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ALPINA: The Promise of Twilight  作者: 小深田 とわ
第4章:Inquisitores Haereticae Pravitatis
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第399話:魔王と天巫女

 というのも、その教会の建物及び敷地自体は、通常の瞳越しで見る限りは何の変哲も無いし、魔眼越しに見ても何ら不審な点は見受けられない。しかし、その直下、つまり地下階層に魔眼越しの視線を移せば、不思議な事にまるでポッカリと虚空が穿かれたかの様に、何も見えない領域が存在していた。

 元々、魔眼を始め聖眼及び龍眼も含む神の子特有の瞳は、地形等の影響を受ける事は無い。仮令それが地面の中だろうが建物の中だろうがどれだけ遠くに存在していようが、その一切合切を無視してまるで掌上の事の様に全てを把握する事が出来る。

 その為、本来であれば、こうして敷地外且つ地上からでも、魔眼を凝らせばその地下構造は全て丸裸に出来る筈なのだ。

 だが、それにも関わらず、彼女らの魔眼には何も映らなかった。しかし、それが逆説的に、そこに何かがあるという事を教えてくれていたのだ。それこそ元より、ベリーズでの一件で天使が魂を秘匿出来る事は確認済み。故に、その前例を基にした予測を立てる事は非常に容易な事だった。

 だからこそ、ほぅ、とアルピナは冷徹な笑みを浮かべつつ、金色の魔眼を燦然と輝かせる。それは、探し求めていた痕跡が見つけられた事に対する喜びと、くだらない策を弄する天使達に対する嘲笑の意図が込められたものだった。


「如何やら、ベリーズでの一件と仕組みは同様の様だな。確かにこれなら、大抵の瞳は誤魔化せるだろう」


「そうね。私の魔眼にも映らないけど、映らないからこそ、何かを隠している事の逆説的な証明にもなるわね。お手柄よ、クィクィ」


 妖艶な、それでいて上品さと優雅さも兼ね備える独特な雰囲気を醸し出す声色と口調で、スクーデリアはクィクィに称賛を贈る。柔らなウェーブを描きつつ腰に至る長さの鈍色の長髪がフワリと揺れ、それを見る者全てを魅了する独特な雰囲気が辺りには漂う。

 それに対しクィクィは、えへへっ、と陽気且つ可憐に笑う事で、その称賛を素直に受け止める。まるでその外見通りな年頃の少女を思わせる彼女の態度振る舞いは、決して彼女が悪魔である事を思わせない無邪気なもの。或いは、知っていて尚彼女が悪魔である事を否定してしまいたくなる様な、そんな可愛らしさがそこには多分に含まれていた。


「それで、如何する? 早速乗り込むのか?」


 まるで警戒心の欠片も無い彼女ら三柱の意識を改めて現実に向け直す様に、ヴェネーノは問い掛ける。クオンが囚われている手前まさか油断も慢心もしている筈が無い、と頭では分かっているものの、しかし如何しても調子が狂ってしまう。別にそれが悪いという積もりは無いし、恐らくそれだけ彼女らの実力が格別に高いという事なのだろうが、だからこそヴェネーノとしては人一倍自分自身に対して強い警戒心を纏わせてしまっていた。


「あぁ、当然だ。態々足踏みする必要は無いのだからな」


 フッ、と大胆不敵な笑みを零すアルピナの魂からは、濃密な魔力が波となって湧出されている。黄昏色の津波の様に大路を波及するそれは、特別な瞳を持たないヒトの子にとっては不可視乍らも、しかし魔王出現の予兆となって彼彼女らの心を震わせる。

 尚、今現在、アルピナ達は誰一柱として認識阻害の魔法を使用していない。魔王としての姿形、つまり彼女ら自身のありの儘の姿をその儘曝け出しつつ、町の中に降り立っている。

 これは偏に、聖職者を始めとする人間達の恐怖を煽る為。勿論、人間に擬態している天使達にはまるで効果を及ぼさないが、しかし人間の振りをする為の偽りの恐怖を演じている者を炙り出せるという点においては、これ以上無い便利な手法だったのだ。

