第446話:再会②
「まったく、誰のせいだと……」
彼女から失望の色香が漂う言葉を投げ掛けられたのは、他でも無いワインボルト。アルピナと同じ悪魔であり、年齢や階級はヴェネーノとほぼ同じ。第一次神龍大戦が終結し蒼穹内に世界が創造される事となった時代に生まれた伯爵級悪魔。
その為、単純な階級や実力比較なら、彼はアルピナに遠く及ばない。それこそ、この王国でいうと、六大貴族-国王陛下間以上に隔絶された開きがあると言っても決して過言では無い。
しかし、悪魔は元々階級や実力に態度を左右されない気質。加えて、ワインボルトは第二次神龍大戦を生き残った数少ない悪魔の一柱。その為、アルピナからみたら彼は特別な仲間であり、彼から見てもアルピナは特別な仲間である。
だからこそ、そうした失望の色香が漂う間柄であっても、決して互いに毛嫌いし合っている訳ではなかった。寧ろ、互いに信用し、信頼し、新調し合っているからこそ、そうした軽い感情で本音を投げ掛け合えるのだ。
それより、とワインボルトは、改めてそんなだらけ切った雰囲気を改める様にして言葉を紡ぐ。久しぶりの再会を喜びつつそれを受容する様な、そんな温かな団欒に華を咲かせるのも悪い気分ではないのだが、しかしこの状況下にあってそれが出来る程、彼の心は強くなかった。アルピナやスクーデリアの様な、持って生まれた絶対の強者ならいざ知らず、階級的に見ても若手寄りな身の上としては、それが出来る未来が来るとは思えなかったのだ。
「地上で天使との戦闘が起きているっていうのは本当なのか?」
「あぁ。とはいえ、この状況下にあっては、流石のワタシと雖も魔眼は機能しない。全て予測と予想に基づいたものでしかないがな」
ワザとらしく金色の魔眼を輝かせ、アルピナは天井を見上げる。決して見えない地上の様子を見透かす様に伺い、見栄もしない地上の様子に対して冷徹な笑みを浮かべる。そこには只地響きが伝わってるだけであり、それ以外は何も窺えなかった。
そんな時、突如として近くの瓦礫の玉が音を立てて崩れる。或いは、衝撃と共に吹き飛ばされた、と形容すべきかもしれない。嵐の様に圧が吹き荒び、今にも崩落しそうな程に地下牢及び地下通路全体が軋音を響かせる。
「さて、この様な陰鬱とした所は早急に出てしまいたい所なのだが……その為にも先ずは、目の前の敵を排除するとしよう」
アルピナの瞳は、崩落する瓦礫の奥から姿を現した智天使級天使ラムエルへと向けられている。稚さの中に漂う傲慢さと冷徹を前面に押し出し、悪魔を悪魔足らしめる魔力を放出しながら、彼女はラムエルに対して殺気をぶつけ続けていた。
「相変わらずアルピナ公も随分乱暴だよね? もう少し楽しくやろうよ?」
背中から二対四枚の翼を伸ばし、それを大きく羽ばたかせる彼女は、榛摺色の髪を穏やかに靡かせつつ、金色の聖眼を燦然と輝かせる。天使を天使足らしめる聖力を魂から湧出させ、それをアルピナの魂から零出する魔力を衝突させる事で、無音の激戦を演出する。一見して只向き合っている様にしか見えないそれは、しかしこれ迄のカルス・アムラやレインザードやベリーズでの抗争と何ら変わらないか、或いはそれら以上の激しさを内包していた。
だからこそ、そんな彼女らの態度振る舞いや仕草を眼前に捉えて、クオンは身を強張らせる。カルス・アムラでの対シャルエルや、レインザードでの対ルシエルや、ベリーズでの対バルエルのお陰で、智天使級天使と相まみえる事自体にはある程度慣れている筈なのだが、それでもやはり、臨戦態勢に入った彼女らといいうのは隔絶された威圧感を抱かせてくれる。
片やヒトの子であり、片や最上位に近い神の子なのだ。寧ろこれが種族的な立ち位置を考慮すれば正常であり、幾ら複数柱の悪魔と契約を結んでいるにしろ、心の強度迄はそう短期間で塗り替えられる訳では無い。身体構造や社会的価値観の様な易可逆性は精神に備わっていないのだ。
一方、純粋な悪魔である筈のワインボルトもまた、何だかんだ言いつつも身を強張らせていた。勿論、クオン程強固に硬直している訳ではないものの、それでも決して適度に力が抜けているとは言えないだろう事は、誰の目にも明らかだった。
それ程迄に、アルピナとラムエルの外からは見えず聞こえない攻防というのは、一線を画した規模を内包しているのだ。確かに智天使級天使と公爵級悪魔とでは相対的な地位格差はそれなりにあるものの、しかしワインボルトやクオンという圧倒的な下から見れば、それは誤差として片付けられ得るのだ。
それに、抑として、ワインボルトもクオンも、この状況が良く分かっていない。恐らく侵入してきたアルピナと迎撃したラムエルが衝突した結果がこの情況なのだろうが、イマイチ全容が見えず、何も如何する事も出来無かった。その為、一先ずは彼女らにこの良く分からない不安定で一触触発な状況を丸投げし、彼らは傍観者としてこの戦いの行方を只見守る事しか出来無かった。
次回、第447話は1/23公開予定です。




