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ALPINA: The Promise of Twilight  作者: 小深田 とわ
第4章:Inquisitores Haereticae Pravitatis
436/511

第436話:対面

 軈て、視線の先にある曲がり角を曲がった先、つまり希望の光が手招きする方向へとアルピナが足を踏み込んだ時、突如として彼女の背筋に悪寒が走る。それこそ、身の毛も弥立つ冷たい殺気とでも形容出来るそれが、彼女の魂に食らい付こうと大顎を開けて襲い掛かって来たのだ。


「おっと」


 アルピナは、身を翻してその強襲を割ける。頬ギリギリを何かが掠め、薄らと傷が走る。幸いにして出血こそしなかったものの、それでも彼女に傷を負わせたという事実には驚かざるを得ない。

 神龍大戦時ですら余程の狂的且つ激闘でも無い限り負傷しなかった彼女なのだ。まさかこんな何て事無い攻撃と呼ぶべきかも不明な何かで負傷するとは誰一柱として予測出来無かった。

 事実、当のアルピナですら、自身がこんな所で怪我をするとは思ってもいなかった。恐らくそれは慢心でも油断でも無く、あくまでも自身の実力と天使の実力と双方の階級差を天秤に掛けた、客観性に富んだ総合的解釈だった。

 だからこそ、彼女の魂は、一瞬にして動揺と困惑に塗れる事となる。それは、まさか自分が怪我を負うとは、という腹立たしくも清々しい程の傲慢さ故なのか、或いは自身に怪我を負わせたそれに対する賞賛か?

 何れにせよ、彼女の精神状況は、その一瞬で大きく乱れる事となってしまった。何事も一瞬の心情の揺らぎが大きく状況や結果を変動させるのが世の常。それは神の子に於いても同様に適応されるものであり、アルピナとて例外ではない。

 それでも、アルピナは、動揺こそすれでも決してパニックにはならなかった。自分が何かに攻撃された、という結果を直ぐ様受け止め、噛み締める。そして、ゆるりと地面に着地しつつ、その攻撃の発生地点を静かに見据えるのだった。


「まさか、このワタシが傷を負うとは。やれやれ、油断をしていたつもりは無いのだが、如何やら心の奥底で、ワタシも気付かぬ内に油断の種が萌芽していたらしい」


 ワタシも落魄れたものだな、とばかりに、彼女は自虐的な冷笑を零す。嘗て神龍大戦が勃発していた時代なら絶対にしなかったであろうこの失態を受けて、流石の彼女も平静を保っていられなかったらしい。

 そんな彼女の眼光は、そうして自身に傷を負わせた敵に対して真っ直ぐと向けられていた。

 猫の様に大きくも僅かに吊り上がったそれは大海より深い蒼玉色に染まり、背筋の凍る冷徹さを抱擁している。どれだけ獰猛な獣であろうとも決して無視する事の出来無いそれは、とても年頃の少女から溢出しているとは思えない倒錯さであり、だからこそ一層の得体の知れなさを醸し出している。

 そして、そんな敵とは、ラムエルを除いて他にいないだろう。クオンを攫った張本人であり、ワインボルトが依然として行方不明な儘である要因である可能性が最も高い存在。今最も警戒しなければならない、喫緊の敵対存在だ。

 そんな彼女が、今正にアルピナの眼鼻の先に立っている。魂から聖力を迸出させ、それを手掌に集約させる事で聖法を構築する。今正にアルピナに傷を負わせた攻撃こそそれである、というのが、仮令言葉を介さなくとも容易に想像が付いた。


「久し振りだね、アルピナ公。待ってたよ。それにしても、こんな攻撃で傷付いちゃうなんて、若しかしてこの10,000年の間に弱くなっちゃったんじゃない?」


「君自身が強くなった、という仮定を持ち出さない辺り、相変わらず君は謙虚な性格をしているな、ラムエル? それとも、単なる嫌味か?」


「さぁ、どっちだろうね?」


 ふふっ、とラムエルは悪戯猫の様な笑みを零す。それはまるで格闘技の対戦前会見に於ける挑発行動の様であり、或いは恋愛における反動形成の様にも感じられる。何れにせよ、悪気や悪意に由来する行動ではないという事だけは確実だった。

 そして、当然、それを受けるアルピナもまた、そんなラムエルの心情背景には気付いている。過去数十億年の時の流れの中で、こんな遣り取りは数えきれない程してきたのだ。それに、抑として、彼女の事は彼女が生まれた時から知っている。つまり、この程度の心が読み取れない様な鈍い関係性に留まっている筈が無かったのだ。

 幾ら不可視の聖力による疎外を受けているせいで読心術も正常に機能していない——というか、魂が見えない為、読み取る心も探せない——とはいえ、アルピナもそこ迄鈍感では無い。況してや神の子同士。対ヒトの子の様に価値観が根本から異なる訳では無いのだ。多少の事なら、神の子としての常識や本能でカバー出来る。


「それよりさ、こんな所迄何しに来たの?」


 あっけらかんと、純粋無垢なこの共の様な乾いた感情で、彼女は首を傾げる。しかし、それに反してその瞳は一切笑っておらず、先程の攻撃行動と合わさって、それが完全な嘘偽り行動である事は容易に想像が付く。あくまでも分かった上で、敢えてアルピナの感情を揺さ振る為だけに、そんなつまらない行為に走っているだけなのだ。

 だからこそ、そんなラムエルの態度振る舞いに対して、アルピナは暫しの間何も言う事無くジッと見つめ返す。蒼玉色の瞳を暗闇の中で燦然と輝かせ、まるで獲物を前にして猛禽類の様に、鋭利な眼光を飛ばし続けた。

 そんな彼女の魂からは、圧倒的な迄に濃厚な魔力が際限無く湧出され、全身へと循環される。悪魔を悪魔足らしめる種族色である黄昏色と、彼女を彼女足らしめる個体色である蒼玉色及び濡羽色。冷たく、恐ろしく、しかしそれでいて懐かしさや逞しさや頼り甲斐を感じさせるそれは、だからこそラムエルの心に強く突き刺さる。

次回、第437話は1/9公開予定です。

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