第439話:アルピナとラムエル
つまり、何方かと言えば、ラムエルの方からアルピナに対して跪くべきであり、況してやこんな礼節を欠いた態度振る舞いなど言語道断である。
それでも、ラムエルには最早引き下がれるだけの状況にはいなかった。純粋な天使である彼女にとって、彼女が我が君と呼ぶ熾天使級天使セツナエルからの下命は全てに於いて優先されなければならないのだ。それこそ、常識的な礼節を前にして、それは例外ではない。
何より、旧時代の神の子故に、セツナエルとアルピナの関係性を知っているのも大きい。知っているからこそ、尚の事、そう簡単に自我を以て独断専行へと走る訳にはいかなかった。
状況が何時どの方向へ転がるかが全く以て読めず、セツナエルとアルピナの気分次第で天使側へも悪魔側へも転がり得る可能性を秘めている事が嫌という程に理解出来てしまうのだ。
その為、ラムエルは心を無にしてアルピナと対立する。カルス・アムラに於けるシャルエルとの一戦、レインザードに於けるルシエルとの一戦、ベリーズに於けるバルエルとの一戦。それらが如何いう経緯で如何いう発展を経て如何いう結末を辿ったのか、その全てを見てきたからこそ、彼彼女らの幼馴染として、彼女は最後迄自身で出来る最大限を発揮しようと覚悟を決めるのだった。
そして、遂に、二柱の神の子は激しい衝突をみせる。
とはいえそれは、態々こんな狭く暗い地下通路で戦わなくとも、勝手知ったる間柄なのだからもっと広い所迄移動すれば良いのに、とすら思いたくなる光景。しかし、両者ともに此処を離れる訳にはいかない事情があるのだ。
それはずばり、アルピナはこの先に進みたくラムエルはこの先にアルピナを進ませたくない、という覚悟。クオン・アルフェインという両種族にとっての鍵となる男と、序でに悪魔ワインボルトを懸けた、一進一退の攻防戦にして現時点最大の最前線が、正しく此処なのだ。
だからこそ、アルピナもラムエルも、決して最終決戦とは言えないちょっとした小競り合い程度の戦いであるにも関わらず、その魂は激しく脈打ち、その瞳は燦然と輝いていた。
アルピナの瞳には金色の魔眼が、ラムエルの瞳には金色の聖眼が其々灯り、互いの魂を深奥迄射竦めるかの様に激しくも冷たい眼光を放っている。尚、この不可視の聖力による疎外の影響下にある為に、やはりとも言うべきかアルピナの魔眼は全く以て機能していない。見えない、という事実が見えるだけであり、そうしたノイズのお陰か寧ろ肉眼で見るより見づらい事この上無い。
しかし、やはり誰かしらと戦う時は魔眼を開いておく方が良かった。邪魔だから、という理由で何時もと違う態度振る舞いを見せるよりも。、仮令邪魔でも何時もと同じ態度振る舞いを継続している方が、不思議と心が落ち着くのだ。
それに、この戦いは所詮あいさつ程度の規模でしかない。であるならば、多少のノイズがあろうとも如何という事は無い。神の子三種族間の相性差があるとはいえ、それでもアルピナとラムエルならアルピナの方が依然として格上なのだ。未だ勝てない戦いではない。
「如何した、所詮はその程度だったか?」
「やっぱり、一筋縄でいく相手じゃないよね。流石はアルピナ公」
悪魔公、という称号は決して虚飾でも僭称でも無い。嘘偽り無く全悪魔の頂点に君臨する者の称号であり、仮令それが環境に流されて仕方無く就任した二代目であろうとも同様である。
それはつまり、天使で言う所の天使長と同じであるという事。憖、天使が階級や役職による上下関係に対して絶対服従な本能を有しているだけに、その格差は嫌という程に魂へ突き刺さる。
それでも、ラムエルの心には、微かではあるものの、楽しみの感情が沸々と湧き上がりつつあった。この状況でこんな感情を見出す事はハッキリ言って場違いでしか無いし、彼女自身それ程頻繁且つ強く自覚した事は無かったが、しかし今回ばかりは決して嘘偽り無い本心だと理解していた。
同時に、あの悪魔公を相手に戦っているにも関わらずこんな感情を抱いても良いものだろうか、という思いもまた抱いてしまうが、しかし悲観的になり乍ら戦うくらいならこっちの方が幾分か精神衛生上マシだろう。下手に卑屈になるよりも、こっちの方がずっと楽だし、何よりよりパフォーマンスが期待出来る。
だが、だからと言って気持ちだけで階級や実力を量が出来る程、アルピナも甘い相手ではない。というのも、ラムエルは偶々この戦いに於いて楽しみを見出せているが、アルピナは戦いという概念そのものを楽しんでいる生粋の戦闘狂。彼女にとって戦いは楽しむものであり、それがデフォルトなのだ。
その為、どれだけラムエルが戦いを純粋に楽しんで最高のパフォーマンスを魅せようとも、しかしアルピナもまた最低でも同程度には楽しんでいる為、如何頑張ってもアルピナを上回る事は出来無いのだ。
そうして、両者の戦いは暫しの間続いていく。地下通路全体を揺らし、瓦礫を落とし、今にも崩落させそうな激しさを浮かべ、それは果てしなく広がっていく。最早地上の事などまるで気にも留めていないそれは、だからこそ地上では彼女らの戦いによって生じる地響きに其々悩まされている事を悟らせてくれなかった。
次回、第440話は1/12公開予定です。




