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ALPINA: The Promise of Twilight  作者: 小深田 とわ
第4章:Inquisitores Haereticae Pravitatis
402/511

第402話:Torture

 積み重なる拷問の数々に対して、クオンは苦痛と共に顔を顰める。尚、その手法は実に様々。幸いにして衣服剥奪による人間性や名誉の毀損こそされなかったものの、しかし肉体的な拷問に関しては一切の遠慮も無く行われた。

 吊るし上げられ、四肢を砕かれ、身体を引き伸ばされ、爪を剝がされ、鞭で打たれ、火で炙られ……。龍魂の欠片及び遺剣の在りかを吐き出させ、その儘強奪する事を目的としたそれは、よく言えば一般的であり悪く言えば古典的な手法の数々。肉体的にも精神的にも苦痛を生ませ、素直に吐き出せばそこから抜け出して楽になれると思わせる事で、必要な情報を半ば強制的に放出させようとするものだった。

 しかも、これ迄魔力と龍脈を絶えず身体を循環させ続けてきた事もあって、クオンの肉体はそれに耐えられる様に強靭に作り替えられつつあった。その為、多少の拷問如きでは通常の人間達の様に心身へ異常を及ぼす事は無く、だからこそ余計に持続的な苦痛として彼の心身を苛み続ける羽目になっていた。

 加えて、そんなクオンに対する最終拷問ケスティヨン・ディフィニティーフ及び追加拷問ケスティヨン・エクストラオルディナールは、ワインボルトに対しての予備拷問ケスティヨン・プレパラトワールも兼ねられていた。それは眼前でそんな光景を見せつける事で恐怖を引き起こす事により精神的な苦痛を高めるものであり、実際に自身がそれを受ける際の苦痛を寄り効果的なものへと変質させてくれる。憖、ワインボルトは純粋な悪魔としてクオン以上に頑丈な心身を持ち合わせている事もあって、その必要性は尚の事高かった。

 尚、ワインボルトがラムエルに囚われたのは数千年前。それから今迄の間、一度もこんな拷問を受けた事が無いかと言われたら、断じてそういう訳では無い。実にこの数千年の間、たった一柱でこの苦痛に耐え続けており、だからこそその強靭な精神力は覆しようの無い事実としてラムエルの思考に刻み込まれていた。

 だからこそ、折角新たな玩具が手に入ったのだから、これを有効活用しない訳にはいかなかった。これ迄一度たりとも崩せなかったワインボルトの精神を打ち砕く為の道具として、クオンの心身はもってこいの材料だったのだ。

 尤も、クオン自身にそんな事を知る余地は残されていない。彼にとってこの拷問は自身が持っている龍魂の欠片と遺剣を奪う為の手段でしかなく、言い換えれば最後迄守り切れば彼の勝ちという勝敗条件が明確なゲームでしかなかった。

 だからこそ、クオンはどれだけ辛く痛く苦しくても、その拷問に耐え続ける。途中、ラムエル一柱では物足りなくなったのか追加の天使達が参戦するが、それすらも耐え、龍魂の欠片と遺剣を保持し続けるのだった。

 一体、何が彼を此処迄突き動かすのか? さっさと龍魂の欠片と遺剣を手放してしまえば、今直ぐにでも楽になるかも知れないのに。

 だがしかし、拷問に耐え続けるクオンの思考回路には、諦めるという言葉は存在していなかった。確かに、素直に差し出せば身も心も解放されるかも知れない。勿論、慈悲としての死を贈られる可能性の方が高いだろうが、しかし苦痛から逃れられるという点では正しいだろう。

 それでも、その程度の餌でクオンを釣る事は不可能であった。切っ掛けこそ契約による事務的な繋がりしか無かったとは雖も、今やクオンとアルピナ達との間には非常に強力な紐帯が繋げられていた。それこそ、同じ人間同士で結ばれるそれ以上に太く強靭な紐帯がしっかりと結び付けられていた。

 だからこそ、そんなアルピナ達を裏切る様なマネを、クオンは選択する事が出来無かったのだ。仮令肉体が滅びようとも、それ以上にアルピナ達との関係性の方がよっぽど大切だったのだ。

