第384話:龍王と侯爵級悪魔②
「久し振りね、ログホーツ」
「あぁ。凡そ10,000年振りか? 暫く魂が見えなくなっていたが、如何やら未だ元気そうだな」
優雅に、そして上品に、しかし何処か儚さもまた抱き合わせているかの様な独特な雰囲気を携えた儘、彼女は挨拶を投げる。そして、それを受けるログホーツもまた、その立場に起因する荘厳で鷹揚な態度振る舞いを演じつつ、その挨拶に言葉を返す。
両者の間で奇妙な感情が交わる。決して気分が高揚する訳でも無く、しかし逆に消沈する事も無く、まるで常日頃から顔を合わせているかの如き極自然体な雰囲気だけがその場には形成された。
「えぇ、お陰様でいろいろ苦労させられたわ。でも、あの子に助けられたから、私もクィクィも今は問題無いわ」
ふふっ、と静かに微笑みを携えて、彼女は現状をザックリと伝える。同時に、クィクィも話題に乗せる事で彼の不安心もある程度解消してあげるおまけ付き。ログホーツとクィクィとの間にある種族の垣根を超えた深い友情の紐帯を良く知っているからこその配慮だった。
それより、とスクーデリアは話題を転換する。本当はもっとくだらない現状報告に話題の花を咲かせていたかったのだが、生憎そんな悠長な事をしていられない事もまた事実。
故に、彼女はその感情を理性で無理矢理押し殺し、真剣さを前面に押し出した相好を顔面に貼付する事で、その真意を非言語的に伝える。
「生憎、今はそんな事を言っていられる状況では無いのよ。恐らく、此処からでも観測出来ているのでしょう?」
「あぁ。しかし、我々も情報が余りにも不足している。何やらお前とアルピナが地界で暴れていた、という事だけは把握出来ているが、それ以外については殆ど何も分かっていない」
悪いな、とログホーツは謝罪の意を口にしつつ、自身らの脳裏に渦巻く疑問を言語化する形で問い掛ける。やはり、何時迄も此処で悩むよりも、当事者に直接問い掛ける方が何倍も手っ取り早いし、確実性も高いのだ。
だが、そんな彼の言葉を受けて、スクーデリアは誰にも気付かれない様にこっそりと顔色を変える。しまった、とばかりに密かに狼狽し、心中で思考を回すのだった。
というのも、彼女としては龍達もまたある程度状況を把握している積もりだったのだ。決して裏事情を伝えた気になっていた訳では無く、裏事情は裏事情として伝えていない事は把握していたのだが、シンクレアがもう少しばかり説明を施してくれているとばかり期待していたのだ。
やはり、想定せず裏口合わせもしていない事柄を勝手に他者に期待するのは無能の塊だ、とよく言うが、正しくその通りだろう。シンクレアに対して勝手に期待を押し付け、そうでは無いと変わった途端に勝手に失望するのは、何処から如何見ても只の無礼であり単なる蒙昧。
故に、スクーデリアはそんな自分の浅はか過ぎる思考回路を心中で嘲笑すると共に、その善後策を思案する。行為時に大切なのは、如何対処するかであり、如何後悔するかではないのだ。
「あらそう、失礼したわ。では、少し質問を変えましょうか? 地界で私達が行動を共にしていた人間、クオンという子なのだけれど、彼の魂が如何なったのか、誰か見ていないかしら? 如何やら天使が何か介入したらしいわ」
スクーデリアの金色の眼差しは、ログホーツを始点としてノーレイティア、シンクレアへと順番に一瞥される。
其々《それぞれ》の肉体の深奥に位置する其々《それぞれ》の魂を詳らかにする鋭利な眼光がその狼の如き瞳から零れ、三柱は揃って身を強張らせる。或いは、魂諸共凍り付かされそうになった、と形容した方が良いのかも知れない。それ程迄に、彼女の瞳に対して並々ならぬ思いを湧出させられてしまったのだった。
