第457話:地上へ
そして、そうこうしている内に、如何やら漸く外に出られたようだった。サバトという一見して何て事無い極普通の町の直中であるにも関わらず此処迄広大な地下空間が広がっているというのは、人間としての知識や価値観を有するクオンとしては実に驚きだった。歴史的な観点は元より、地盤沈下や崩落と言った観点からも、一度これを知ってしまえばそれ以降はこの町に滞在するのに心休まる瞬間は訪れないだろう。
とはいえ、今回クオン達が通った地下通路はどれもがラムエルの聖力によって生み出された幻影。或いは強引に押し広げ引き延ばされた空間の延長戦の様な代物。故に、地上は疎か本来の地下空間にすら現実的な影響を及ぼす事は無い。
それはアルピナから説明された通りであり、クオンも頭の中ではそれをしっかりと理解出来ている。魔力や龍脈や龍魔力を取り扱う者として、何時迄も人間社会としての常識に縛られている訳にはいかなかった。
それでも、やはり、人間としての癖というのはそう簡単に抜けるものではない。寧ろ、人間としての常識の枠組みに収まり切らない例外を知ってしまったが為に、却ってその乖離度合いが鮮明に映し出されてしまうのだ。
そんな事を考えつつ、クオンは久し振りの陽光を浴びる。とはいえ、たかが一日そこそこの間しか地下には閉じ込められていない。久し振りというには少々気が短過ぎるだろうか?
それでも、体感的にはまた随分と閉じ込められていた様な気がする。やはり、身体的及び精神的な拘束を受けていたからこそ、それに引っ張られる様に、認識的な体感時間にも微妙な祖語というのが生じているのかも知れない。
「やっと出られたか」
クオンは、琥珀色の瞳を輝かせつつ、その雪色の肌で陽光を目一杯浴びる様に身体を伸ばす。ずっと拘束されていた上に狭く暗い地下通路を歩き続けたという事もあって、節々が微妙に凝り固まっていた。それを解す意味も兼ねた上での、最も心身が安らぐ行動だった。
魂が解放感を叫び、無意識の魔力が全身を優しく包み込む。この一日の間で受け続けてきた種々の傷が魔力によって癒され、もう間も無く訪れるであろうラムエルとの闘いに備えるのだった。
一方、ワインボルトはというと、彼もまた久し振りの地上というだけあって、それなりの感慨深げな相好を浮かべている様だった。クオンと異なり数千年に亘ってあの場所に幽閉されていたのだ。幾らヒトの子と髪の事では主観的な体感時間に大きな差があるとはいえ、それでも何も感じない訳が無いのだ。況してや、ワインボルトは神の子全体で見ても中堅からやや若手寄りな世代。数千年というのは決してバカに出来無い時の流れなのだ。
とはいえ、それでも尚ワインボルトの態度は、クオン程晴れ晴れしたものではない。久し振りの地上という現状に対するある種の解放感こそ抱いている様だったが、しかし天頂から眩く照り付ける陽光に対しては、何処か忌々し気な眼差しを向けている様だった。
前者に関しては当然だろう。ワインボルトが生まれたのは魔界の生命の樹。詰まる所、基本的な生息域は魔界全域。それ処か、天界を除く全領域である。その為、単純に考えて、あの地下牢獄は狭過ぎたのだ。只でさえ陰鬱としていて息が詰まる様な環境だった上に、あれでは窮屈な事この上無かったのだ。
後者に関しては、神の子としての都合上仕方無いだろう。太陽やそれに類する光源が存在しない環境を故郷とする兼ね合いから、如何しても太陽に対しては忌避感を抱いてしまうのだ。魔力で身体を保護している為に実害は無いのだが、それでも余り良い気はしなかった。
兎も角、彼らは思い思いの気分と行動で束の間の平穏を飲み込んでいる様だった。もう間も無くすればラムエルもまた同様に地上へ上がってきて戦闘が再開されるだろうし、その後はエフェメラ達との折り合いも付けなければならない。
彼方に関してはスクーデリア達が其々対応してくれているが、しかし肝心のエフェメラが野放しにされているのが現状である。加えて、そのエフェメラを抑えるともなると、やはりアルピナが必要になってくる。協力関係を結んだ当事者である上に、何より双方其々の集団を纏める管理職的立場でもあるのだ。
その為、先ずは如何にかしてラムエルとの戦闘に決着をつけるのが最優先だった。武闘派である彼女ともなれば、恐らくバルエルの様に穏便な結末へ着地させる事はほぼ間違いなく不可能であり、それは過去の神龍大戦でも嫌という程経験してきた。その為、何方かが肉体的死を迎える迄続くであろう事は確実だし、だからこそワインボルトの心にもクオンの心にも微かな焦燥が燻り始めつつあった。
そんな中、やはりとも言うべきか、アルピナだけは至って平常な心を保ち続けている様だった。確かにエフェメラの動向は気が気でないし、何より彼女の視座にはその先に続くであろう波乱迄確実に見えていた。それこそ、神龍大戦が文字通り再来する様な、或いはそれ以上の激しささえ孕んでいるかもしれないそれが、手の届きそうな所にまで歩み寄っていたのだ。
次回、第458話は2/7公開予定です。




