第401話:魔王と天巫女③
「面白い。では、その言葉に甘えて君達と手を結ぶとしよう」
ニヤリ、と冷酷に笑うアルピナの金色の魔眼は冷たく輝き、言葉の背後に潜む悪戯色の本性を暗に示す。それは、悪魔である彼女を悪魔足らしめるには十分過ぎる程のものであり、或いは人間的視座で言い換えれば実に魔王らしい態度振る舞いだった。
だからこそ、一時的とはいえ協力体制を結べた、という本来なら安堵乃至歓喜すべき事態を前にしても、人間達の顔色は何処か悪い儘だった。誰も彼もが揃って警戒と不安に支配された相好を携え、味方になった事実よりも懐近くに迄接近されたという事実の方をより強く感じていた。
そんな中でも、しかしエフェメラとエールだけは相変わらずの穏やかさでアルピナの瞳を静かに見つめ返している。
まるでアルピナの事を人畜無害な一般人であるかと見做しているかの如きその態度振る舞いは、或いはアルピナの正体を知っているからなのだろうか? それとも、それ以外にも何か深い事情があってアルピナの事を脅威と見做す必要が無い為だろうか?
だがそれは、この場に居合わせている彼女らにしか分からない。入念に包み隠された彼女の本心は、未だ曝け出す時では無かったのだ。もう間も無く訪れるであろうその時を待ち焦がれる様に、人間と魔王は静かに見つめ合っていた。
「ふふっ、此方こそ、宜しくお願い致しますね」
エフェメラとアルピナ。其々の種族を代表する様に、両者は静かに言葉を交わす。だがしかし、決して握手を交わす様な事は無かった。瞳と瞳を交わらせ、言葉とは裏腹の敵対心と警戒心を隠そうともせず、彼女らはワザとらしい信頼の感情をその言葉に乗せる。
一方、そんな彼女らの行動を一歩離れた所から見守るスクーデリア達はというと、彼女らもまたエフェメラやエール、アルピナと変わらない雰囲気の眼差しを携えて、その光景を見守っていた。其々色鮮やかに瞳を輝かせ、それと同色の髪を静かに靡かせ、警戒心と冷徹感の背後から優雅で上位種族らしい余裕を醸し出すのだった。
果たして、彼女達の本心は何処にあるのか? アルピナやエフェメラ、エールと言った会話の当事者達と同じ様な事を考えているのだろうか? それとも、彼女らの勝手気儘な取り決めに対して他の人間達と同じ様に振り回されているだけなのだろうか?
恐らく、その答えは前者だろう。
では、とエフェメラはそんな空気を吹き飛ばす様に会話の流れを切り替える。
「早速ですが、始めるとしましょうか。無駄話に華を咲かせるのも相互理解の観点からすれば悪くないでしょうが、それをする必要も今はありませんので」
そう言うと、エフェメラは先陣を切る様にして眼前の古い建造物の敷地内へ足を踏み入れようとする。尚、立場や実力を勘案すれば間違い無く後衛に立つべき人材の筈だが、しかし不思議と違和感は無かった。まるでそれが当然であるかの様に誰も彼もがそれを受け入れ、アルピナ達もまた同様にそれを受け入れていた。
そんな中、アルピナは少し足早に前へ出ると、エフェメラと肩を並べる様にして歩調を合わせる。そんな彼女らの後ろ姿は非常に様になっており、聖職者と魔王という相反する立場も相まって美しさすら感じられる。何より、背丈や体格、外見年齢がそれなりに似通っているという事もあり、まるで血の繋がった姉妹かの様な雰囲気すら感じてしまう始末だった。
そして、そんな彼女らから数補佐型所をエールとスクーデリア、クィクィ、ヴェネーノが其々追従し、その更に後ろを他の兵士が追従していた。そんな彼彼女らの態度振る舞いは其々各個体によって様々であり、或いはその本質的な立場や地位品格に準じている様でもあった。何れにせよ共通するのは、この奇妙で歪な即興の協力関係であり乍ら、しかしそれは不思議と違和感無い一体感を形成していた。