そんな中、最初の口を開いたのは他でも無いシンクレア。この三柱の龍の中で唯一クオンとも面識があり、唯一直前迄彼の魂を追跡していた。故に、彼の魂が如何なったのかもその龍眼が視認しており、彼女の問い掛けに対して彼女が最も欲しがっている回答を添える事が出来たのだ。
「それなら、俺が見ていた。原因は不明だが、彼の魂が突如として消失した様だ。だが、その直前、一瞬だが魂の秘匿が疎かになったのか、波長が捉えられた。あれは恐らく、ラムエルとアウロラエルだろう。それ以外にも数柱程いた様だが、それに関しては個体を同定出来無かったな」
ラムエルとアウロラエル。何方も天使としては上から二番目の階級に位置しており、詰まる所智天使級天使と称される階級である。
そしてその階級に所属する天使の最大の特徴は背中から伸びる二対四枚の翼。何よりそれは、レイスとナナが目撃した天使の特徴と全く以て一致する。
つまり、その二柱こそ、クオンを誘拐した張本人とみて間違い無いという事。
……成る程、あの二柱なら、仮令クオンが龍魔力を持っていても相手にならなかった理由にもなるわね。
ラムエルとアウロラエルも、共にスクーデリア程では無いにしろかなり古い神の子。特にアウロラエルに至っては、草創の108柱では無いにも関わらず、以前からセツナエルの補佐として行動を共にしてきた程の強者である。
その為、幾らアルピナ達の魔力とジルニアの龍脈を、その身に宿しているとは雖も、所詮は一介の人間でしかないクオンでは如何頑張っても勝ち目は無かったのだ。加えて、天使に対して優位性を有する龍脈はあくまでも補助的な力でしか無く、彼の力の大半は天使に対して相性上不利な悪魔が持つ根源的な力である魔力。故に、力量の差もある事乍ら単純に相性的な不利も祟ったのだった。
「その二柱、今も地界にいるのかしら?」
「魂を捉えたのは一瞬だったからな。果たして今何処にいるのか迄は分からない。だが、それ以降で空間移動用の渦が出現したのは、お前が魔界を経由して龍脈に出てきた時だけだ」
空間移動用の渦は、あくまでも聖法か魔法か龍法に準ずる。その為、それを行使する為には聖力か魔力か龍脈を体外へ向けて放出しなければならず、そうともなれば魂と同じ様に秘匿出来る筈も無い。
故に、それが観測出来無いともなれば、それは即ち使用されていないという事。その為、それは、彼女らが未だ地界にいる可能性が高い事を示す重要な情報だった。
尚、勿論、空間移動用の渦を使わなくても地界を出る事は出来る。それこそ、単純に空を飛び続けて宇宙空間を飛び続けてその末端迄辿り着けば良いのだ。
だが、クオンを攫った儘そんな悠長な事をする可能性は極めて低い。加えて、現状のクオンは未だ宇宙空間に対して完璧な耐性を獲得出来ていない。態々《わざわざ》攫った手前、生きている彼に用事があるという事なのだから、そんな死のリスクを冒すとも考えられなかった。
だからこそ、それも相まって、クオンが未だ同じ界の同じ星にいる可能性が極めて高くなったのだ。
「成る程、上出来ね。最高よ、シンクレア」
ありがとう、とスクーデリアは何時に無く素直に礼を零し、優しさで満ち溢れる微笑みを浮かべる。
その姿は非常に美麗で上品であり、しかし彼女の本来の性格からは余りにも想像付かない素直さ。
故に、ログホーツもシンクレアも、そして彼女とは相棒として共に一心同体で生きてきたノーレイティアでさえも狼狽せざるに入られなかった。
「あ、あぁ……何というか、余りにも素直過ぎて気味が悪いな……」
しかし、そんなシンクレアの感想はスクーデリアには届かない。普段の彼女なら魔弾の一つや二つを打ち込んで鱗を焼き焦がしていた所なのだが、齎された朗報を前にして、彼女はそんな気持ちがすっかり消失していたのだった。
第385話は10/27公開予定です。




