第396話:聖職者と天使
【同日 プレラハル王国:東方地区各地】
王都を中心に、そこから四方角に其々発展した町を擁するプレラハル王国。その内の一方角、王都から東方へ向けて街道を暫く進んだ先には、サバトと呼ばれる古い町を中心に幾つかの中規模な町が点在している。
それらは何れも、サバトに負けず劣らずの歴史的な情緒と価値を有しており、此処プレラハル王国がこれ迄歩んできた歴史そのものと呼んでも決して過言では無いだろう。
そんな各町は、その風情豊かな情緒を最大限尊重する様に、静かで重厚な雰囲気を絶えず身に纏っている。当然、そこに暮らす住民達も、それに促される様に揃ってお淑やかで礼節に富んだ態度振る舞いを維持している。
しかし、そんな平和的で文化的な生活は、今日この瞬間を以て終焉を迎える事となる。突如として現れた魔王という存在により、誰も彼もがその文化的な態度振る舞いを投げ捨て絶望と混乱だけを表出させられる事となってしまっていた。
果たして、何故魔王がこの東方地区に現れたのか? つい昨日は王都に出現し、僅か一日程度でこの東方地区である。関連性が全く無いとは言い切れないが、しかしその目的はまるで見当が付かない。
しかも、魔王達の目的は決して破壊や殺戮では無い様だ。そこに暮らす人間達や建造物にはまるで目もくれず、まるで何かを探す様に町中を右往左往している。
一体、何を探しているのだろうか? それすらも、そこに暮らす人間達にはまるで分からない。抑として、本当に何かを探しているかすら不明。只漠然とそんな感じがするだけであり、何時自分達の命が奪われるかも知れない恐怖が、より一層彼彼女らの心を消耗させる。
だが、そんな中でも、この国の国教に心身を捧げる聖職者達だけは、彼女ら魔王の動向の法則性に気が付いた。それは、寧ろ気付かない儘の方が幸せだったかも知れない、とすら思わせてくれる様な、そんな残酷な真実だった。
如何やら、彼女ら魔王は、東方地区の各町に駐在している聖職者たち及び関連する各施設を個別に狙っている様だった。
事前予告も無く突如として眼前に姿を現し、一頻り会話をした後、その命を奪う。残酷過ぎる手際の良さは、寧ろ鮮やかで洗練された美しさすら感じさせられる。
だが、彼女ら魔王と聖職者との間でどの様な会話が交わされているのか、それは目撃者を含め誰も知らない。目撃し且つ聞いた者は総じて殺害され、そうでは無い者は総じて逃される。生殺与奪の権限は、完全に魔王達の掌中に委ねられていた。
「まったく……こんな事にすら気付かないとは、ワタシも随分と間抜けになったものだな」
やれやれ、とばかりに溜息を零し乍ら眼前の聖職者に無感情の死を贈るアルピナは、自身の無能さに呆れる様に愚痴を零す。その相好は何処か憐憫の情を醸し出す冷笑が浮かんでおり、決して単なる自虐では無く、寧ろ失望の念すら抱いているかの様だった。
「そうね。でも、私の瞳にも映らないのよ。こればかりは仕方無いのでは? それに、戦後暫く放浪していた貴女は兎も角、基本的にこの国を離れていない私やクィクィが気付いていなかった方がよっぽど問題よ」
アルピナと同様の溜息を零し乍ら、スクーデリアは彼女を擁護しつつ自身の無能さを提示する。果たしてこんな事をしてもアルピナには何の慰めにもならないだろうが、しかしこれは本心からの態度振る舞いであり、決してそんな打算的思考回路は含まれていない。
だからこそ、アルピナもそんなスクーデリアの思考回路を把握しているのか、それに対して否定も肯定も口にする事は無かった。適当な相槌と共に、言葉にもならない声を返すだけだった。
所で、とスクーデリアは手頃な聖職者の命を片手間で奪いつつアルピナに問い掛ける。その瞳は彼女本来の色を失って久しい金色に輝いており、周囲に散らばる虚ろな魂の存在を明らかにしていた。
