第418話:魔王と枢機卿
一方、そうしてアルピナとエフェメラが天使シャフリエルと邂逅している頃、スクーデリアもまた人間達と共に敷地内を捜索していた。
彼女が行動を共にしているのは、天巫女兼四騎士エフェメラ・イラーフの副官にして国境の主席枢機卿を務めるエール・デイブレイク。橡色の髪と瞳を持ち、その知的で冷静な性格をその儘表出したかのような風貌は、実に素晴らしい。為政者にして聖職者であるという事実がこれ程迄に相応しいのはそういないだろう、と誰もが口をそろえてしまう程のもの。
尚、そんな彼女の直ぐ傍に並び歩く魔王スクーデリアもまた、最上流階級の大貴族家の令嬢の如き気品を漂わせており、鈍色の長髪を優雅に戦がせている。金色の瞳は凡ゆるものを見透かす不閉の魔眼として輝いており、彼女本来の色を失って久しいものの、しかし彼女を彼女足らしめる固有の存在として君臨していた。
そんな狼の様な妖艶さと氷の女王の如き冷静さを持つスクーデリアの瞳だが、しかしそれは決してすぐ横に立つエールの事を信用していな以下の様な冷たいものだった。或いは、軽蔑しているとでも言った方が良いかも知れない。それ程迄の視線だった。
尤も、スクーデリアはクィクィ程他者に入れ込む性格ではない。とはいえ、アルピナ程孤高の存在ではない。その上、ヒトの子に対しての差別的思考も持ち合わせていない。その為、エールに対して何らかの侮辱的思考を有している訳では無かった。
それでも、如何しても彼女にはエールの事が信用ならなかった。それは、アルピナがエフェメラの事を信用していないのと同じであり、聖職者としての振る舞いの背後に目論むもう一つの顔を知っているが故のもの。アルピナと異なりこの聖力の障壁下でも魔眼が多少は使えるからこそ、その事実が余計に強く情報として魂に流れ込んでくるのだ。
「随分と軽快されている様ですが、その瞳には一体何が見えておられるのですか?」
首を傾げ、エールはスクーデリアに問い掛ける。穏やかで、冷静で、知的で、聖職者として本来あるべき立ち振る舞いをその儘具現化させたかのようなその出で立ちは、本来であれば非常に頼りになるもの。実際、彼女の背後に付き従う一般聖職者達は、そんな彼女の背中に心酔している様子。階級に由来する上下関係以上に絶対的なそれは、見ていて惚れ惚れする程の人望だった。
だが、そんな姿を目の当たりにしても、スクーデリアの相好が明るくなる事は無い。冷静で、無感情で、それでいて何処か妖艶で、しかし決して媚び諂いの欠片も窺えない分厚い隔たりを覗かせる彼女は、そんなエールに対してやや辛辣に言葉を返す。
それは、彼女は普段やアルピナやクィクィやヴェネーノやワインボルトやその他悪魔に対して向ける眼差しでは無く、それ処かクオンに対して向けるそれとも非常に程遠いもの。それこそ、人間が同じ人間の中でも罪を背負った人間に対して向ける眼差しに近いと言っても決して過言では無いだろう。
「さぁ、貴女の知った事では無いわ」
だからこそ、その口調と声色は非常に辛辣。悪魔である彼女が実に悪魔らしいと感じる一幕であり、普段の貴族令嬢然とした態度振る舞いからは想像出来無い程。尤も、人間社会に於いて彼女は悪魔ではなく魔王であり、恐怖の象徴としての立場に塗れている事から、そこに全く以ておかしい所は存在しないのだが。
だが、だからこそ、その冷徹さと辛辣はより一層の恐怖として彼女の周囲に満ちる。人間社会を恐怖のどん底に突き落とした人類文明最大の敵である魔王が魔王として君臨している所以を眼前で見せつけられ、力を持たない只の聖職者達はその姿を前に唯恐怖する事しか出来無かった。
「あら、随分と辛辣ですね。それとも、それこそが魔王と呼ばれる所以かしら?」
しかし、それに負けじとエールもまた冷静に反論する。だが、それは、宛ら子供の喧嘩染みた意地の張り合いでしか無い。それでも、彼女らにとっては本気であり、決して子供だましなお遊びではないのだ。
それを示す様に、彼女らを取り巻く空気が一変する。浮浪者が巣食う廃墟である以上必然的にその場の空気はドンヨリとしているのだが、それが嵐の前の静けさへと豹変したのだ。
今にも落ちて来そうな空が静かに彼女らを見下ろし、何時何が起きても可笑しくな緊張感を吹き降ろす。昼間だというのにまるでそうは感じられない冷たさが大地を疾走し、その場に居合わせる誰もが恐怖に身を強張らせる。
その儘、無言の時が流れる。心臓の拍動だけが其々の耳に齎され、それ以外は耳に五月蠅い程の静けさだけがその場を支配していた。風も無く、喧騒も無く、まるで彼女らの次の一手を待ち望んでいるかの様に、一切合切が傍観者としてそれを見守っていた。
スクーデリアの不閉の魔眼が静かに輝く。それは、凡ゆる神の子の中で最も優れた瞳であり、同時に神に尤も近い瞳。決してぶれる事無く一心にエールを見つめ、その魂の奥底全てに至る迄の一切合切を詳らかにしてやろうという眼光が、彼女の魂を穿つのだった。
次回、第419話は12/14公開予定です。




