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ALPINA: The Promise of Twilight  作者: 小深田 とわ
第4章:Inquisitores Haereticae Pravitatis
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第395話:ワインボルト③

 そんなクオンの率直な思いを汲み取ったワインボルトは、彼に気付かれない様に小さく微笑む。抑本来、たかが人間如きでは智天使級処か天使級が相手でも成す術も無く蹂躙されるのが定めなのだ。それを少しでも鍔迫り合えると考えられるだけでも、実の所十分規格外だったりする。しかし、それを自覚していないクオンの歪さには、如何しても面白可笑しく感じてしまうのだ。

 だが、ワインボルトはそれを面と向かってクオンに提示する事は無い。別に言った所で何か不都合がある訳では無いが、しかしアルピナが直隠しにしている秘密に少しばかり関与しているのだ。その上、当のアルピナがそれを現状どの程度クオンに開示しているかを彼は知らない為、如何しても発言に慎重さが生まれてしまうのだ。

 一方、そんな彼の態度振る舞いに全く気付かなかったクオンは、そうか、と一言だけ発した後、そういえば、とばかりに話題を転換する。敵いもしない智天使級天使の事など、幾ら考えたってまるで意味が無い。それなら、もっと生産性のある話題に傾倒した方がよっぽどマシだった。


「ワインボルトは龍魂の欠片を持ってるのか?」


 龍魂の欠片。それは、クオンがアルピナと共に旅をする羽目になった要因の一つであり、天使と悪魔が対立する目的でもある一品。今は亡き皇龍ジルニアの魂を元に作られたそれは、しかしその重要性を知る者は非常に限られている。アルピナを始めとする極一部の悪魔達と一部の龍、天使では天使長セツナエルのみ。それ以外の者達は、其々セツナエル乃至アルピナの指示に従っているだけに過ぎない。

 当然、クオンもまたその内の一人。皇龍ジルニアが果たしてどの様な龍なのかは知らないが、アルピナ達から聞かされた神の子の社会構造上では相当な重要性を秘めている事は理解出来る。そして、そんな重要な存在の魂だからこそ、それそのものの重要性もまた同程度には理解出来る。しかし、それが何故こうも取り合いになる様な状況に発展したのかについてはまるで知らない。只々巻き込まれただけの被害者でしかなく、契約によって時間を捧げているが為に振り回されているだけに過ぎないのだ。

 それでも、アルピナがそれを求めているのであれば、クオンとしてもそれを手に入れない訳にはいかない。旅を始めた当初こそは単なる契約上の付き合いでしかなかったが、今や互いに良く見知った仲間であり、ある種相棒の様なもの。今更彼女の願いを突き放して適当に遇う様なマネだけは出来無かったのだ。


「あぁ、一つだけだがな。残りはアルピナに預けてるのか?」


「いや、俺が持たされている。この台座を持っていたのは俺だったからな、それと、この遺剣も今は俺が預かっている」


 そう言うと、クオンは異空収納を開けてそこから龍魂の欠片を収めたネックレスと遺剣をチラリと見せる。

 只でさえ幽閉されている上に、今尚何処に天使が潜んでいるか分からない都合上、如何しても表立って見せつける訳にはいかなかった。その為に、こうして隠し隠しの提示になってしまったが、それでもワインボルトには十分だった。態々魔眼を凝らさずともそれがジルニアの龍脈だという事は嫌という程知覚出来るし、クオンがそうして隠したがる理由も納得出来る。寧ろ、態々此方から言わずとも自主的にそうやって隠してくれているだけでも有り難過ぎる程だった。


「ほぅ、アイツにしては意外だな……お前だからこそ、アルピナも敢えて託したとでも言うべきか? 兎も角、俺のと合わせれば、これで全部揃うみたいだな。なら、後は此処から脱出してアルピナ達と合流するだけだな。どうせアルピナの事だ、血眼になってお前を探してるだろうからな」


 そうだな、とクオンは彼の意見に同意する。こんな聖力が充満する陰鬱とした閉鎖空間に長時間閉じ込められるのは、気分が悪くて敵わない。尤も、これが何も知らない只の人間だった頃なら、此処迄酷い拒絶反応は出なかっただろう。陰鬱とした閉鎖空間という点だけに不快感を示すだけであり、聖力については知覚する事すら出来無かっただろう。

 それがこうして、今や聖力を嫌悪し魔力や龍脈を好意的に受け入れる様になっていた。身も心も悪魔になった覚えは無いが、心を悪魔に売ったからこそ、こうして悪魔に近しい好みを抱く様になったのだろうか?

