第462話:人間と魔王②
「よくもそんな巫山戯た事を……一体誰がそれを聞いて信じられるか⁉ これ迄にも数え切れぬ程の被害を出し、如何して今尚無関係の顔を続けられる?」
人間達は、ヴェネーノの言葉に耳を貸そうとはしない。己の正義を前面に押し出し、眼前の魔王を純粋な敵だと見做し、その罪を詳らかにして現実的側面に於ける善と悪を客観視させようとしていた。
それは、ヴェネーノにとっては何とも見当違いで何とも傲慢な茶番だろうかと溜息を零したくなってしまう程の光景。真実に対して欠片たりとも即していない全く以て的外れなそれは、寧ろ面白さを感じなかった。
それは彼が魔王側に立つ者だからこその反応だろう。魔王側に立つ、即ち悪魔だからこそ、事の真相を全て把握している。そして、把握しているからこそ、何が真実で何が虚飾で何が正義で何が悪で何が茶番なのかを正確に把握する事が出来る。
とはいえ、これが若し彼彼女らと同じ人間としての立場にいたら、恐らく彼彼女らと同じ事を考えていただろうし同じ事をしていただろう。だからこそ、ヴェネーノとしては、彼彼女らの態度を内心では批判しつつも、本心としては仕方無いと思っていた。寧ろ、同情にも近い感情すら浮かんでおり、如何すれば彼彼女らに対して最も損害を少なく出来るかを考慮してすらいた。
う~ん……如何しようかな……?
中々、思考が纏まらない。クィクィの様に人間達の事を良く知っている訳でも無いし、付き合いも長くない。せめてセナやルルシエの様に現在進行形で人間社会と深く関わっていれば何か変わっていたのかも知れないが、最近になって漸くバルエルの天羽の楔から解放された身の上として、如何してもコミュニケーション能力が不足していた。
だからこそ、魔王と人間、即ちヴェネーノと聖職者達は、互いに見合った儘膠着状態を迎える。人間達からはヴェネーノに対する批判の声が上がり、ヴェネーノはそれを如何にか宥めようと当たり障りの無い言葉を投げ掛ける。
だが、それで直ぐ様状況が改善するのであれば、抑論として此処迄苦労を強いられる事は無かっただろう。円満且つ円滑な対人関係の輪が構築され、種族の垣根を超えた紐帯が形成されていた事だろう。
しかし、何時迄もこうして膠着状態に妥協している訳にはいかない。同敷地内の他の場所に於いても、如何やら此処と同じ様に悪魔と人間とによる対立状態及び天使達の顕現が行われている様だし、何よりアルピナとラムエルが再度地上に降り立った様なのだ。加えて、今にも爆発しそうな程に激しさと止水の様な静けさを併せ持つ衝突を彼女らは見せており、もう間も無く決戦の時が訪れるであろう事をそれは暗に示していたのだ。
『ヴェネーノ、聞こえるだろうか?』
そんな時、不意に彼の脳内に声が響く。それは彼の思考由来の声では無く、外部から齎される声。発した本人及びそれを聞く彼以外にとっては不可聴となるそれは、悪魔を悪魔足らしめる魔力によって紡がれる糸となって相互に結びあっていた。
『あぁ、聞こえてるよ。どうした、アルピナ?』
その声の主は、他でも無いアルピナ。この世の理の一角を統べる悪魔を統べる悪魔公。人間社会に照らし合わせると王や皇といった一国の君主に相当する立場を有する者であり、人間達が彼女らを総称する際に用いる魔王という単語が最も相応しい存在。
そんな彼女が、ふいにヴェネーノへと精神感応を用いて語り掛けてきたのだ。しかし、ヴェネーノは兎も角アルピナはラムエルと対面中。戦っている訳ではないものの、しかし到底手の離せない状況である事には変わりない。
一体、何の用で態々声を掛けてきたのだろうか? 彼女の事だから、ラムエルと話し乍らでも此方に精神感応を繋げる事だって容易だろうし、状況からして恐らくそうしている。だが、そこ迄して呼び掛けて来る意図がイマイチ分からなかった。
アルピナは悪魔の中でも最上位。それは地位や品格や階級は元より武力的な実力に於いても同様。対して、ヴェネーノはその全てに於いて中間層に位置する中途半端な存在。その為、まさか彼女が助けを求めている筈は無いだろうし、だからといってそれ以外の用事があるとも考えられなかった。
若し仮にそんな用事があるのなら、自分よりもスクーデリアやクィクィの方が何倍も効率が良い。実力的にも地位や品格や階級的にもそうだし、それこそ付き合いが長い分彼女らの方がよっぽど気心が知れている。下手に言葉を交わさなくても、互いに何を考えているのかは読心術を使わずとも理解し合える——抑、彼女らの様な最上位層に於いて読心術が真面に機能するとは思えない——だろうし、実力も近い故に手を貸し合ったりする必要も無いのだ。
『急で悪いが此方に来てもらおうか? 魔眼が機能しない故に互いに何処にいるかを認識出来て無いだろうが、状況からして凡その位置は予測出来るだろう?』
『あぁ……だが、如何にも人間達に囲まれててね。この人達を如何にかしない事には、ちょっとそっちにはいけそうにないかな?』
眼前の人間達を、その瞳でぐるりと一瞥し乍ら、ヴェネーノは困惑気味に答える。たかがヒトの子の内の一種でしかない人間、しかも特別な何かがある訳でも無ければ深い面識がある訳でもない彼彼女ら。そんな彼彼女らに対して、掛けてあげるべき情は無いのだが、しかしどこぞの誰かさんの様な礼節さを彼は持ち合わせていなかった。
次回、第463話は2/14公開予定です。




