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ALPINA: The Promise of Twilight  作者: 小深田 とわ
第1章:Descendants of The Imperial Dragon
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第43話:決戦③

「ただの人間にしてはしぶといっスね。粘着質な男は嫌われるらしいっスよ」


「天使に人間の恋愛観を諭されたくはないな。いや、普通なら天上の存在に恋を諭されたと喜ぶべきなのか?」


「どっちでもいいっスよ」


 それより、とリリナエルは問いかける。


「一体、どうしてそんなに頑張るんスか? アルピナ公と契約を結んでまで、あんたは何がしたいんスか? ただの人間として生活していた方がずっと平和だったんじゃないっスか?」


「黙れッ‼ 俺だってできるなら平和に過ごしたかったさ。だが、一体誰のせいでこうなったと思ってる? 誰のせいで、人間達の平穏が崩されたと思ってる?」


「あー……そう言うことっスか。でも、仕方ないっス。そもそも、ヒトの子は神の子によって管理されるべき存在。あんた達だって、豚とか牛とかを殺すことに対してその都度贖罪を施しているわけじゃないっしょ? それと同じっス。あくまでもシステム。世の理を円滑化するために必要な処置だったと思えばいいんスよ」


 聖獣による人間襲撃は、いわば地震や噴火により人間の生活圏に深刻な損傷が生じることと同義。故に、それら一つ一つに対して責任を求めることが不可能なのである。自然の摂理として増減するだけの諸行無常の移ろいこそが全ての顛末であり、それらに対して憤りの感情を抱く事こそがお門違いなのである。

 しかし、だからと言って簡単に納得できるクオンではなかった。例え世界の円滑化に必要な犠牲とはいえ、その為に大切な家族や平穏な生活を奪われることは許容できない。これまで一度も感じたことがないような激しい怒りの感情が魂を渦巻き、沸き立った血潮が理性を亡失させる。魂の奥底から際限なく溢出する力は、クオンの魂に掛けられた最後のリミッターを突破しようと暴狂する。


「ふざけるなッ‼ 例えそれが必要な処置だろうとも、だからと言ってそれを認められるか‼」


「認める認めないじゃないっス。そういうものなんスよ。人間は所詮ヒトの子の一欠片。その中の更に一事象に構ってあげられるほど天使も悪魔も余裕がないんスよ」


 やれやれ、とばかりにリリナエルはクオンを吹き飛ばしつつ溜息を吐く。怒りに囚われて直線的な機動しかとれなくなったクオンは、最早リリナエルの相手としては不十分なほど弱体化していた。そんな彼女は憐憫の瞳でクオンを見つめつつ、この世のシステムに溜息を零す。


「ウチだって我が君から命令されてるからやってるだけっス。だから、ウチにそれを言われてもどうすることもできないんスよ。勿論、あんたの気持ちがわからない訳じゃないっス。ウチだって天使の端くれ、人間の管理者っスから」


 でも、と彼女は想像する。過ぎ去った過去を思っても何一つ変えられない事を知っていても、どうしても考えざるを得なかったのだ。


 もし、天使と悪魔の争いがなかったらまた違った道が見えてたんスかね?


 壁に背中を凭れ掛けて荒い息を吐くクオンは、虚ろな瞳で虚空を見つめる。ダラリと垂れ下がった腕からは遺剣が零れ落ちそうに傾き、乖離した意志と覚悟が脳内を黒く塗りつぶしていた。

 シャルエルと剣戟を交えていたアルピナは、闘志が消えかけるクオンを横目で見つめつつ表情を曇らせる。怒りでも失望でもなく悲哀でも憐憫でもない感情の色を識別できない不安定な相好は、彼女の悪魔的本質を如実に表出するもののよう。長い戦いの歴史の中、シャルエルですら初めて見るその顔は彼に不要の警戒心を与える。


「どうしたクオン、その程度か? いつかの時にワタシに対して向けたあの眼差しは嘘だったか? 君の恩人を葬った敵を殲滅すると誓いワタシに契約を持ち掛けてきたあの覚悟は虚像だったか? ワタシと契約を結んだ以上、その責務は最期の一滴まで絞り出してもらわなければならない」


