瞳が金色に輝く。凡ゆるものを見通すその瞳は天使を天使足らしめる力によって修飾された特別な瞳である聖眼。本来肉眼では見通せないものをも見通す力を持ち、アウロラエル程の年齢と実力なら、並大抵の秘匿術でもし掛けられていない限り何でも見通す事が出来るだろう。
スクーデリアもクィクィも、何方も同時に反射的に飛び上がり、アウロラエルの攻撃を回避する。そして、反撃の糸口を探ろうと其々思考と瞳を忙しなく動かす。
しかし、幾ら実力的にはかなりの余裕があるとはいえ、攻め手に如何しても欠けてしまう。というのも、この状況下に於いて、クィクィの魔眼元より、スクーデリアの不閉の魔眼でさえも正常に機能しないのだ。地に足を付けて確実に段階を踏んでいけば或いはなんとかなるのかも知れないが、戦闘中ともなれば流石のスクーデリアと雖も如何しようも無かった。
だからこそ、先程迄の口振りに反して、如何しても上手く事が運ばない。憖、常日頃を魔眼越しに見てきているが故に、魔眼に頼らない視界は懐かし過ぎて思う様に思考も身体も追い付かないのだ。
また、クィクィに関してもそれは似た様なものである。確かに彼女はスクーデリアと異なり不平の魔眼は持ち合わせていないが、しかし彼女は彼女で長い時の流れの中を頻繁に魔眼越しに見てきた。取り分け戦闘中は魔眼の使用が基本であり、肉眼に頼る事は常識的に有り得なかった。
次回、第466話は2/19公開予定です。




