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ALPINA: The Promise of Twilight  作者: 小深田 とわ
第4章:Inquisitores Haereticae Pravitatis
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第380話:龍王達の困惑

 やがて、彼がその異空収納の中から大事そうに取り出したのは、人間が扱う程度のサイズ感をした一振りの長い両刃剣。鉛色に鈍く染まるその剣身からは、しかし強くも非常に懐かしい力が零れ出ており、それがただの剣では無い事は誰の目にも明らかだった。


「それは——ッ!?」


 それは、龍剣ヴァ―ナード。大元は、かつて神龍大戦を悪魔と共に戦った龍であり、剣身と同じ鉛色を個体色として宿す者。

 だが、彼の存在は一体何時(いつ)頃だったか最早定かでは無いものの、気が付けば行方知れずになっていた。果たして生き残っているのか死んでいるのかすら定かでは無く、仮に死んでいるのなら無事に復活の理に流されたのか、将又はたまた魂を誰にも回収される事無く霧散してしまったのかすらも全く以て不明だった。

 それが今、こうして龍剣となって龍達の手元に戻ってきたのだ。

 果たして、これを素直に喜んでも良いのだろうか? 

 確かにこうして龍の都(タナーニィーン)に戻って来れたのは事実だが、しかしこれは龍剣ヴァ―ナードであって龍ヴァ―ナードでは無い。本質的に見ればそれらは同一のものだが、しかしそれに対する其々《それぞれ》の受け取り方は、決してそれを同一として受け容れられていなかった。

 龍が龍剣となったという事は、即ちその肉体が滅び魂諸共復活の理に流される事無く、自然世界に分解されずに残った角が何らかの形で剣として生まれ変わったという事。それは詰まる所、ヴァ―ナードの死であり、仮令たとえ神の子であろうとも二度と蘇る事が無いという事の証でもあった。


「アルピナから預かって来たものだ。あぁそれと、同時に伝言を頼まれたのだが、如何どうやら神龍大戦の再来が近いらしい。それに際して、またそう遠くない内に此処ここに来るそうだ」


「そうか。一応、此処ここからでも時折様子を見ていたが、事態は思った通り深刻な様だな」


 神龍大戦では龍もまた悪魔程では無いにしろそれなりの損害を被った。それこそ、皇龍の死は壊滅的な打撃として種族の根幹に深い傷を残しており、今尚鋭利な対立因子となって彼彼女らの心に燻っている。

 だからこそ、その再来ともなれば相応の警戒と事前準備をしなければならない。またあの時の様な損害を出してしまったら、今度こそ種族として立ち直れないかも知れない。いや、たった五柱ごにんしかいなくなった悪魔が此処ここまで立ち直れているのだから恐らく大丈夫だとは思うが、しかし最悪を想定するに越した事は無いだろう。

 それに、アルピナと言えば神龍大戦を勃発させた当事者の内の一柱ひとり。言わば主犯格の様なもの。決して彼女に対して不信を募らせている訳では無いが、彼女の本質的な性格も相まって、やはり警戒せざるにはいられない。

 だからこそ、ふぅ、と大きく息を吐き零した龍王ログホーツは、シンクレアから龍剣を受け取りつつ、上空を見上げる。空一面は龍の種族色である琥珀色に何時いつもと変わらなく染まり、戦争の予兆を感じさせない平和的な色香がそこからは降り注いでいた。



 数日後、シンクレアの帰還に伴う陽気で快楽的な団欒が漸く落ち着きを取り戻し、龍の都(タナーニィーン)何時いつもと変わらない静かな印象に包まれていた。

 そもそも龍の都(タナーニィーン)はそれ程発展している訳では無い。何より、龍という種族自体がその身体構造上の理由から余り文化文明的な活動が難しい都合上、如何どうしても彼彼女らが過ごす場所は自然的な環境に落ち着いてしまう。

 だからこそ、龍の都(タナーニィーン)は全体的に廃れた遺跡の様な雰囲気に包まれており、そこに其々《それぞれ》龍達が点在しつつ思い思いの時を過ごしているだけだった。

 そんな中、ほぼ唯一と言っても良い程に文化文明的な印象を残している建造物は、龍の都(タナーニィーン)の枢要的な建物。龍の体格でも問題無く使える様に彼是あれこれ工夫が施されたそれは、龍の都(タナーニィーン)という特殊な構造体を維持する為に必要な、言わば核の様なもの。加えて、龍という種族を統括する本部の様な役割を持っており、龍王ログホーツの定位置でもある。