 また、それに加えて、最早意味をなさないというのもある。というのも、クオンが攫われて以降、アルピナは気の動転のせいか魔力を常時垂れ流しにしている。

 勿論、地界そのものや人間社会にに影響を及ぼす程の量という訳では無いが、それでも認識阻害の魔法の効力を鈍らせる程度の力は備わっている。憖、認識阻害が肉体そのものに作用を及ぼすタイプの魔法なだけに、如何しても零れ出る魔力の影響を多分に受け易いのが災いしたのだ。

 尤も、それは今現在然程重要視される問題ではないし懸念点では無い為に置いておくとして、兎も角彼女の態度振る舞いに対して、スクーデリアもクィクィもヴェネーノも気を引き締める。天使一柱一柱自体は然程の脅威にすらも成り得ないとは雖も、やはり魔眼に映らない敵というのは如何にも未だ慣れないのだ、その為、相互の実力以上の警戒が求められるし、無意識の内に宿してしまうのだった。


「あら?」


 しかし、そんな時だった。今正にでも教会を襲撃しようと残酷な相好を浮かべている魔王こと悪魔達の背後から、不意に声が掛けられる。

 その声色は、非常に穏やかなもの。同時に、非常にお淑やかであり、その上慈愛と気品を感じさせるものでもあった。決して粗雑ではなく、決して無感情ではなく、可憐さと儚さによる包み込まれる様な感覚が彼女らには齎される。

 そんな声を耳にして、アルピナ達は今正に為そうとしていた行為を止める。そして、それを無視するのではなく、敢えて迎え入れる様に静かに振り返るのだった。


「ほぅ」


 その姿を目にして——尤も、態々直接見なくとも魔眼でその存在には初めから気付いていたが——アルピナは声を漏らす。

 その声の主は、プレラハル王国が四騎士にして国境の天巫女を兼ねる少女エフェメラ・イラーフだった。勿論、単独という訳ではなく自身の麾下を複数引き連れてではあるが。

 彼女は、暁闇色と黄昏色が半々で綯交ぜにされた髪を一つに纏め、猫の様に大きくやや垂れた茜色の瞳を燦然と輝かせ乍ら、一切の警戒心も無く静かに立っていた。それはまさか複数の魔王を眼前に捉えているとは到底思えない程の穏やかさであり、彼女の周囲で適切な警戒心を纏っている彼女の麾下達の方が間違っているかの様に錯覚させられてしまう。

 だが勿論、状況からして異常なのはエフェメラの方である。幾ら天巫女として宗教的な寵愛を一身に受ける存在だとは雖も、この状況を前にしてこれだけ普段通りの態度振る舞いを維持出来る筈が無い。況してや、魔王達とはレインザード攻防戦で一度対面している。それだけに、尚の事現状は適切に判断出来る筈なのだ。

 だが、それでも尚、彼女の聖職者らしい神聖で穏やかな立ち振る舞いは、崩れる事は無い。それはまるで魔王を敵と見做していないかの様であり、或いは魔王を魔王として見ていないかの様でもある。

 しかし、その本心は誰にも分からない。彼女の周りを護る様に展開する彼女の麾下は、誰も彼女の態度振る舞い乃至行動に対して、疑うという事を知らない。それこそ、敬虔な信徒の様に、一心に彼女の下命に従って其々の職務を全うしようとするだけだった。

 また、アルピナ達も、態々彼女の本心を確認しようとは思わなかった。読心術を使えば人間の精神ではそれを拒む事は出来無い為、直ぐにでも本人が自覚出来ていない様な深層心理に至る迄の全てを白日の下に晒す事は出来るだろう。だが、それをする必要性が見出せず、気分的にもイマイチ乗らなかった為、結局の所それが行動に移される事は無かったのだ。


「これは意外だな。まさかこの様な場所で君達と出会う事になると思いもしなかったな」


「まさか、という事は無いでしょう。これだけの騒ぎを起こしたのですから、私が出向くであろう事は貴女方にも十分予測出来た事でしょう? それとも、私の見込み違いでしたでしょうか?」

次回、第400話は11/17公開予定です。

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