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ALPINA: The Promise of Twilight  作者: 小深田 とわ
第4章:Inquisitores Haereticae Pravitatis
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第383話:龍王と侯爵級悪魔

 龍の都(タナーニィーン)上空に突如として出現した侯爵級悪魔スクーデリア。草創の108柱序列第七位にして、悪魔公アルピナの幼馴染兼代行。悪魔(どころ)か神の子全体でも彼女に勝るのは片手で数えられる程度であり、当然、そんな彼女の事を知らない者はいない。それ程の有名人にして、それ程の強者。

 そんな、存在するだけで環境を揺るがし得る稀代の大悪魔が、一切の事前告知も前兆も無く姿を現したのだ。

 当然、その存在に気付いたどの龍達もこぞって警戒心を露わにする。もっとも、この場にいる全ての龍達がその存在に気付いたのだから、態々《わざわざ》そんな〝その存在に気付いた〟という但し書きは不要なのだが。

 兎も角、彼彼女らは一様に上空を見上げ、視界の中央に小さく浮かぶ彼女を見据えていた。

 尚、龍達にとって悪魔は本来は仲間である。種族が異なるとはいえ、共に神の子であり、神龍大戦では共に天使に立ち向かった戦友でもある。

 だが、何故こうも警戒してしまうのか? それは単純に、彼彼女らが余りにも情報不足な状況下故に何も理解出来ていない為。

 一応、神龍大戦の延長線上にける天使と悪魔の対立構造だ、という事はシンクレアから聞かされた為に凡そ認識出来ているのだが、しかし言い換えればその程度。そこに至るまでの経緯や現状やそれに関与する者の心情や、そもそも如何どうして再び対立構造が再燃したのかなど、必要な事がまるで分かっていなかった。

 だからこそ、こうして突如として現れたスクーデリアが果たして何を為そうとしているのかがまるで不明瞭な為に、それが恐怖となって彼彼女らの心を蝕んでいたのだ。無知故の恐怖、と表現するには適切とも不適切とも付かない曖昧なものだが、いずれにせよ彼彼女らの心が酷く荒んでいる事だけは疑う余地も無い事実だった。

 また、加えて、スクーデリアという存在の強大さに対してシンプルに畏怖している心もまたそこには少なからず含まれているのかも知れない。

 というのも、彼女は神龍大戦以前、現悪魔公——当時は未だ悪魔公ではなかった——アルピナ対皇龍ジルニアの小競り合いやそこに交ざろうとする現天使長——当時は未だ天使長ではなかった——セツナエルを諫め続けてきた。

 即ち、単純に考えて、彼女は天使長・悪魔公・皇龍のいずれに対しても上に立てる立場にあるという事。ただでさえ皇龍という存在は龍達にとって決して頭の上がらない最上位の存在なのだから、それすらも尻に敷く彼女に対しては、最早足を向けて寝る事も憚られる程の隔絶された立場の差が存在するのだ。


「スクーデリア……」


 地上で龍眼を輝かせるノーレイティアは、何処どこか感慨深げに呟く。やはり、かつて共に戦った相棒というのは伊達ではなく、それに相応しいだけの信頼と友情を紡いでいるのだ。

 金色に輝く龍眼は、さながら宝石の様に美しく輝いている。加えて、その龍としては小柄な、しかし生物としては巨大な躯体は、今にも彼女の下へ飛び込んでしまいそうな程に落ち着きを失っている。また、背中から伸びる一対二枚の翼も無意識的に大きく羽ばたいており、その気持ちの昂りをこれでもかとばかりに周囲へ公言している。

 そして、そんな彼女の存在に当然の様に気付いたのか、スクーデリアもまた眼下を見下ろしつつ、その視線をノーレイティアへと向けていた。

 鈍色の長髪を優雅に靡かせつつ、淡色のドレスワンピースも同様に揺らし、彼女は清楚に微笑む。神の子特有の雪色の肌が龍脈の光に照らされて淡く輝き、その健康的で撓やかな四肢を上品に彩っていた。


 ふふっ、如何どうやら元気そうね。安心したわ、ノーレイティア。


 眼下に龍の都(タナーニィーン)の大地を捉えつつ、久し振りに知覚する親友の波長を懐かしむスクーデリア。しかし、そんな楽しくもあり微笑ましくもある心落ち着く一時は早々に切り上げ、彼女は早速とばかりに地上へ向けて降下する。

