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ALPINA: The Promise of Twilight  作者: 小深田 とわ
第4章:Inquisitores Haereticae Pravitatis
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第387話:ラムエル

「となると、残る問題は何処どこにいるかだが……それも心当たりがあるという事か?」


「えぇ。アウロラエルは兎も角、ラムエルは神龍大戦の頃からこの国の東方によく降りていたわ。それに、終戦後から私達が其々《それぞれ》天使達に敗北するまでの間も、あの子はそこにいたわ。可能性として考慮するには悪くないでしょう?」


 言葉を選ぶ様に思案しつつ、しかしはっきりとした口調で、スクーデリアは自身の仮定を言語化する。殆ど願望に近い予測でしかなかったが、それでも、無策で捜索し続けるよりは余程マシだろう。

 そんな中、そういえば、と彼女の言葉に意見を重ねたのはヴェネーノだった。彼もまたスクーデリアと同じく然程の自信も無かったが、それでも如何どうにか思い出す様にして言葉を絞り出した。


「終戦後にワインボルトが拠点していたのもこの国の東方地区だったな。スクーデリアがシャルエルに、クィクィがルシエルに、俺がバルエルに其々《それぞれ》天羽の楔で囚われていた事を考慮すれば、ワインボルトを目当てにラムエルがそこにいる可能性も十分有り得るな」


 ワインボルトは、スクーデリア、クィクィ、ヴェネーノと同じく神龍大戦を生き残った貴重な悪魔の内の一柱ひとり。そしてラムエルは、シャルエル、ルシエル、バルエルと同じくセツナエルに非常に近しい智天使級天使の内の一柱ひとり

 つまり、それらが相互に類似した関係性を構築していても何ら不思議ではない。スクーデリア達が其々《それぞれ》シャルエル達に囚われて支配下に置かれていた様に、ワインボルトもまた同様の状況に置かれていても、それはむしもっともらしさまであるだろう。

 よって、クオンがラムエル達に囚らわれた事が客観的な事実として提示された今、それらを関連付けた上で結論を見出す事に何ら躊躇いは無かった。


「そうだね。それじゃあ、アルピナお姉ちゃんの目が覚めたら、早速行ってみよっか?」


 アルピナは今尚ベッドの上で深い眠りに落ちている。その寝顔は非常に可愛らしく、普段の残酷で傲慢な性格は微塵も感じさせなかった。年頃の少女を思い起こされるそれにクィクィは陽気でいとけない笑顔を零し、静かにそれを見守るのだった。




【同日深夜 プレラハル王国:東方地区某所】



 深夜。それは、人間達が一日の生活を終え夢見心地の螺旋に落ち込んでいる頃。天頂には深い宵闇が色濃く塗られ、そこに点在する無数の星々が、遥か太古から遥か未来(まで)変わらない表情を湛えている。

 耳に五月蠅うるさい程の静寂が帳を包み込み、あるいは夜行性の動物乃至(ないし)羽虫達が微かな生活音を生み出している。いずれにせよ、昼間の賑やかで華やかで陽気な色香とは異なり、何処どこか寂しさを髣髴とさせる雰囲気がそこには込められていた。

 そんな宵闇の中を一台の馬車が静かに動く。それは一見して何処どこにでもいる普通の馬車の様にしか見えない何の変哲も無いものだった。

 しかし、果たしてそれは本当に何の変哲も無いのか、あるいは夜故に良く見えないからそう感じてしまうだけなのか?

 恐らくは後者だろう。事実、その馬車は普通では無かった。それこそ、引馬からそれに引かれる荷車(まで)、その全てが普通とは程遠い代物だった。

 まずは引馬。その全体的な姿形こそ何処どこにでもいそうな普通の馬と何ら違いは無かったが、しかしその頭部からは一本の暁闇色の角が妖しく伸びていた。

 詰まる所、その馬の正体は人間達が魔獣と呼ぶ人間文明の脅威となる生命体に他ならなかった。

 しかし、それはあくまでも人間社会に広まっている常識にける呼称。その馬の正式な名称は聖獣。天使に成り損ねた天使の失敗作であり、正確には天使では無いものの、聖力を用いて一部聖法を行使出来る神の子の半端者だった。

