第42話:決戦②
しかし、その後悔は杞憂と帰す。不注意の方角から放たれる魔弾がリリナエルの身体に直撃すると、その勢いのまま反対側の壁に激突する。
「クッ……なんスか、一体……?」
瓦礫をかき分けて身体を起こしたリリナエルは、頭を振って意識を保つ。そして、その意識の外から齎された攻撃の主を必然的に見定め、それがいる方角を見る。
同時にクオンもまたその一撃を加えた主を見つめつつ、命が助かったことに安堵の顔色を見せる。
「アルピナか、助かった」
「今回は偶然だ。さすがのワタシも、シャルエルを相手にしつつ君を助けられる自信はない。しかし、今ので君の経験値はまた一つ積み重なった。ならば、次は対処できるだろう?」
さも当然のように無理難題を突き付けるアルピナの態度に、クオンは何も言い返せない。しかし、かと言ってそれを否定していては決して勝てない相手である以上、彼女の言葉を信じて戦いを再開するしかないのだ。
「アルピナ公……卑怯っスよ、横槍っスか⁉」
「戦いに卑怯も何もないだろう? 仮に君がそれを不服と思うのなら、君もワタシに同じことをしてくればいい。ワタシは君達二柱を同時に相手取ることも厭わない」
さぁかかってこい、とばかりにアルピナはシャルエルを相手取りつつリリナエルを挑発する。アルピナにとって、一対二で戦うことは誰かを守りながら戦うことより遥かに容易い。故に、彼女は本心と好奇心から彼女を挑発していた。
それを受けて、リリナエルは瞬間的に我を忘れかけるほどの憤懣に支配される。聖剣を握る手に力がこもり、眉間に皺を寄せて青筋を立てる。吐く息が荒々しく変容し、その瞬間まで剣を交えていた敵にすら油断と隙を曝け出していた。
「まて、リリナエル‼ お前はその人間の相手に専念しろ」
リリナエルの踏み出す足は、シャルエルの一喝で止まる。素直故か、或いは恐怖由来か。そのどちらによるものかはこの際重要ではない。ただ一つ確実に言えることは、リリナエルの暴走が未然に防がれたということ。油断と怒りが生む最大のスキを埋められ、アルピナは僅かに舌打ちを零す。
「……承知っス、シャルエル様」
「チッ。命拾いしたな、リリナエル」
余計なお世話っス、とリリナエルは反論しつつ改めてクオンに向き直る。その相好は完全に冷静さを取り戻しており、油断もスキも慢心も怒りも元からなかったかのように晴れやかなものだった。それは、却ってクオンに警戒と不安心を与える。
改めて実感する天使という存在の強大さと自身の種族故の矮小さに微かな劣等感を感じながらも、それと同時にある種の感心すら覚えてしまう。
これまでの天使と明らかに違う......。これまでは人間相手故の油断と無知故の混乱が入り混じっていたが、今回はその欠片も感じないな。
さて、とクオンは遺剣を再度構える。それに応える様にリリナエルもまた聖剣を構え、両者の間には一分の隙もない静謐な領域が完成していた。その様子を横目で眺めつつ、アルピナは微笑を浮かべる。果敢に襲い掛かるシャルエルを遇らいつつ、しかし僅かに力を込めて彼を払い除けていた。
「お互い苦労している様だな、シャルエル」
「お前は苦労をかけている側だろ、アルピナ?」
同情に口撃で返すシャルエルの態度に、アルピナは無意識に顔を顰める。その負の感情は微かな苛立ちとなって手に宿す魔力を増強させた。
「まさか。ワタシがそれほど他者に迷惑を振り撒いているように見えているとしたら心外だ」
「フッ。相変らずだな、お前は。スクーデリアの困り顔が脳裏に浮かぶ。いや、コイツだけじゃねぇか。クィクィもお前には随分振り回されたとか言ってたなぁ」
豪胆に笑いつつ、シャルエルは顔なじみの悪魔の姿を思い描く。彼らの当時の態度を懐かしむように、アルピナを嘲笑する。しかし、当の本人はそんな挑発に一切臆することも苛立つこともなかった。それがさも当然であるかのように受け流すと、腰に手を当てて笑う。
「くだらない話だ。確かに、あの子達がそれをどう受け止めているのかは定かではない。しかし、だからと言って何故ワタシが遠慮する必要がある。ワタシにはワタシの道があり、あの子達にはあの子達の生きる道がある。互いが相互に影響しあって当然だろう? 寧ろ、君達天使のように階級ごとの絶対的な上下関係に束縛される組織構造の方が息が詰まる。それでは下の階級が成長する可能性が断たれるからな」
「やはり、天使と悪魔は相成れないものだな」
「そうだな」
いや、とアルピナは有声の肯定とは裏腹に無声の否定を心中で零す。
たった一つの例外があるか。尤も、あれを相成れる成功例と捉えてもよいかは甚だ疑問が残るが……。いずれにせよ、それはシャルエルも含めて周知の事実。今更どうこうする気はないが、或いはそれが今回の要因か?
やれやれ、とアルピナは苦笑を零す。そして、再び意識を戦闘へと挿げ替えるとシャルエルを睥睨する。猫のように大きな金色の魔眼が殺気とともに魔力を放ち、シャルエルが放つ聖力と鬩ぎ合う。その余波は空気中に漂う微小な物質を刺激し、発生する微小な振動が室温を上昇させる。汗が滲む様な異様な室温は、しかし汗腺を持たない神の子には何ら影響を及ぼさない。ただ無駄にクオンだけがその影響を被っているのだが、それは彼女の知る由もないこと。彼女は眼前の戦いに狂気と歓喜を浮かべていた。
「さて、続きを始めようか」
大胆不敵な笑みを浮かべるアルピナ。それに応える様にシャルエルは聖剣を構え、同じく笑みを浮かべる。
同心円状に足を進めつつ一定の間合いで来るべき時を待つアルピナとシャルエル。そして、その時が来たときに両者は同時に動き出す。一切のズレなく突撃し、それにより生まれる新たな衝突の勢いは、これまでクオンが見てきたどの衝撃よりも激しく、かつてのラス・シャムラの戦いを思い出す程に死が身近に感じられるものだった。
「ったく……相変わらず化け物みたいな力だな。……いや、俺から見れば天使も悪魔も総じて正真正銘の化け物みたいなものか?」
「酷いっスね。ウチらは別に化け物じゃないっスよ」
ムッとした相好を浮かべてリリナエルはクオンに迫る。憤慨して物申す態度は、反抗期に差し掛かった少女のように儚く可憐。しかし、背中に背負う一対の翼がそれを正面から否定する。焔のように輝く瞳で威嚇しつつ、両者は再び激突する。
次回、第43話は11/9 21:00公開予定です