 しかし、それは兎も角、それ以上に気に掛ったのは、ワインボルトの言葉だった。アルピナが血眼になって探している、という一言が、如何しても受け入れられなかった。確かに探してはいるだろうが、しかし血眼になる程だろうか、という疑問が拭い切れなかったのだ。

 だからこそ、だが、と一言前置きした上で、クオンはワインボルトに異を唱える。


「血眼ってのは言い過ぎだと思うがな。それに探すとしても、目当ては龍魂の欠片と遺剣だ。俺の生死は二の次だろう」


 しかし、そんなクオンの自虐的な発言を、ワインボルトは否定する。一切の疑問や迷いも抱かず、確信を以て彼は即座に否定を口にしたのだ。それこそ、クオンが虚を突かれる程の早さであり、まるで何か癪に障る様な事があったかの様でもあった。


「いや、寧ろ過小評価し過ぎな程だ。アイツの事だからな。きっと、お前が攫われた直後は天魔の理も周りの視線も何もかもを無視して魔力を暴流させ乍ら暴れ狂ってた事だろうな。それでスクーデリアかクィクィに無理矢理止められる迄は一連の流れ、と言った所か?」


 だが、ワインボルトは決して気分を害している訳ではなかった。寧ろ、アルピナの本心を分かった上で、クオンがそれとはまるで異なる感情を抱いている事を嘲笑しているかの様だった。

 実際、ワインボルトの予想は完璧に正しかった。アルピナが暴れた事、天魔の理も周囲の視線も無視した事、スクーデリアに無理矢理抑え込まれた事。まるで直接目にしてきたかの様に、その全てを正確に把握出来ていたのだ。

 しかし、実際にそれを目撃した訳ではない。此処にいる限り、仮令ワインボルトとは雖も、聖力の障壁に阻まれてしまい外部の様子を知覚する事は出来無い。まるで蒼穹内の取り分け疎になった部分に取り残されているかの様な気分であり、浮遊感にも似た違和感が如何しても脱ぎ切れない。憖、魔眼を介した情報の獲得に慣れてしまっていたからこその弊害であり、それは人間で言えば身体感覚が一つ欠損した様なもの。違和感を抱かない筈が無かった。

 それでも、そうしてアルピナが暴れたであろう事をほぼ確信出来るのは、偏にこれ迄の経験だろう。悪魔の中では比較的若い世代の属するワインボルトとは雖も、それでも付き合いはそれなりに長い。当然、その間にアルピナとはそれなりの良好な関係を築いており、互いの事は良く知った間柄となっている。

 だからこそ、アルピナが暴れたであろう事は、過去の経験上から確信せずにはいられなかったのだ。それ処か、暴れていてくれた方が彼女らしい、とすら思ってしまう程には、彼女に対して奇妙な信頼を抱いている始末だった。

 一方、クオンとしてはそんな彼の確信めいた予測にはイマイチ半信半疑。アルピナが暴れていた頃は気を失っていた上、囚われていた馬車にも此処と同様の障壁が掛けられていた為、アルピナが暴れていた事を全く知らない。加えて、アルピナとの付き合いは此処最近。神の子とヒトの子の寿命格差を考えれば相対的な付き合いの長さは余り変わらないのかも知れないが、しかしやはりクオンとワインボルトでは、時間に土台された信頼の厚みには相応の差が生じている様だった。

 だからこそ、如何しても納得出来兼ねるが、しかし互いにそれを確認する術は持ち合わせていない為、これ以上は時間の無駄でしかなかった。そんな事に時間を浪費する暇があったら聖拘鎖を破壊する術を探した方がよっぽど生産的だ、という事もあり、二人は早々にその話題を切り上げるのだった。

次回、第396話は11/13公開予定です。

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