 今日もまた、彼はそこで龍脈全体を見通しつつ、天使と悪魔の対立の行方を龍眼を通して見据える。今にもぶつかりそうな彼女らの対立は、第三者として立つ彼の心に重い緊張として圧し掛かる。


此処ここ数日は比較的大人しいみたいね」

 そう呟くのは、龍王であるログホーツより更に年上の女性龍ノーレイティア。龍としては比較的小柄——とは言っても、その体長は尻尾(まで)含めて約15m——であり、その白縹色の鱗で全身を覆いつつ金色の龍眼を地界に向けている。

 彼女は現在、龍王の補佐役としてログホーツに付き従っており、草創の108柱の内の一柱いったいとしての実力と経験を基に彼を献身的に支援している。

 そうだな、とログホーツは彼女の言葉に曖昧な返事をする。確かに彼女の言葉は事実だが、しかしこうして平和だからこそ、その反動として何か嫌な事が起こりそうな気がしてならなかったのだ。

 勿論、彼より経験豊富なノーレイティアがそれに気付いていない訳が無かった。彼女だってその言葉の裏には相応の警戒と不安が渦巻いている筈であり、あくまでも今現在目に見えている情報だけを素直に言語化しただけに過ぎないのだ。


「出来ればこのまま自然消滅的に鎮静化して欲しいものだが……」


「それが出来たら初めからこんな事にはなって無いわよ」


 そうだろうな、とログホーツは苦笑しつつ同意する。自分でも、それが荒唐無稽な発言である事は重々承知していた。しかし、希望的観測でも口にしていなければ、この不安心には耐えられそうに無かったのだ。

 そんな時、二柱にたいの長閑な団欒を吹き飛ばす様な強い力が吹き荒ぶ。

 それは二柱にたいがこれまでにも幾度と無く感じた事がある波長。幾度と無く見た事がある色。全悪魔の頂点に君臨し、全悪魔を統率し、あるいは全神の子の中でも最古参に程近い位置で今尚生き残っている公爵級悪魔、悪魔公アルピナの魔力だった。


「な、何?」


「これは……アルピナの魔力か!?」


 故に、ログホーツとノーレイティアは其々《それぞれ》狼狽を露わに困惑する。別に彼女の魔力を味わうのはこれが初めてではない為に、力そのものに対して驚いている訳では無い。この遠く離れている上龍法によって強固に秘匿されている此処ここ龍のタナーニィーンからでもこれだけ鮮明に近く出来る事に対して、彼彼女は驚愕していた。

 また同時に、だからこそ、アルピナの現状については態々《わざわざ》確認するまでも無く容易に確信出来た。


「天魔の理を破ってるわね、これ」


 天魔の理は地界を破壊しない為の予防措置。故に、その範囲内であれば地界の外であるこの地でこれだけ鮮明に感じられる筈が無い。感じられるからこそ、その範囲を逸脱している事が逆説的に確信出来るのだ。

 一体何があったのだろうか、と二柱にたいの心には全く同じ疑問が湧出する。感じられるのはアルピナの魔力のみ。言い換えれば、それと対立する力は感じられない。だからこそ余計に、単独で何を為そうとしているのか、皆目見当が付かなかった。

 果たして天使と敵対しているのか? あるいは悪魔同士で対立しているのか? 仮令たとえそのどちら方でも、果たして何が原因であり、一体何を為そうとしているのか?

 あくまでも遠く離れた龍眼越しの抽象的な情報しか得られない以上、如何どうしても思考の幅が狭まってしまう。直接見なければ分からない事、直接見なくても分かるけど単純に見逃している事。様々な原因によって、彼彼女の困惑は時間と共により一層色濃くその思考を惑わしてしまう。

 そして、僅かに遅れる様にして沸き上がるのは、彼女と同じ悪魔にして彼女に次ぐ侯爵級悪魔スクーデリアの魔力。

 単純に量と密度に秀でた悪魔公に負けずとも劣らない繊細さと洗練さを宿す彼女の魔力が、先行する悪魔公の魔力を真っ向から受け止める様にその規模と濃度を拡大させるのだった。

次回、第381話は10/23公開予定です。

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