第398話:集結
『丁度此方も手が空いた所だ。今から向かうとしよう』
アルピナは、クィクィとの精神感応を切断しつつスクーデリアに視線を投げ掛ける。態々追加で言葉を掛けなくてもスクーデリアにも精神感応は繋がっていたし、仮令そうでなくとも彼女が言わんとしている事はスクーデリアには全て伝わっていた。
だからこそ、そんなスクーデリアはアルピナに対して柔らな笑みを返す。そして、周囲に散らばらせた儘にしていた天使達の魂を雑に片付け、如何にかして食い止めようと新たにやって来た人間達の部隊を軽く一蹴する。
そしてアルピナは、そんなスクーデリアの冷酷無慈悲な掃討戦を、まるで演劇を観戦しているかの様な慎ましい態度で眺める。同時に、後になって怠けていたと文句を言われない様に、或いは早くクィクィの所に向かう為にも、適度に加勢するのだった。
「やれやれ、手が空いたと言った手前、今直ぐにでも向かいたい所なのだがな」
「ふふっ、相手は所詮人間。仮令相手をしても、誤差程度の時間で片付けられるから問題無いでしょう?」
それもそうだな、とアルピナは冷酷に笑う。人間達からしてみれば何とも無慈悲な事この上無いが、しかし憖それが事実であるだけに、如何しようも無い。唯一幸いな事とすれば、当の人間達がそれを認識していない事だろうか? だからこそ、圧倒的な実力差を前にしても、人間達は決して臆する事無く果敢に攻め掛かるのだった。
そして、軈て、魔王を食い止めようと積極果敢に攻め掛かる人間達は、挙って無感情な死を贈られる。それも、極めて儚い極短時間の間の出来事であり、若しかしたら当事者達は自身が死んだ事にさえ気付いていないかも知れない。
そして何より、それを為した当の魔王こと悪魔達も同様かも知れない。彼女らにとって人間とは管理する対象でしかなく、死という概念も状態の流転の一つに過ぎない事から、それ程目立つ重要な局面とは捉えられないのだ。
とはいえ、彼女らの本心としては、到底無視出来無い事柄でもあった。確かに価値観としてはそうだし、何より状況としても一々構っていられないのだが、しかし同じく人間であるクオンの事を思えばそう簡単に虐殺行為に走れないのだ。
勿論、必要が必要である限りに於いてはそこに躊躇を抱く余地は残されていないのだが、こういう必要性の無い殺戮行為には神の子らしくない理性が抑制を仕掛けてくるのだ。
しかし、優先順位は絶対である。クィクィと合流しクオンとワインボルトを救出する、という最大の目的がある限り、それが全てに優先される。その為ともなれば、人間達を手に掛ける事など、ヒトの子達がする呼吸程度の自然さで為す事が出来る。
だからこそ、眼前に集結する人間達の集団を平等に転生の理に流し終えたアルピナとスクーデリアは、その儘名残惜しさの欠片も無く、上空へと飛び上がる。そして、東方地区のほぼ中心に存在する町サバトで待っているクィクィを目指し、上空を疾走するのだった。
*** ***
数分後、東方地区各地を荒らして回っていた魔王の姿は、揃ってサバトにあった。アルピナ、スクーデリア、クィクィ、そして最近になって新たに現れた、クオンと呼ばれていた男とは姿形が異なる事から別人だと人間達が認識しているヴェネーノ。誰も彼もが人間と何ら変わらない姿形を持っているにも関わらず、同時に何処か人間離れした雰囲気もまた醸し出しており、だからこそそれを見る者は挙って恐怖に打ち震える。
だが一方、そんな人間達の恐怖や不安など知る由も無く、アルピナ達は陽気で快活な態度振る舞いを身に纏っている。それこそ、人間の学生達が普段身に纏っている陽気で無邪気な雰囲気を髣髴とさせる様なものだった。
「もうっ、遅いよ、二柱ともっ!」
しかし、そんな陽気で仲睦まじい雰囲気を破壊する様に、しかし実際の所は全くそんな気配は微塵も無く、クィクィはアルピナとスクーデリアに対して文句を付ける。
