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ALPINA: The Promise of Twilight  作者: 小深田 とわ
第1章:Descendants of The Imperial Dragon
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第40話:最奥部へ

 同族である人間同士で争う可能性が浮上することは、クオンにとって非常に重く心に圧し掛かる。例えそれが一切面識のない相手だとしても、やはり同じ人間同士で殺し合うことは人間としての基本的倫理観に反する行動。即ち、それらの狂気が実行されることはそれ相応の理由と心理的代償が伴うのだ。

 しかし、悪魔にとって人間とは他種族である。或いは、管理すべき下位存在と称しても何ら不都合はないと言える。それでも彼女がそれを面倒だとその可能性を唾棄するのは、偏に立場故にほかない。神の子というヒトの子を管理する立場にある以上、口では彼らを無碍にしても責務として彼らの生命活動を保障する必要に駆られる。彼女の与り知らない不穏な影が地界に跋扈している現状、余計なトラブルと悩みの種を増やしたくないのだ。

 天使は天使として、悪魔は悪魔としての行動原理と野望を持ち合わせているが、それが余計に両種族の確執となって固着しているのだった。

 10,000を超える年月の間に進められた新たな戦いの火種は、いまや彼女の想像を遥かに超えるウィルスとなって地界を蝕んでいた。

 それでも、クオンとアルピナは前を向く。もはや踵を返すには遅く、それぞれの願いと目的のためにも止まる訳にはいかないのだ。アルピナは同胞を救出して龍魂の欠片を集めるために、クオンは師匠の仇を討つために、利害の一致が生む協力と契約の関係に基づいて彼らは歩を進めるのだ。

 燭台の蝋燭が風に揺られて淡い灯を廊下に落とし、毛足の長い絨毯が足音を闇に隠す。高さが異なる肩を並べて歩くクオンとアルピナは、暫くの無音を過ごす。息が詰まりそうな閉塞感と、耳が痛くなるほどの静謐。気温に由来しない寒気がクオンの肌に刺さり、不安と恐怖に頬を撫でられて無意識な鳥肌を生む。手掌は汗で湿潤し、対極して口唇は乾燥する。種族としての絶対的な力を有し歴史を体験として知悉しているアルピナと異なり、クオンは知識も力も持たない。彼は、付け焼刃の力と有り合わせの目的意識で生まれた意志だけで突き進んでいる。それはいずれ強烈な反動となって我が身に降りかかるのではないかという不安になって燻り、無知故の理不尽な強敵との邂逅に悩ませる。


 さて、漸くだ。随分と魔力が減弱しているが、それでもスクーデリアは無事か。一体、何故アイツほどの存在が封印まで施されたのか……。それにしても、この先に待つのはシャルエルとリリナエル。背後に何が潜んでいるのかは大方予想がつくが、しかし、尚の事クオンを連れて来た甲斐はあったという事か? 10,000年の間に一体何があったのかは知らないが、それでも漸く朧気な形が掴めそうだ。


 どれほど歩いたのか。長い様で短く、単調故に錯覚ともそうでないともとれる道のりは二柱を退屈させる。徒に蓄積される心身の疲労は注意の持続を削ぎ落とし、無意識な気の緩みを生み出しかねない。それでも、漸く見えた廊下の終着点に二柱は安堵の息を吐く。


「……この先か。小さいけど魔力があるな」


「スクーデリアの魔力だ。恐らく何らかの封印措置が施されているのだろう。しかし、よくやったものだ。アイツを封印するのは並大抵の天使では不可能だからな」


 アルピナは、小さく笑いつつ敵である天使を称賛する。スクーデリアの実力を知識と経験で知悉しているからこそ、その成果に手放しの賞賛を送ることができた。それほどまでにスクーデリアの実力は高く、それを成し遂げた天使の功績は驚異的であるということ。クオンは無言で唾をのんで警戒の糸を張りつめる。

