第410話:無言の睨み合い
また、そんな彼彼女らの御髪はというと、其々各個体が魂に宿す個体色と同色に染められている。それは非常に色彩豊かであり、二つとして同色の者は存在していない様子。勿論、色には限りがあるのに対して神の子の数はその気になれば際限無く増えるのだから何時か何処かしらで必ず被る事はある——バルエルとヴェネーノが栗色で共通しているのが良い例——のだが、しかし今回に関してはそんな事は無かった。尤も、各個体を識別する上で最も大切なのは各魂に宿る各個体の根幹を成す聖力乃至魔力並びに龍脈である為、色自体に対した意味は存在しないのだが。
それでも、こうして魔眼が正常に作用しない今、アルピナとしてはそんな色が個体を識別する上で非常に頼りになる要素だった。とはいえ、見れば彼彼女らが天使である事は一目瞭然な為、その上で事細かに個体を識別する事に何の意味があるのか、と言われたらそれに答えられるだけの意味は持ち合わせていなかったりする。アルピナにとって天使とはセツナエルかそれ以外の二極化した存在へと成ってしまっており、立場上各個体を識別する必要があるからこそそれを覚えているのであり、そうでも無ければ別にそれを気にする必要など更々存在しないのだ。
一方、それに対して、本来ならそんな御髪と同色になる筈の彼彼女らの瞳は、日輪より鮮やかな金色に輝いていた。それは即ち、彼彼女らが総じて天使特有の瞳である聖眼を発露しているという事。言い換えれば、この状況下に於いて、アルピナと異なり瞳が正常に機能しているという事でもあるのだ。
いや、こうして魔眼が機能しないのは偏に聖力の障壁によるものである為、魔眼と異なり聖眼が正常に機能するのはある意味当然の事なのだ。寧ろ、これで逆に聖眼が役目を果たしていなかったら、それは同族内での対立になってしまう。
それに、こうして奇襲を受けたという事は、アルピナ側から天使が見えていないにも関わらず天使側からアルピナが見えているという事の何よりもの証左である。その為、こうして彼彼女らが聖眼を当然の様に使用している事は初めから織り込み済みだった。
故に、アルピナはそんな天使達に対して取り分け不平不満の感情を抱く事無く睥睨する。冷徹な相好を絶えず湛え、何時も通りの傲慢さをひけらかしつつ、悪魔公らしい態度振る舞いを天使達に見せつけている。如何なる神の子であろうとも基本的には反逆不可能な圧倒的上位者としての威厳をこれでもかと前面に押し出したそれは、彼女を彼女足らしめる最大の武器であり、彼女を彼女足らしめる根源的要素でもあった。
だが、しかし、そんなアルピナの態度振る舞いに対して、基本的にどの天使達も恐怖を露わにしたり尻込みしたりする様子は見られない。
尚、神の子三種族間の相性差を完全に無視出来得る圧倒的上位者がこれ程迄に明確な敵対意思を見せつけていてもこれだけ平常心を確保出来るのは流石としか言いようがない気もするが、しかし実際の所はそれ程驚くべき事ではない。
というのも、アルピナは確かに圧倒的上位者として神の子の最上位格に長年君臨しているが、寧ろだからこそ、誰からも良く知られた存在へとなってしまっている。その為、どれだけ威厳や恐怖を前面に押し出して威圧しようとも、それによって齎される恐怖や絶望を上回るだけの慣れが存在してしまっているのだ。
だからこそ、そんなアルピナに対して白地に恐怖を抱いているのは、彼女が凡ゆる世界を放浪していた直近10,000年の間に生命の樹から産み落とされた新生天使達だけだった。アルピナを知らない、という無知故の純粋な恐怖が、神の子三種族間の相性差を超越した恐怖を齎していたのだ。
だが、それでも、彼彼女らは決して逃走という手段を取る事は無かった。持ち得る全ての理性を動員する事でその場に留まり、アルピナを眼前に捉えて尚戦闘行為に対する意欲を湧出させていた。
しかし、その姿は非常に弱々しい。あの傍若無人で同族や特定の友人以外に対する情を殆ど持ち合わせていない様なアルピナをしても思わず躊躇ってしまう程のもの。
或いは、自身ら悪魔が数不足により色々と苦労しているからこそ、徒に天使の数を減らすという行為に対して抑制が掛かっているのかも知れない。口では天使の事を如何でも良いと吐き捨ててい乍らも、本心として同じ神の子として、或いはヒトの子の魂を管理する同業者として、とても無視出来兼ねる存在だと見做しているのかも知れない。
だが、アルピナ自身はそんな事を自覚している様子は無い。彼女としては彼女自身の感情の赴く儘にそれを為しているだけであり、そんな背景事情には取り分けて注意関心を向けている積もりは何処にも無かった。
それでもそうしてしまうのは、偏に悪魔公としての宿命というか職務というべきか、或いは彼女の個体的事情によるものなのか? その何方なのかは定かでは無いが、旧時代の神の子にとっては常識であり新時代の神の子にとっては驚くべき事実によって、無意識的に考えてしまうのかも知れない。
そんな背景事情は兎も角として、相も変わらずアルピナと天使達は互いに見つめ合う。或いは睨み合う。一触触発といっても決して過言では無いと言い切れる殺伐した空気が両者の間に渦巻き、今にも爆発しそうな爆弾の様に、その魂を刺激し合っていた。
次回、第411話は12/4公開予定です。




