第427話:ラムエルの動向
一方、そうしてアルピナが地下通路を黙々と進んでいる頃、そんな地下通路の最奥部に位置する部屋にも微かな動きがあった。
その部屋は、クオンとワインボルトが囚われている部屋。只でさえ知覚出来無い聖力の障壁が辺り一帯を覆っているこの敷地に於いては、更なる厳重な秘匿術が仕掛けられているそこは、彼彼女ら天使達が最も死守したい場所。
だからこそ、クオンとワインボルトを捉えた智天使級天使ラムエルもまたその部屋に残っている。彼らから龍魂の欠片を引き出そうと凡ゆる手段を用いて恫喝乃至拷問の限りを尽くしている。
その姿は、とても天使とは思えない。抑天使といえば、人間の心に寄り添い、魂を導き、凡ゆる罪に赦しを与える、というのが宗教的な常識である。或いは、最早一般常識として浸透しているといっても過言では無い。それ程迄に、天使という存在は人間社会の生活に本能レベルとして浸透しているのだ。
しかし、そんな天使である筈のラムエルはというと、クオン及びワインボルトに気概を加え、自身らの私利私欲の為に、悪事を企て、実行し、悪魔と敵対し、周囲への被害などお構い無しに暴れている。
その姿はそれこそ神話に登場する悪魔のようであり、決して人間の心に寄り添う善性の使者とは思えないかけ離れたもの。
寧ろ、クオン及びワインボルトを助ける為に、そんな天使と対立し、危険を冒してでも敵地に突入し、本心から彼らの無事を願うアルピナ達悪魔の方が、よっぽど人間達が常識として考える天使像に近いだろう。
だが、それはあくまでも人間達が創造した仮初の姿形に起因するものでしかない。神龍大戦が終結し、地界での争いが影も形も消え去り、それに伴って全神の子が地界から撤退し、抑としてそんな存在が実在する事を誰も知らなくなった時代に漸く生み出された宗教が初出だからこそ、誰も彼彼女らの本当の姿形を知らないのだ。
その為、天使が実は私利私欲の為の働いている事も、悪魔が実は人間を始めとするヒトの子に寄り添う姿勢を屡々見せる事も、それ処か彼彼女ら所謂神の子の本来の存在意義が輪廻及び転生の理の管理にある事も、何一つ知らない。あくまでも机上論での理想論に於ける夢物語しか知らず、だからこそ、そんな現実が存在している事を仮定する事すら出来無いのだ。
兎も角、そういう訳で、人間が定める枠組みからは大きく逸脱した悪辣な態度振る舞いを取るラムエルだったが、しかしそれでも、決して理性を失っていたり自暴自棄になっていたりする訳では無い。自我も目的意識も感情も全て正常に機能させた儘、仕事としてそれに取り組んでいた。
或いは、心の奥底乃至片隅には、若しかしたら生命という枠組みに於ける上位存在たる神の子として、下位存在であるヒトの子を見下しているのかも知れない。管理者から被管理者に対する優越感とも表現出来得るそれは、証拠も根拠も無いものの、或いは何処かに存在していても何ら不思議では無いだろう。
何れにせよ、ラムエルは自身の立場や地位を明確に理解した上で、その物事に当たっている。眼前に崩れ落ちるクオンとワインボルトから目的のものを速やかに回収する事を何よりもの優先事項として定め、無駄な事で時間や聖力や気力を徒に浪費しない様に、黙々と作業を熟していく。
そんな中でも、彼女の聖眼は眼前のクオン及びワインボルトを注視するだけには留まらなかった。勿論、彼らの事は常に注察しているし、僅かにでも兆候があればすぐにでも龍魂の欠片を引き摺り出せるような準備だって施している。
それでも尚、如何しても彼女が観察しなければならなかったものとは、ズバリ周囲の状況である。確かに、この部屋は厳重で堅牢な秘匿聖法で守られているし、周囲一帯は聖力による障害で魔眼や龍眼を機能不全に陥れる様な細工だって施している。それでも、それに慢心して警戒を怠る程、彼女の心は衰えていなかった。
……やっぱり、最初に入ってきたのはアルピナ公みたいね。……それとも、ワザと招き入れたのかな?
だからこそ、彼女の聖眼は、地下通路に足を踏み入れたアルピナの存在を直ぐ様認識した。尤も、バカみたいに大量の魔力を垂れ流しつつ傲慢に闊歩しているのだから、これで気付くなという方が無理な話な気もするのだが。
兎も角、それでも、ラムエルの態度は崩れる事は無い。というのも、アルピナがこの地下通路に突入してくる事は最初から織り込み済みである。クオンを態々此処迄攫ってきたのだ。果たして彼がアルピナにとって如何いう存在なのかは知らないものの、それでもここ最近の彼女の態度振る舞いを見れば只事では無いの容易に想像が付く。
故に、彼女は眼前のクオンと遠くのアルピナを聖眼越しに交互に一瞥する。果たして彼彼女を相互に結びつける紐帯の正体には全く以て見当が付かないが、それでもすべき事は変わらない。クオン達から龍魂の欠片を引き摺り出す事とアルピナを迎え撃つ事。それだけは絶対条件だった。
次回、第428話は12/27公開予定です。