「こんな適当に始末しても良かったのかしら?」
彼女らの現在の行動内容は、この東方地区を管轄とする聖職者達を探る事。本当は今直ぐにでもクオンを救出したいのだが、その為にもこれをしなければならなかった。
というのも、クオンはワインボルトと同じく東方地区にいるであろう、という事迄は推測出来たのだが、しかしその詳細な位置迄はまるで不明瞭な儘。加えて、魔眼を頼りに捜そうにも、ベリーズでの一件に於ける天使達と同じく、魂が全く見えないのだ。その為、如何しても追加情報が求められた。
そこで白羽の矢が立ったのが、即ちこの地区一帯に住んでいる聖職者達だったのだ。最初は虱潰しにでも捜してやろうとさえ思っていたのだが、探っている内に、如何にも一部の聖職者達から微かな聖力が感じられるのに彼女らは気付いたのだ。
だからこそ、クオン及びワインボルトの居場所を探る為にも、アルピナ達は手分けして聖職者達を脅して新たな情報を聞き出そうとしているのだ。それは傍から見れば魔王と聖職者による宗教戦争の様にしか見えないが、そんな事はまるで如何でも良い、とばかりに、彼女らは片っ端から聖職者達を捕まえて回っていた。
そこには、人間に対する配慮は欠片たりとも含まれていない。神の子という立場の都合上、人間を含むヒトの子は全て管理すべき対象でしかなく、その為彼彼女らの生死は全て彼彼女らの自由意志では無く彼女らの自由意志によって決定されるのだ。
尚、これに関しては、何方かが正義で何方かが悪という訳では無い。あくまでも価値観の総意による認識の差異でしかなく、双方の意見は其々の価値観から見れば全て正義であり、決して矛盾していないのだ。
そして、彼女らは気付いた。如何やら、彼彼女ら聖職者から微かな聖力を感じられるのは、必ずしも天使に操られているからという訳ではない様だった。一部の聖職者は天使の天羽の楔によって意識を支配されている様なのだが、それ以外の大半の聖職者達は、天使そのものが人間に擬態して聖職者の振りをしていたのだった。
翼を隠し、聖力を欺瞞し、人間的価値観の仮面を被り、恰も親身な態度振る舞いを演じる事で、彼彼女ら天使は人間社会に上手く適応している。何とも器用な事だが、しかしアルピナからしてみれば面倒な事この上無かった。
勿論、人間に擬態する事自体は何の罪にも問えない為、決して罰を与える事は出来無い。しかし、だからこそ余計にその面倒具合には拍車が掛かってしまう。
「仕方無い、と割り切るしかないだろう。それに、神龍大戦で天使達は我々悪魔やジルニア達龍程数を劇的に減らした訳では無い。加えて、この対立の引き金を引いたのはあの子達だ。多少の乱暴は黙認される」
それにしても、とアルピナは周囲に散らばる天使達の魂を適当に復活の理へ乗せて神界へ送り飛ばしつつ、思考に耽る。如何にも納得出来無いというか理解出来無い問題が思考を満たし、スッキリしない感情が行動を鈍麻させてくれる。
「何故この子達は聖職者に擬態しているんだ?」
「そうね……でも、天使の指揮系統をその儘人間社会に組み込むには丁度良い目眩しになるでしょうね。中枢を国の枢要に食い込ませつつ組織の末端を地域社会に溶け込ませる。龍魂の欠片を人海戦術探すとなると、この方が情報の共有には事欠かないでしょう?」
成る程、とアルピナは苦笑する。自分達の様に数に不足して手が回らないのではなく、数の利を最大限活かしつつ人間社会で大立ち回りをするとなると、これ以上の最適解は無いだろう。それに、この方が人間という味方を強制的に得られるというのも大きい。無知だが無知だからこそ疑うという概念を持たない駒は、時と場合によれば非常に優秀なのかも知れない。
次回、第397話は11/14公開予定です。