 尚、これにはアルピナ達と其々交わした契約の力が込められているのかも知れない。時間を対価に差し出す事で力を与えられたクオンにとって、彼女らの許可無しに自分の時間に終止符を打つ=死ぬ事は許されなかったのかも知れない。仮令クオン自身がそれを認識していなくても、深層心理に作用する事で無意識の内に死を拒絶しているのかも知れない。

 また、それ以外にも何か特別な力が作用しているのかも知れない。それこそ、クオンの深層心理よりも更に奥深い、魂そのものの深奥に鎮座している秘密が、死を拒絶すると共にアルピナ達の意に背く行動を取らせない様にしているのかも知れない。

 しかし、それを知っている者は非常に数少ない。それこそ、クオンや龍人を含む全てのヒトの子は当然の事として、神の子でさえも、その事実に気付く者はそういないだろう。天使ではセツナエル、悪魔ではアルピナを始めとする極一部、龍ではログホーツを始めとする極一部。そんな極一部の者だけが、それを知る事を許されていたのだ。

 その為、今この場に於いてその事実を知っている者は、大戦を生き延びた悪魔であるワインボルトしかいない。彼より圧倒的に長生きであり神の子という永劫の時を生きる特異な種族の中でも神話級に古いラムエルでさえ知らないのだ。

 尤も、それはラムエルが悪いのではなく。アルピナを始めとした当事者達が意図的に情報を統制している為に過ぎない。だからこそ、クオンもそれを知らないのであり、それは決して悪い事ではない。なんなら、それを紐解く為の鍵こそが龍魂の欠片であり、間も無くそれは紐解かれようとしているのだ。

 それは兎も角として、そういう訳があるからこそ、クオンは今も尚必死になってラムエルからの拷問に耐え続けている。一つ一つの肉体的苦痛はこれ迄の天使対悪魔の抗争を思えば決して耐えられない程のものではなかったが、一切の抵抗も出来ずに為す術も無く恣にされるという現実が必要以上に苦痛を強くしていたのだった。

 だが、それでも、クオンは必死になってそれを耐え続けている。アルピナ達なら何時か必ず助けに来てくれるだろう、と信じる事で理性を保ち、或いは能動的にこの状況を切り抜けられないかを心中で試行錯誤するのだった。

 そして、そんなクオンの意思を汲み取ったのか、或いは単純に状況を共有する仲間が出来た為なのか、ワインボルトもまた己の心中に希望の灯火を仄かに輝かせる。何時迄も只甚振られ続けるのではなく、圧倒的格上天使を相手に如何にか出し抜いてやろうという気概を静かに昂らせるのだった。

 その後も、そんな覚悟とやる気を胸に、クオンとワインボルトはラムエル達から浴びせられる拷問を耐え続ける。数分から数十分、そして数時間と時間が経過しようとも、一度たりとも弱音を吐く事も無ければ挫ける事も無く、常に心を熱く燃え盛らせるのだった。


「ラムエル様」


 そんな時、他の天使達と一緒になってクオン達に拷問を浴びせていた天使の内の一柱が、何かに気付いたかの様に、ラムエルに声を掛ける。手を止め、ラムエルの方へ視線を動かし、その相好は快楽から警戒へと移り変わる。金色の聖眼を輝かせ、その視線はこの施設全体を隈無く観察する様に忙しなく動き続けていた。


「えぇ、気付いているわ。まったく、思ったより早かったわね」


 やれやれ、とばかりにため息を零すラムエルは、驚愕とも呆れとも付かない溜息を零す。

 だが、そんな彼女達に対して、果たして何が起きているのか、クオンとワインボルトには分からなかった。天使達の聖眼と異なり、彼らの魔眼乃至龍魔眼は、この敷地全体に張り巡らされた聖力の障壁によって真面な機能を果たしていなかったのだ。

 だからこそ、彼女らの動向から、彼女らにとって余り喜ばしくない事が起こったのだろうという事と、それが予想の範囲内でありつつも想定よりずっと早かった事だけを辛うじて読み取る事しか出来無かった。或いは、若しかしたらアルピナ達かも、という淡い期待を抱きつつも、しかし過度な期待は外れた時の落胆が大きいから、という事もあって余り深く考えない様にするのだった。

次回、第403話は11/22公開予定です。

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