第454話:幻影と実体②
だが、それでも、あれが強大である事には何ら変わらない。少なくとも、現在のクオンが保有している魔力量は遥かに超えている。流石は武闘派の神の子という事もあり、その力はルシエルやバルエルの聖力量より多く、或いはシャルエルに匹敵する程だろう。
確かに、クオンは何時だったかシャルエルを落ち倒す事は出来ている。カルス・アムラに於いてスクーデリアを助ける為に戦ったあの時だ。結果としてあれを為せているのだから、少なくともこの結果を前にして絶望する必要は何処にも存在しないだろう。
とはいえ、しかし、あの時は殆どアルピナが戦っていた。クオンがしていた事は観戦ととどめの一撃に過ぎない。それと比較して楽だとかそうでは無いだとか、そんな事を議論する事は、素人目から見ても不相応だと気付く事が出来る。
故に、クオンは、こうして強大な力を零すラムエルの姿形に対して、不安の色を隠す事が出来無かった。或いは、こうしてある程度の実力を得たからこそ、この力に対する絶望の色香をより鮮明に抱く事が出来る様になったのかも知れない。
「如何する、と問われても、或いはそうでなくとも、ワタシ達がすべき事は何も変わらない。確かに魔眼も龍魔眼も機能していないが、しかしあの中の何処かに本体が存在する事は自明。ならば、何時か本体に当たる迄攻撃でもすれば良い。君ならそう時間も掛からない間にコツが掴めるだろう」
フッ、と大胆不敵な笑みを零すアルピナは、ワインボルトに対してそう答える。一見して何とも頼りがいのある力強い後押しの様にも聞こえるが、しかし同時に、余りにも雑過ぎる丸投げの様にも感じられる。脳みそ迄筋肉で出来ていそうな、そんな力業の様な気がしてならなかった。
とはいえ、魔眼が機能しない以上、アルピナ自身だってそれ以外の手段は持ち合わせていない。何もワインボルトにだけ無茶振りをしている訳では無い。悪魔公として、悪魔を統括先導する立場として、何も考え無しな行動指針を徒に掲げている訳では無いのだ。
尚、それでも、やはり実力の差があるお陰か、そんな雑な力業であろうとも、ワインボルトおは異なりアルピナには一定の可能性が存在していた。魔眼も龍魔眼も機能しないとはいえ、彼女の手に掛かれば、あの幻影巨体の中に潜むラムエルの実体を叩く事の出来る可能性が存在していた。
それは偏に、慣れと経験と純粋な実力によるもの。ワインボルトと異なり、アルピナは数十億年を生きてきた先達。それこそ1000倍足らず程の圧倒的な開きが存在する。
そんな絶望を通り越して相応する事すら容易ではない遠過ぎる開きが存在した結果、アルピナとワインボルトとの間にはそれに見合うだけの差が存在する事となっていたのだ。
また、それに加え、アルピナは草創の108柱に名を連ねる最古の神の子。神による直接的創造の施しを受けた申し子であり、生命の樹から産み落とされる他の一般的な神の事はその出自から大きく異なる。その結果、両者の間には、只単なる年齢の開き以上に大きな、筆舌し難い壁というのが存在していたのだ。
「簡単に言ってくれるな、アルピナ。いや、お前がそうなのは何時もの事か?」
だからこそ、ワインボルトは大きな溜息を零してアルピナの事を冷めた瞳で見据える。厭味ったらしくある様でも決してそうでは無い絶妙なバランスを突いた彼女の発言には、最早彼としては如何返事をすれば良いのかが分からない。憖、過去数万年以上の長き時に亘り同じ様な態度振る舞いを維持してきただけの、最早感心にも似た感情を抱いている始末だった。
加えて、若しこれが単なる妄言だったり虚言だったとしたら、彼も彼なりに何か言っていただろう。怒ったり叱ったりといった頓珍漢な事はしないだろうが、何かしら不平不満を漏らしていた事だろう。
しかし、彼女の実力や立場は本物である。故に、彼女はなにも嘘をついていない。彼女が出来ると言えばそれは出来るのだし、出来無いと言えばそれは出来無いのだ。過去数万年を超す年月を共に過ごしてきて、それは嫌という程自覚してきたし、有難い程実感してきた。
だからこそ、彼女の言葉に対して、ワインボルトは苦しみつつも受け入れる事しか出来無かった。仮令それが個人的に無理難題な様に聞こえても、彼女の発言が嘘を捉えたものではないと知っているからこそ、如何しようも無い努力を強いられざるを得なかったのだ。
「さて、如何だろうか? しかし、何も無理難題を押し付けている訳では無い。ワタシはワタシなりに君を信用しているし信頼もしている。だからこそ、そう言ったまでの事だ。或いは、地上にいるヴェネーノと協力するのもありかも知れない。君達は仲が良いからな」
そうだっただろう、とアルピナは尋ね返す。過去の記憶で自己の発言を土台する様に、彼女はワインボルトは鼓舞する。何とも武骨で無機質で口下手な格好だが、しかし良くも悪くも彼女らしいと言えば聞こえは良いだろう。彼女を彼女足らしめるだけの力が、そこには確実に込められていたのだ。
次回、第455話は2/2公開予定です。




