表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ALPINA: The Promise of Twilight  作者: 小深田 とわ
第1章:Descendants of The Imperial Dragon
41/511

第41話:決戦

「漸く来たか、アルピナ」


 しかし、彼女の魔法はどこからか届く声によって遮られる。かつて何度も聞き、つい先日も聞いた声。今回の一件にも深く関係し、天使としての能力を最大限行使して行く手を阻む妨害者。

 クオンとアルピナは魔眼でその声の主の位置を探り、その方角を振り向く。


「シャルエルか」


 改めて見ると凄い覇気だな。これまでの天使とは比べ物にならない……。


 カルス・アムラの森、そしてカルス・アムラ古砦。両手では数え足りないほどの戦闘を繰り返し、クオンはそれなりの強化を果たした。それは、客観的な事実のみならず主観的な感覚としても同様である。故に、クオンは慢心こそしていないがそれなりの自信を得たつもりではいた。しかし、それでもこの場においてはそれが全て覆される。短時間ながらも着実に積み上げてきたはずの経験値が、積木のように崩れ去る音が聞こえてきそうだった。それほどまでに、眼前の天使は強大だった。額に浮かぶ冷汗がその危険性と恐怖心を増大させ、刻まれる心臓の鼓動が加速する。浅い呼吸が酸素を不足させ、乾いた口唇が打ち上げられた魚のように開閉する。

 しかし、恐怖を抱くということは即ち相手の力量を推し量れているということ。無知故の無警戒ほどの醜態はない以上、その点においては僅かばかりの安堵を覚える。無鉄砲な突撃をするほど無能になった覚えはないが、それでもその可能性を潰せたことの功績は大きいだろう。


「漸く来たか、アルピナ。随分遅い到着だったな」


「なかなかに豪勢な歓迎会があったものでな。それにしても、君にしては随分手の込んだマネをする。君と言えばもっと直情的な戦闘法を好むはずだろう?」


 腰に手を当てて溜息を零すアルピナは、わざとらしくシャルエルを称賛する。しかし、そこに一切の尊敬の念は含まれていない。あるのはただ只管な挑発。無感情なそれは決して悪気があるのではなく、彼女の好奇心に由来する。


「ああ、我ながらよくこれだけの事を出来たと思ってるさ。だが、これも全ては我が君の命令。たとえらしくないと言われようが、この場においては忠義がそれに勝るだけだ」


「あんなのに忠義を尽くす君も随分な物好きだ」


「お前に言えたことではないだろ?」


 まったくだな、とアルピナは笑う。その瞳は真っ直ぐシャルエルを見据え、片時の油断も慢心も見えない。猛烈な殺意と悪魔の覇気が嵐のように渦巻き、彼が放つ聖力を打ち消す。


「ところで、本当に君達は私と戦うつもりか? 古来より、ただの一度でも私に敵う時はなかっただろう?」


 やれやれ、とばかりに呆れるアルピナに対してシャルエルとリリナエルは同時に不満の相好を浮かべる。それは、もはや怒りにも似たもの。しかしそれでも冷静さは失っておらず、あくまでも冷静さを保ったまま反論の言葉を並べる。


「我が君の御言葉は全てにおいて優先されるもの。例え欠片ばかりの勝利すら見通せなくても通すべき忠義は存在するからな」


「ウチも同じっスね。ってか、アルピナ公なら下手な天使よりよっぽど詳しいんじゃないっスか?」


 さあな、とアルピナは苦笑する。その瞳は物寂しく、どこか後悔の色が薄ら透けている様。クオンはその奇妙な心情の表出に疑問符を浮かべるが、それもまた場の雰囲気に押し流されて忘却の彼方へと漂流した。


「ずいぶん昔の話だ。今となってはそれがどこまで通用するかわかったものではない。違うか?」


 アルピナの手に彼女の魔力が集約される。高濃度のそれは具現化し、肉眼で容易に認識できる殺気となって空気を振動させる。まるで部屋全体が揺れているかのような錯覚を身体全体で味わい、敵味方問わず誰もが瞳を警戒の色に描き換える。それに呼応するように、シャルエルとリリナエルは聖剣を具現化させる。クオンもまた同様に、遺剣を握りしめて悪魔と龍の力を解放する。


「さあ、始めようか」


 四者は同時に床を蹴る。その衝撃は聖力乃至魔力となって室内を跳ねまわり、不可視の弾丸となって相手を傷つける。それほどまでの殺気と覚悟が重なった戦闘。クオンは己の疎外感を存分に叩きつけられている様だった。


「シャルエル、残念だが君の相手はワタシだ」


「チッ、流石に楽はさせてくれねェか」


 忌々し気に舌打ちを零すシャルエルだが、その表情はどこか喜びが綯交されているようだった。濁りのない瞳は、戦士としての覚悟と力量を最大限発揮しつつ天使としての矜持を誇らしげに内包していた。


「臆するな、クオン。リリナエルなら君でも十分対応できるだろう」


「ったく、乱暴だなアルピナはッ‼」


 不満を力に変換してリリナエルと鍔迫り合うクオン。琥珀色の瞳は金色に染まり、全身から滲出する魔力が遺剣から放たれる龍脈と綯交される。それにより、彼が持つ純粋な力は天文学的に飛躍する。純粋な神の子であるリリナエルと対等に渡り合う力を得たクオンは、それでも決して慢心することなく彼女の瞳を見据える。


「ふーん、なかなかやるっスね。流石はアルピナ公が認めた存在だけのことはあるってことっスか?」


「さあな、アイツがなんで俺なんかに興味を見せているのかは俺自身把握していない。だが、アイツが認めるだけの力が俺にはあるというのは紛れもない事実。アイツが俺を認める限り、俺はその先へ進める」


 リリナエルの聖剣とクオンの遺剣が激しく衝突する。その衝撃は眩い閃光となって部屋に満ち、荒れ狂う息遣いがその覚悟を物語る。クオンのこれまでの平穏な人生では到底到達することができないような、狂気とも勇気ともつかない特別な感情が魂を彩る。


 まさか、こんなに強いとは思わなかったっスね……。でも、まだまだウチには敵わないっスよッ‼


〈風刃聖昇斬〉


 深く沈み込んだリリナエルは、これまでより更に加速する。それはクオンの予想より速く、想定より鋭い一撃。反射的にその技の危険性と暴力性を察知したクオンは、表情筋を強張らせる。


 喰らったらマズいッ‼


 本能の赴くままに、クオンは防御態勢を取る。彼女の聖剣を受け止めようと構える遺剣は、しかし遅すぎた。或いは、彼女があまりにも速すぎたのかもしれない。例えどれだけ強大な力を得ようとも、クオンの身体はどこにでもいる普通の人間と何ら差異はない。つまり、運動学的な限界というのは神の子に大きく劣るのが摂理。どれだけ理論値に近い動きを実現したところで、決して届かない領域というのが存在するのだ。


 受けきれない……ッ‼


 恐怖と懺悔の念が渦巻き、冷汗が頬を伝って地を濡らした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