第461話:人間と魔王
とはいえ、現況に於ける最優先は人間達の処理。余り道草を喰らうかの様に話や思考を脱線させてはならないのだ。
「やはり、我々を騙くらかす算段だったかッ‼」
誰かがそう叫ぶ。この短期間且つ一時的な協力関係の中でしか関わる事が無い為、態々各個体を記憶し識別しようとは思わなかった。また、今尚人間社会の枢要に入り込んでいるセナやルルシエならその限りでは無いだろうが、別に現状彼彼女のお手伝いに馳せ参じる予定も無い。その為、それは尚の事だった。
それでも、こうも一方的に敵扱いされるのは、如何も良い気分ではない。長い時を生き、抑としての生物的構造の観点から上位に君臨する立場とは雖も、その全てを赦す事は出来無かった。
確かに、ヴェネーノは神の子としてヒトの子の事をよく見ている。その生い立ちも、精神構造も、価値観も、思考回路も、文化文明も、歴史も、状況も、その全てを見ている。その為、彼彼女らが如何いう背景因子の基如何いう思考から如何いう結論を経て如何いう意図で以てその発言を零し態度振る舞いを為しているのかは、全て手に取る様に理解しているし把握している。
それでも、嫌なものは嫌なのだ。幾ら彼が生物的に上位となる神の子とは雖も、一つの魂一つの肉体一つの自我を有した一つの生命であるという点に於いてはヒトの子と何ら変わらない。決して、完全無欠の聖人君主とは言えられないのだ。
しかし、それに反して、そいういった上位存在や下位存在などという類を神話や創作物の上でしか把握出来無い人間や抑としてそういう社会性を持たない他のヒトの子と異なり、彼は悪魔という立場上から上位存在も下位存在も事実として認識出来ている。
出来てしまっているからこそ、そういった立場故の価値観や認識の違いというのを深く認識出来るし、数えきれない程経験している。その為、そいういった側面からくる感情の機微はヒトの子以上に発達してしまっているのだ。
「残念だけど、僕は君達を騙す積もりは無いし、陥れる算段だって立てちゃいない。立場上、そういった類の行動は、厳しく咎められるからね」
悪魔の行動原理は契約と対価である。加えて、契約が働いている間はその契約に対して従順となり、合理的且つ尤もらしい理由が無い限り、それを害する事は許されない。
確かに今回はアルピナとエフェメラによる口約束で結ばれた協力関係であり、そこには対価を伴う契約は交わされていない。しかし、それは本質的に見ればそうであり、事実的に見れば殆ど契約関係にある様なものである。
加えて、アルピナがエフェメラと契約を結ばずに口約束を交わしただけで済ませたのは、その背後に少々特殊な事情が絡んでいる為。つまり、やらなかったのではなく出来無かったと表現する方が適切ですらある。
その為、今回に関しても、集団対集団という特殊な関係性とはいえ、契約関係にあると認識する事が出来る。憖、普段ヒトの子と関わる際はその全てが契約関係を前提としていた事もあり、尚の事それは無意識の内に行われていた。
よって、ヴェネーノの思考回路には、協力相手である人間に対して害を働こうなどいう意思は欠片程も存在していなかった。契約相手ではないとはいえ、事実上の契約相手として扱い、全く同程度の意識と認識で以て相手をしていたのだ。
尤も、仮に何か契約相手に悪事を働いたり契約そのものを踏み躙ったりしても、何か罰則が与えられる訳では無い。悪魔を統括するアルピナや、神の子を含む万物の頂点に君臨する神が、直接的乃至間接的にそれを咎める事も表向きには無い。
実際、神の子を中心とする諸々の理に直接的且つ甚大な影響が無い限りは神が介入する事は無い。神龍大戦に於いても神は何もしなかったのだから、それは当然だろう。
ただし、アルピナが何かをするかもしれない。ルールの上では罰則は無いが、しかし悪魔という種の根底を左右するかもしれない事柄故に、全体の和を乱す者を排除する意味合いを以て、彼女が介入を働くかも知れない。傲慢で冷徹な性格に反して根が真面目な彼女故に、それは強ち嘘とは言い切れないだろう。
だからこそ、或いはそうでなくても、ヴェネーノは人間達に対して強気且つ暴力的な手段には出ない。出たい気持ちをグッと堪え、あくまでも協力関係上の延長としての関係性を維持しようと努めるのだった。
しかし、口でどれだけ宥めても、人間達がそれを素直に信じるかと言われたら、それは間違い無く不可能だろう。実際に人的被害が出ているのだ。得体の知れない敵か味方化も良く分からない相手に対して、そう簡単に気を許せる訳も無いだろう。
だからこそ、両者の意思は平行線を辿る。ある一定の距離感で向かい合い、上空に浮かぶ天使達に見下ろされ乍ら、生産性の無い無駄な時間だけが刻一刻と過ぎていく。
人間と悪魔と天使。似ている様でまるで異なる三者が其々の思惑を胸に秘めた儘、自分達の意思を貫き通そうと躍起になる。似ているからこそ不信が募り、似ていないからこそ敵意を深める。何方にせよ、この儘では決して円満且つ穏便な解決へと至らない事だけは、誰の目から見ても確実だった。
次回、第462話は2/13公開予定です。