 次に荷車。とは言っても、荷車そのものについては人間社会で常日頃から使われている荷車と同一のもの。何処どこかに細工が施されている訳でも無ければ、人間社会に存在しない物質で創られている訳でも無い。

 しかし、その荷車が普通の荷車と明確に異なる点が一つだけ存在する。それは、その荷車を始点に馬車全体を覆う様に展開されている聖力の膜。肉眼はおろか魔眼にも龍眼にも映らない特殊な膜が、しかし確かにそこには存在していたのだ。

 そして最後に御者。馬車が動いているのだから、当然御者だって存在する。幾ら引馬が命令に忠実で優秀な聖獣だとはいえども、しかし人間社会に広く流通している馬車の振りをしているのだから、御者無しで動く訳にはいかなかった。

 そんな御者だが、その姿形は一見して何処どこにでもいる人間の女性。間違いなく大人であり、しかし決して年嵩では無い様子。

 だが、そんな女性の背中からは、明らかに異質な翼が二対四枚。宵闇の中でもはっきりと見える純白色のそれは、決してコスプレ等の紛い物では無く、確かに彼女の背中から伸びている本物だった。

 つまり、彼女は人間の様で人間ではない。正真正銘文字通りの天使であり、二対四枚である事からその階級が智天使級である事が窺い知れる。

 そんな彼女ラムエルは、一柱ひとり静かに御者台に腰掛けて聖獣に繋いだ手綱を握り締めながら、何も無い静かでつまらない夜空を見上げる。

 だが、その移動速度は非常に遅々としたもの。いや、馬車という枠組みで見れば夜間にも関わらずそれなりの速度が出ているのかも知れないが、しかし天使という価値観で見るとそれは非常に遅く感じてしまう。

 それでも、仮令たとえどれだけその遅さを恨もうとも、時間が早く経過する事は無い。時の流れは絶対であり、それは仮令たとえエロヒムであろうとも介入する事のあたわない絶対の領域なのだ。

 また、馬車の移動速度を速くする事もまた同様に出来無い。あくまでも人間社会に存在するありきたりな馬車という体裁で動いている手前、過ぎた行動は身を滅ぼす原因に成り兼ねないのだ。

 だからこそ、彼女は退屈な心を如何どうにか押し殺し、遥か過去から大して変わり映えしない星空に対して無理矢理楽しみを見出そうとする。


『ラムエル、聞こえますか?』


 だが、そんな時、不意に彼女の脳裏に声が齎される、まるで耳元で囁かれている様な、しかし同時にまるで脳内に直接声を刻み込まれている様な感覚だった。

 だが、それは決して不快では無い。むしろ、何度も聞き慣れた感覚。

 しかし、彼女の心は強い緊張感で包まれていた。齎された声の主を知っているからこそ、その主と自身との間にある地位の差を知っているからこそ、彼女の背筋は自然と伸びていた。


『はい、我が君』


 ラムエルは、自身が我が君と呼ぶ相手、天使長セツナエルから齎される精神感応テレパシーに対して、同じく精神感応テレパシーで返事を渡す。外から見えればあだ静かに考え事をしているかの様な態度振る舞いだが、しかしその内奥で彼女は緊張感と退屈凌ぎに精神を投じていた。


『アウロラエルから事の経緯は伝えられました。其方そちらの様子は如何どうですか? 此方こちらから聖眼で見る限りでは取り分け問題が生じている様では無さそうですが……』


『はい、此方こちらは現状滞り無く。もう暫くすれば到着する予定です』


 人間社会に降り立った時に何時いつも使っている拠点が位置する町が視界の奥に小さく見えてきた事を確認したラムエルは、簡潔に状況を提示する。オレンジ色に染まる小さな町灯りが温かな団欒を髣髴とさせ、しかしそれが表出しない様に理性で気持ちだけはしっかりと固く維持する。

 もっとも、態々《わざわざ》彼女の言葉で伝えなくても、セツナエルは聖眼を使って全て把握している。その為、本来であればこれは完全な無駄業務でしかない。しかし、しもの場合を防ぐ為にも、当事者の口から出る言葉も把握しておいて損は無かった。

次回、第388話は11/1公開予定です。

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