そしてその儘、人間と魔王の連合軍は、共通の目的地であるその敷地内へ乗り込んでいく。果たしてそこに何が待ち受けているのか、一体誰が待ち受けているのか、抑如何いう目的でこの手段を取る事に成ったのか。それら全てを把握した上で、しかし敢えて何も知らない振りをし乍ら、敵の敵は味方であるというと倒錯的な信頼を相互に抱き合うのだった。
*** ***
一方同刻、エフェメラ達とアルピナ達による連合軍がサバト内の古い施設に乗り込もうとしている頃。その施設の地下奥深くでは、智天使級天使ラムエルが大きな溜息を零していた。二対四枚の翼をゆっくりと羽ばたかせ、金色の聖眼を疲れた様に淡く輝かせ乍ら、彼女は自身の衣服を赤褐色に濡らしていた。
彼女の眼前でその身を拘束されているのは二人の男。一見すれば何方の只の人間にしか見えないが、しかしその正体は何方も純粋な人間とは言い難い存在。一方は純粋な悪魔ワインボルト。もう一方は本質的な人間であるものの今や悪魔と契約を結びつつ龍の力を身に宿す様になった結果、最早人間とは言い難い何かへと変貌しているクオン・アルフェイン。
何方も実力はそれ相応にある筈だが、今やそれは見る影もない。身も心もボロボロに打ち砕かれ、暁闇色の鎖に四肢を拘束された儘、眼前の天使に成す術も無く甚振られ続けていた。
尤も、それは仕方無い事なのかも知れない。というのも、抑として神の子は三竦みの関係にある。天使は悪魔に強く、悪魔は龍に強く、龍は天使に強い。それは年齢に伴う実力差が広がる程顕著になり、或いは絶対的な壁として立ち塞がる。
実際、たかが人間でしかない上に契約に伴う借り物の力しか持ち合わせていないクオンは当然として、純粋な悪魔であるワインボルトだってたかが10,000,000年程度しか生きていないのだ。
それに対して、ラムエルが生まれたのは今から数十億年前。それこそ、ギリギリ草創の108柱に含まれていない程度には古い神の子なのだ。それこそクィクィよりも遥かに年上であり、言ってしまえば、アルピナやスクーデリアの方が年が近い迄ある。
その為、ワインボルトとクオンがどれだけ必死になって抵抗しようとも、ラムエル一柱相手ですら如何しようも無く遇われるだけになってしまうのが関の山。
尚、ラムエルに比較的年齢と実力が近い天使としては、クオンがこれ迄戦ってきた他の智天使級天使でならシャルエル、ルシエル、バルエルが挙げられる。しかし、彼らと戦った時はそうでも無かったと言いたくもあるかも知れない。だが、実際、彼らと戦った時だってそんな危険性とは常に隣り合わせだった。取り分けシャルエルと戦った時に至ってはクオンが実際に戦った場面は殆ど無かったし、ルシエルとバルエルに関してはあの二柱の本質が穏健派だったから救われただけだ。
対してラムエルは、シャルエル程過激な武闘派では無いものの決して穏健派と呼ぶ訳にはいかない程度には戦い好きであり、神の子の平均的な本能をその儘有していると言って過言では無い。
だからこそ、レインザードやベリーズでの攻防の様に多少なりとも渡り合える様な事も無く、完全に拘束されている事も相まって、成す術も無く甚振られる事しか出来無かったのだ。
その後も、ラムエルから二人に対する甚振りは継続される。或いは拷問と呼んだ方が良いかも知れない。昨今の人間社会に於いて密かに問題になっている一部の過激な宗教家による非信徒に対する拷問行為を彷彿とさせるそれは、正しく〝邪悪なる異端の審問者〟と自称する彼彼女らが挙って使用する手段と同一のものだった。
「クッ……」
次回、第402話は11/21公開予定です。