 そんな彼女が目指すのは、勿論の事龍王の間。最後に彼女が訪れた時は確か皇龍の間と呼ばれていた筈だが、しかしただ名称が変わっただけでしかない。その為、それが何か不都合を齎す訳でも無く、そもそもとして名称が変わった事自体彼女は知らない話だった。

 そして、それを受け入れる側に立つ龍王ログホーツ、ノーレイティア、シンクレア、その他その場に居合わせた古い龍達もまた、彼女が此処ここを目掛けて降下している事はとっくに理解していた。

 だからこそ、彼彼女らはそそくさと迎え入れる態勢を整える。とは言っても、人間達の様に何か文化文明的な御持て成しを持ち合わせている訳では無い為、出来る事はと言えば精々着地し易い様に場所を確保する程度でしかなかったが。

 やがて、遂にスクーデリアは龍の都(タナーニィーン)の大地にその足を付ける。より正確に言えば、龍の都(タナーニィーン)を形成する核となる龍王の間の入り口前へと彼女は降り立ったのだった。

 魔力を遠慮無く放出し、同時に空間を満たす龍脈から身を護る様に全身を覆い、加えて背中から伸びる二対四枚の翼をこれ見よがしに羽ばたかせる事で、彼女は周囲を威圧する。しかし、それは無意識的乃至(ないし)本能的な行動でしかなく、彼女の本心としては特にそんな意図を抱いてはいなかった。

 だが、そんな事を露と知る事無く、彼女は改めて周囲をグルリと一瞥する。

 彼女の周囲には多数の龍達が取り囲んでおり、しかし彼女とは若干距離が離されている辺り、彼彼女らの警戒が良く読み取れる。其々《それぞれ》瞳を金色の龍眼に染め替える事でスクーデリアの魂を詳らかにしようと鋭利に睥睨し、しかし強固な秘匿魔法によって阻まれる為に何一つ情報を得られない事に対して苦虫を噛み潰した様な相好を浮かべる。

 そんな彼彼女らの姿は非常に滑稽であり、しかし其々《それぞれ》が魂に宿す個体色と同じ色で染められた色取り取りの鱗のお陰で、その光景は非常に愉快でもあった。

 だが、今のスクーデリアには、そんな雑多な龍達の相手をしている暇なんて何処どこにも無い。あるいは、仮令たとえ今ではなくても相手をする積もりは更々無かったのかも知れないが、いずれにせよそんな事はこの際如何(どう)でも良かった。

 そんな彼女は、当然の様に雑多な龍達には一切声を掛ける事も手を出す事も無く、まるで初めからそこには存在していなかったかの様に無視を決め込む。そして、そのまま何食わぬ顔で龍王の間が存在する建物中へと優雅に足を踏み入れるのだった。

 そうして中に入ると、カツカツ、と高いヒールが生む踵音が幾重にも反響して彼女の耳に齎される。しかし、その踵音は非常に繊細()つ上品であり、現在の彼女が宿す心情風景とはまるで倒錯したもの。彼女の持って生まれた悪魔としての品格だけが適切に抽出されている様だった。

 そしてそのまま、彼女は建物内を只管ひたすらに歩み続け、あるいは飛行魔法で飛び続ける。わざわざ々道案内されずとも内部構造はこの世界が誕生した10,000,000年前から何も変わっておらず、最早迷う余地すら無かった。

 だがしかし、やはり此処ここが龍の住処という関係上か、全てが矢鱈と大きい。龍という他の神の子とは毛色の異なる身体構造を持っている都合上、それは悪魔である彼女の身の丈には全く以て適合しておらず、その為徒に時間と魔力を浪費させられてしまう。

 だが、それも最早慣れた話。何時いつもの事だ、とばかりに適当にそれを受け流すと、彼女は脇目も振らず通路を進み続けるのだった。

 やがて、と言ってもそれから程無くしてだが、彼女は漸く龍王の間に到着する。別に外からそのまま飛び込んでも良かったのだが、しかし切羽詰まった状況とは言え最低限の礼節だけは必要だろう。彼女は大人しく正面からその広間に身を投じると、久し振りとなる龍王との対面を果たすのだった。

次回、第384話は10/26公開予定です。

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