第438話:対面③
こんな事を言うと、やれレインザードの件は如何だの近くにいるであろうクオンの無事は如何だの言われる事は容易に想像が付く。しかし、アルピナとしても、そんな事は予め把握済みだし、把握済みだからこそ安心して無視出来るのだ。
抑、レインザード攻防戦に於いては、町に至る所に同胞たる悪魔達が分散されていたし、何より全員地上にいた為に何かあれば直ぐにでも動けた。それに対して今回はというと、肝心の彼女が地下に籠っているし、聖力の障壁のせいで魔眼が機能しない。その為、何かあっても動けないし、連携も取れないし、無理に動けば徒に被害を拡大させ兼ねないのだ。
そして、クオンについては、確かに何処にいるかの詳細は依然として把握出来ていない。若しかしたら地下かも知れないし、ラムエルが此処にいる以上地下にいる可能性の方がずっと高い。
それでも、クオンなら大丈夫なのだ。確かに身と心は依然として人間寄りだが、しかし魂に埋め込んだ契約と魔力は、この聖力の影響下であっても依然として正常に機能しているし、ジルニアの遺剣も恐らく手元に隠しているであろう。
その為、多少無茶を働いても、只の人間よりはずっと頑丈だし、その分何かあっても少しは耐えてくれる。何より、多分クオンなら多少無茶を働いても分かってくれる。それは、この短くも濃密な旅路で構築した信頼関係に基づくものであり、同時にクオンの魂に刻まれた秘密によるもの。アルピナを始めとして一部の悪魔にしか知らされておらず、何ならクオン自身でさえ把握していないその秘密がある限り、何だかんだと文句を言いつつも見逃してくれるという保証があったのだ。
対して、それを眼鼻の先に捉えたラムエルはというと、やはりとも言うべきか、欠片程の焦りすら浮かべてはいなかった。確かに構築した魔法陣こそ〈魔弾射手〉そのものだったが、それに反して中身はというと、大した威力も無ければ速度も無いはったりの魔弾でしかなかったのだ。神龍大戦で大暴れしていた当時にアルピナを知っている側の神の子である彼女からすれば、この程度の魔弾はお遊びにも満たない児戯でしか無かった。
だからこそ、ラムエルはそんな魔弾は必要最低限の動作で躱す。適当な聖弾を構築して打ち消しても良かったのだが、しかしこの地下通路を崩落させる程の威力さえ無い事もまた見通していた。為、それに必要な聖力すらも節約するべく、敢えて適当な所に着弾させて処理したのだった。
「へぇ、いきなり物騒な事するんだね、アルピナ公?」
「君達がしてきた事に比べれば、この程度は物騒にも入らない。それとも、君はそれがお望みか?」
殺伐した対面。一触触発という言葉がこれ程に会う場面はそう頻繁にないだろう。それ程迄に、両者の魂からは濃密な殺気が零れ出ていた。それこそ、神龍大戦時を彷彿とさせる様な容赦の無さであり、或いは神の子の本質的意義の様でもあるだろう。
アルピナは改めて魔法陣を構築し、攻撃の耐性を整える。しかし、周囲に溶け込んでいる聖力の障壁のお陰か、何時もより魔法の構築が不安定な気もする。しかし、この程度ならまぁ問題も無いだろう。
時日、これなら未だ天界を襲撃した時の方がよっぽど難しかった、とアルピナとしては思う所。あの空間は、魔眼こそ正常に機能するが、単純に聖力濃度が余りにも濃過ぎて居心地が悪い。それこそ、毒ガスの中に身を投じているかの様な危険性すら、魂が間断無く警告している始末なのだ。
それに、この程度の不自由さ乃至不安定さ程度なら、力業で幾らでも誤魔化しが利く。凡ゆる神の子の中でも最古と呼ぶに殆ど差し支えない老練さに加え、草創の108柱故に持つ特異性のお陰で魔力量には事欠かない。
それでも、勿論だが、天魔の理を逸脱する様な力迄は出しはしない。あれは全神の子の魂に刻まれた掟であり、ヒトの子及びそれが住まう地界を保護する為に設けられた特例措置である。それを破るともなれば、何処にどんな被害が出るか考えただけでも面倒が過ぎる。
尤も、嘗て第二次神龍大戦勃発直前にセツナエルがそんな概念を一部破損させた為に今となっては一部形骸化。その為、やろうと思えば何時でも敗れるし、此処最近も何度か破った事がある。その為、多少それを破った所で問題無い事は本能は元より経験としても理解している。
それでも、体裁もあるし、何より抑論としてそこ迄の力は現状不要である。徒に力を浪費する事に何の利点も無い為、今後の戦闘行為の為にも、可能な限り力は御存ずるに越した事は無いだろう。
対して、ラムエルもまた、手掌に聖法陣を描きつつ、魂から聖力を湧出させる。暁闇色のオーラを血液に乗せて全身へ循環させ、温かくも冷たい天使を天使足らしめる力でアルピナを睥睨する。
その覚悟は、並大抵のものでは無かった。片や何処にでもいる一般的な智天使級天使。片や全悪魔の頂点にして魂に関連するこの世の理の一角たる転生の理に於ける最高責任者たる悪魔公。神の子三種族間の相性差があるとはいえ、如何考えても圧倒的過ぎる格差であり、如何考えてもこうして同じ目線で向き合って良い間柄ではない。
次回、第439話は1/11公開予定です。