 ああ、クソ……そうやってお前は自分勝手に……。


 意識と覚悟を手放しかけたクオン。しかし、それを引き止めるのは脳裏に浮かぶ顔。孤児でしかなかった自分を拾い一人前にまで育て上げてくれた師匠の無償の愛情が、蝋燭の灯のように暖かな団欒を思い出させる。それを受けていつまでも項垂れていられるほど、クオンは師匠に対して薄情になってはいなかった。愛情と恩に対する最大の返礼を送るために、クオンは再び立ち上がる。


「まだだ……お前達を斃すまで、俺はこんなところで諦める訳にはいかない‼」


 再度握り締めた遺剣は、クオンの覚悟に応える様に更なる龍脈を放ってリリナエルを威嚇する。嘗ての皇龍を思い出させる覇気は、その場にいるクオン以外の三柱の神の子を震え上がらせる。


「こいつは……」


「これは……不味いっスね」


「ほう、なかなかどうして懐かしい力だな、ジルニア。嘗ての約束は、どうやら無事に叶えられつつあるということか」


 アルピナの手に宿る魔力が自然と増加する。旧友の力に応える様に彼女は表情を和らげつつ、その戦いを加速させる。最早、一介の天使では到底相手にならないほどの速度と力でシャルエルに詰め寄りつつ彼を着実に追い詰める。

 その戦いを横目で一瞥しつつ、クオンはリリナエルとの闘いを再開する。契約主の戦いぶりに後れをとらないように己を鼓舞しつつ、眼前の天使に牙を剝く。ヒトの子でありながら神の子に逆らうという前代未聞の快進撃を現在進行形で実施しているクオン。その勢いに気圧されたリリナエルは、無意識に尻込みした戦い方を強いられる。


「人間のくせに、随分随分強いっスね? 一体、今まで何柱の天使や聖獣を斃してきたんスか?」


「さぁな? だが、お前達が斃してきた人間の数よりはずっと少ないさ」


 チッ、とリリナエルは舌打ちを零す。もはや口撃でクオンを揺さぶることが不可能なことを理解した彼女は、純粋な暴力で彼を上回らなければならない事を自覚する。


「ったく、嫌になるっスよ。悪魔と契約した程度で、どうしてこんなにも力が増えるんスか?」


 クオンはその問いに上手く答えられない。事実、アルピナと契約する前は天使どころか聖獣すらまともに相手取ることは容易ではなかった。それが僅か数日で下級ならば天使すらも討伐できるまでに成長していた。これが契約のおかげではなくて他に何があるというのか。しかし、リリナエルの発言を基にすれば契約と力の上昇の二つにおける因果関係に疑問符が付く。と、なれば他に理由が伴うはずだがクオンにはそれが一切思いつかなかった。

 そんなリリナエルとクオンの対話を小耳に挟みつつ、シャルエルはアルピナに問いかける。


「確かにそうだ。天使が持つ天羽の楔と悪魔が持つ契約の儀。内容は異なれどもヒトの子と主従関係を結ぶ点においてその本質は同じ。多少の力の贈与はあれどもこれほどの急上昇はありえないだろ」


「ああ。シャルエルも当然知悉しているだろうが、天羽の楔と契約の儀の本質は同じだ。精々違うとすれば、一方的か双方向の同意に基づくか程度だろう。当然、クオンに対して施した契約も同じだ」


 だったら、とシャルエルは凄む。その本質を確かめたいという思いが熱意となって振るう聖剣に力がこもる。暴力的な中に潜む天使としての繊細さを、アルピナは寸分の狂いなく回避しつつ笑う。


「やはり、天使達には見えていないようだな。偶然か必然かは知らないが、ワタシとしては好都合だ。君達はもっと魂の本質を見通す癖をつけておけ」


「まさか草創期の大悪魔から教示を受けられることがあろうとはな」


 本心とも建前ともとれる発言でシャルエルは仰々しく頭を下げる。それに応える様にアルピナは低い背でシャルエルを見下すように見上げて睥睨する。

次回、第44話は11/10 21:00公開予定です

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