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ALPINA: The Promise of Twilight  作者: 小深田 とわ
第4章:Inquisitores Haereticae Pravitatis
444/511

第444話:脱獄⑤

 そうして遂に魔法を放とうとした、その時だった。突如として、二人が拘束されていた部屋の壁が轟音を立てて崩落する。ドォンという衝撃とガラガラという地響きが連続し、クオンもワインボルトもそれを為した衝撃によって吹き飛ばされれる。

 最早、言葉としての声を上げる余裕すら無かった。言葉の意味を持たない雑な声を只零し、理解も認識も追いつかない有様で、彼らは身を危険に晒す事しか出来無い。受け身だとか防御だとか、そんな理論的な思考と動作など、この場には欠片たりとも存在しなかった。

 やはり、魔眼が機能しないというのは実に恐ろしいもの。純粋な悪魔であり魔眼は本能的な身体機能としての認識を有しているワインボルトは元より、後天的に授かったクオンでさえそう実感してしまう。抑として、アルピナと出会う以前の純粋な人間だった頃は魔眼も龍魔眼も持たず、それ処かそんなものが存在する事自体認識すらしていないかった。それにも関わらず、今や魔眼や龍魔眼に頼り切った危機管理と危険予測をしてしまっているのだ。

 慣れというのは何と恐ろしいものだろうか? たかが数ヶ月程度の時の流れでこうも楽さと確実さに意識を偏らせてしまう事となってしまうとは、誰一人として予測など出来無いだろう。或いは、それこそが人間としてのサガかも知れない。人間が人間である事の一番の弱さこそが、そういった所に集約されているとしたら、それは強ち間違いでは無いかも知れない。

 とはいえ、聖拘鎖に拘束されていたのだ。若し仮に魔眼乃至龍魔眼が正常に機能していたとしても、この事故をホセぐ事は出来無かっただろう。寧ろ、危険が迫っている事を認識した上で、成す術も無くそれを受け入れる事しか出来無かったかもしれない。

 知っていてそれを受け入れる事と知らずにそれに巻き込まれる事の、果たして何方がマシなのか? 前者には前者の、後者には後者の利点や欠点が存在する以上、一概にそれに対して正誤を付ける事は出来無い。当事者の性格によっても、それは変わるだろう。つまり、それは考えるだけ無駄な話なのだ。

 兎も角、そういう訳で、為す術も無く良く分からない衝撃に巻き込まれたクオンとワインボルトは、その儘崩落する瓦礫に半分程潰される様にしてその場に倒れ込む。辺り一帯が丸ごと崩落しなかったのは幸いだが、それでも全く以て無事とは言い切れないのがつらい所だった。

 とはいえ、片や神の子であり、片や神の子に身と心と魂を売り払ったヒトの子である。ちょっと壁や天井が崩落した所で、何らかのダメージを負う事は無い。壁を破壊した衝撃波の勢いに押されて吹き飛ばされただけであり、瓦礫そのもので受ける被害は全く存在しなかった。


「クソッ……一体何だ?」


 身体に圧し掛かっている瓦礫をどけつつ、クオンは体を起こそうとする。人間の儘だったら決して動かせない程に大きく重たい瓦礫だが、悪魔と紐帯を結んでからというものの、そんな重さは微塵も感じない。それこそ、片手で十分押し退けられる程に、その身体機能は強化されていた。

 それにも関わらず、何故か身体が動かなかった。全く以て動かないというのではなく、不思議と身体が持ち上がらなかった。まるで重たい何かに押しつぶされている様な、そんな感覚だった。それも、瓦礫の様な大きなものではなく、もっと小さな何かに踏みつけられている様な感覚だった。


「ん?」


 そんなクオンの耳に齎される声。クオンの存在に気付き反応するその声。それは、これ迄何度も聞いて来た少女の声であり、同時にこれ迄に無い安心感を与えてくれる声。クオンが何よりも望んだ救いの声であり、何よりも願って希望の光だった。

 それは他でも無い、クオンが初めて契約を結んだ相手であり、凡ゆる悪魔を統括する悪魔公アルピナだった。幼さの中に傲慢さと冷徹さが残る可愛らしい声色を曝け出し、彼女は自身の足元に倒れ込んでいるクオンをチラリと一瞥した。


「ほぅ、何やら柔らかいものを踏んでいる気がしたが、まさか君とはな、クオン。如何やら、無事に生きている様だな」


「あぁ、お陰様でな。……というか、分かってるならサッサとその足を退けろ」


 苛立ちと喜びが両立する声で以て、クオンはアルピナに抗議する。それは、誘拐と幽閉と拷問の果てに到来した感動的な再会というのは何とも非感動的な光景。まるで普段の日常をその儘切り取った様であり、とても何かしらの事件の真っただ中にあるとは到底思えないもの。

 それでも、普段の彼彼女の性格や態度や関係性を考えたら、寧ろこれくらいの方が丁度良いかも知れない。下手に感動的で、下手に情緒的で、下手に友情的だったら、それこそ彼彼女には不自然であり不釣り合いだろう。

 やれやれ、とばかりにアルピナは息を吐き零し、或いは微笑み、静かに足を退ける。細く撓やかな雪色の御御足が静かに動き、それに合わせて漆黒色のミニスカートの裾がフワリと揺れる。人間で言う10代後半といった外見故の健康的で何処か麗しさも醸し出すその肉体は、こんな暗がりの地下であっても実に可愛らしいもの。その傲慢で冷酷であたりの強い無感情的な性格や当の彼女自身がそういった少女的な扱いを受ける事を嫌っている事に目を瞑れば、引く手数多な美少女として人目を引ていたであろう。

次回、第445話は1/19公開予定です。

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