 さぁ行こう、とアルピナは突き当りの扉に手をかけてそれを押し開く。古く重い軋音が反響して、奥に潜む闇を解放した。それと同時に吹き荒ぶ強烈な聖力の嵐は二柱の魔眼を強制的に開放し、琥珀と深蒼の瞳がそれぞれ金色に染め替えられる。それによって齎される莫大な情報量は、生身の人間でしかないクオンの脳を焼き切らんばかりに暴流する。歪む柳眉と眉間に寄る皺がその苦悶を物語る。それでも、クオンは頭を振って苦痛を意識の外に追放する。そして改めて拳を握り締めると、金色の瞳を燦然と輝かせるのだった。

 そんな二人が踏み入れたそこは、真円の広大な空間。乏しい灯りでその正確な広さまでは把握しきれないが、それでも朧げな視界と反響する音からその広さはそれとなく認識できる。古砦の外観にそぐわないほどのそれは、悪魔の能力に由来するものだろうか? それを裏打ちする証拠は見つからないが、現実としてそうあることが却って超常の力を匂わせる。そして、壁面を彩る装飾や天井絵の存在や等間隔に並べられた飾り柱。さらに、部屋そのものの構造から何らかの儀式で用いられた部屋だったのだろう、とする推察は容易だ。

 そして何よりクオンとアルピナの注意を引き付けるのは、その中央に鎮座する巨大な結晶構造体。鈍色の淡い光を零すそれは、具現化した聖力の集合体にして聖法の秘術。内部には強大な魔力を封印し、予てよりの平和を彼方へ流す。

 アルピナは、微笑を浮かべつつそれに歩み寄る。高い靴音を室内に反響させ、固い服飾が闇に溶けて靡いた。


「アルピナ?」


 疑問の声で呼びかけるクオンを手で制しつつ、アルピナは無言で歩を進める。一歩また一歩と徐に進む足取りは、いつもの様な傲慢かつ快活な表情の裏に警戒と安堵の靴音を響かせていた。異様とも感じ取れる彼女の態度から、クオンはその結晶体の正体を読みとる。彼女がこれほどまでに異質な態度をとるとすれば、その答えは一つしかなかった。


 これが……この魔力の主がアルピナが探していた同胞か。


 鈍色の光の奥に浮かぶ身体を遠目に眺めつつクオンはどこか納得したような、しかしどこか安心感に類似した奇妙な感覚を覚える。まるで、竹馬の友と再会した童のような温もりが魂の何処かから湧き上がっている様だった。


「やあ、スクーデリア。10,000年振りか?」


 態度とは裏腹に明朗な口調で語り掛けるアルピナ。しかし、それに対してスクーデリアは無言を貫いた。そもそもその結晶体の仕組みが理解できない以上、クオンはそれが声を通す代物であるかを知らない。そんな彼を尻目に、アルピナは右手を伸ばしつつ言葉を紡ぐ。


「……やはり返事はないか。しかし、まさか、君ほどの存在がこうなるとはな」


 油断か、或いは必然か。まったく、こうして直截目にすると面倒事が増えたことを実感する。

 さて、とアルピナはその結晶体に手掌で触れる。温かくも無ければ冷たくもない。感じるのは己の体温のみ。しかし、純粋な聖力のみで構築された構造体は悪魔であるアルピナの手掌に灼熱感を齎す。ジリジリ、と焼け付く肌に舌打ちを零しつつも彼女はそれに触れ続ける。手掌を介して流れ込む結晶体の情報を整理しつつ、針穴に糸を通すようにその深奥に意識を向ける。そして、そこから紡ぎ出される魔法陣は結晶体を覆い隠すに展開され、朧気に放たれる光が部屋を照らした。

 彼女の魂から魔力が湧出し、部屋に溢出する。壁面に等間隔で飾られた燭台に灯された火が揺らめき、薄暗い部屋の全体が朧気に明かされる。

 その魔法はスクーデリアを封印から解き放つためのもの。聖力と相反する魔力を流し込んで強制的に封印聖法を無効化するその所業は、莫大な魔力を有する彼女だからこそ為せる力業。生半可な力では到底不可能なそれは、彼女が有する力の強大さとその封印術の堅牢さを並べ立てる。

 そして、アルピナは魔力を動力源として魔法陣を起動させようとする。金色の瞳が鋭利に輝き、高圧的な悪魔の相好が露呈する。

次回、第41話は11/7 21:00公開予定です

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