彼女はムッと頬を膨らませ、両手を其々腰に当て、その小柄であどけない視線で下から見上げる様にする仕草は、非常に可愛らしい。まるで年端もいかない可憐な少女の様なそれからは、決して恐ろしさを感じさせなかった。
同時に、彼女の緋黄色の髪がその動作に合わせてふわりと揺れる。甘く爽やかな香りが漂い、その場に居合わせるアルピナ達の鼻腔を満たす。
そして、そんな御髪と同色の瞳が宛ら宝石箱の様に燦然と輝く。非常に大きな、且つ非常にハッキリと目立つその瞳は、見つめられるだけで吸い込まれそうな奥深さも感じられるものだった。
「あぁ、済まないな、クィクィ。少々、人間達の邪魔が入ってしまってな」
だが、そんな彼女の瞳の誘惑に呑まれてしまわない内に、アルピナは素直に謝罪の言葉を口にする。普段の彼女の態度振る舞いや本質的な性格を思えば非常に気味の悪いものだが、しかし彼女がクィクィに対して頭が上がらないのは、当時を知る神の子達なら大抵は知っている事実。だからこそ、寧ろスクーデリアやヴェネーノからしてみれば、懐かしさすら感じられる始末だった。
「私からも謝罪するわ。ごめんなさいね、クィクィ」
そして、スクーデリアもまたアルピナに合わせる様にしてクィクィに対して謝罪を口にする。決して、アルピナ一柱に謝罪させておいてはまた面倒になるだけだ、と危惧した訳では無い。あくまでも、彼女なりにクィクィに対して申し訳無さがあったからこそ、本心からの謝罪を口にしただけに過ぎないのだ。
抑、確かに遅れたのは人間達の相手をしていた為なのだが、たかが人間如きを相手にするのであれば、本来ならこうも遅れる事は無かった。幾らそれ相応に鍛え上げられた世紀の軍人が相手だとは雖も、抑としての種族階級が異なる都合上、アルピナとスクーデリア二柱を同時に相手した所で、時間稼ぎにすらならない筈なのだ。
それにも関わらず、アルピナとスクーデリアはクィクィを待たせてしまった。これはつまり、人間を相手に遊んでいたからに他ならないという事であり、クィクィが文句を垂れるのも仕方無い道理でしかない。
だが、そんなクィクィとしても、決して本気で怒っている訳では無い。寧ろ、アルピナとスクーデリアの事は誰よりも良く知っている立場上、こうして遅くなる事は織り込み済み。それ処か、思いの外早かったとすら感じている始末。
その為、あくまでもちょっとしたお遊びとして、つまる所形だけの不平不満を口にしているだけに過ぎないのであり、決して本心からそれを思っている訳では無いのだ。
だからこそ、まぁいっか、と適当にアルピアとスクーデリアの謝罪を聞き流しつつ、彼女は小さく息を吐いた。そして、改めて事の本題に意識を戻しつつ、それに沿う様に話題を展開させるのだった。
「それよりさ、ほら、これ見てよ」
クィクィは眼前に聳えるそこそこな大きさをした教会を指さす。それは一見して何処にでも教会であり、建築様式や装飾などから見てこの国の国教に由来するものだという事は容易に想像が付く。
だが、言い換えればそれだけだ。決して何処かが怪しい明けでも無ければ、何か不審なものがある訳では無い。それこそ、今迄襲撃して回っていた各町にも類似した教会は点在しており、それとの明確な差異というのは何処にも感じられない。建築時期や建築様式の観点から見ても、それは疑いようの無い事実だった。
だがしかし、アルピナとスクーデリアは違った。クィクィが言わんとしている事を即座に認識し、その意味に対して相好を明るくする。同時に、魔眼に何も映らないから却って怪しいなってかんじ、と精神感応でクィクィが言っていたが、正しくその通りだと改めて実感するのだった。
次回、第399話は11/16公開予定です。




