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ALPINA: The Promise of Twilight  作者: 小深田 とわ
第4章:Inquisitores Haereticae Pravitatis
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第379話:ログホーツとシンクレア

 だからこそ、彼は自身を見据える複数の龍眼に対して、特別驚く様な事は無かった。極自然にその眼差しを受け流しつつ、あるいはちょっとばかしの悲しみを抱きつつ、それでも、久し振りに龍の都(タナーニィーン)へ帰還出来た事を、彼は純粋に喜ぶのだった。


「「シンクレアッ!?」」


 そして、彼がそんな風に感傷に浸っていると、漸く地上の方でも眼前の光景に理解が追い付いた様だった。複数(たい)の龍達が揃って彼の名を叫び、それとはまた別の龍達は非言語的な声を漏らして驚愕する。将又はたまた、一部の新生龍達は、彼と面識が無いが故に、周囲が驚愕する理由に対して理解が追い付かず、ただ茫然とするのだった。

 やがて、多くの龍達は一斉の上空へと飛び上がる。身の丈を遥かに超える巨大な翼を大きく羽ばたかせ、あるいは翼を持たない者は、その蛇の如き長大な躯体をしなやかに蛇行させる事によって推力及び浮力を獲得する。

 琥珀色の空を色取り取りの鱗で埋め尽くす様に集う彼彼女らは、集団となってシンクレアを取り囲む。いずれも神龍大戦終戦時には既に一度生を受けた事がある年代の者ばかりであり、詰まる所シンクレアとは昔からの顔馴染みであった。

 そんな久し振りに会う友人乃至(ないし)知人の姿をその瞳に映して、シンクレアもまた無意識的に頬を綻ばせる。もっとも、身体の構造上、人間の様に感情を表立ってその相好で表現する事は出来無い為、あくまでも比喩としての綻びでしかなかったのだが。

 それは兎も角、嬉しいのは事実だ。一応、龍という種族の特性上からすれば、たかが数千年程度顔を合わせなかったからと言って然程懐かしむ様な事は無いし、何なら他の世界に散らばった龍達とはそれより遥かに長い年月の間会っていない。

 しかし、シンクレアは自身が幽閉されたまま助かる見込みを見出せていなかったし、他の龍達はシンクレアを事実上の死亡扱いしていた。

 その為、要するに、何方どちらも二度と会えないと思い込んでいたのだ。故に、だからこそ、こうして再会出来た事は双方にとって想定外の出来事であったし、あるいは奇跡の様でもあったのだ。


「何というか……余り変わらないな……」


 実家の様な安心感というか、いや、確かに此処ここは彼にとって実家の様なもの——彼が生まれたのはギリギリ各世界が創造される前だった為、本当の実家は当時神界アーラム・アル・イラーヒーにあった生命の樹になる——なのだが、兎に角心が落ち着く様な穏やかさがそこはかと無く感じられる。あるいは、成長性が無い、と卑下出来るのかも知れないが、何方どちらにせよ悪い方向へ転がり落ちていない事だけは確実だった。

 そんな彼に対して、誰も彼もが思い思いに声を掛ける。懐かしむ者、心配する者、安堵する者、軽口を叩く者。その反応は千差万別であり、いずれにも共通するのは、彼の帰還を全面的に迎え入れているという事。つい先程(まで)金色の龍眼で敵対心を投げ付けていたとは思えない代わり様だが、しかし言い換えればそれだけ態度が柔軟だという事でもあった。

 その後も、適当な雑談を交えつつ、彼は地上へ向けてゆっくりと降下する。

 その着地地点を示す様に、無数に集う龍達は円形の空白ポイントをその中心に設けており、どうぞ此処ここに降り立ってください、という意図が無言の圧となって地上から注ぎ込まれていた。

 だからこそ、シンクレアは有り難くその地点に降下する。態々《わざわざ》此処ここまで御丁寧に迎え入れてもらわなくても良いのに、とも思うし、何より同じ龍として同じ価値観を共有する彼がそう思うのだから、そうせざるを得ない意図があるという事。つまり、そこに降りても良い、という事では無く、そこに降りなければならない、という事だ。

 その為、シンクレアはその真意を心中でそれとなく予想しつつ、しかし決して警戒する事は無く地上に足を付けるのだった。

 翼を折り畳み、過剰な龍脈を魂に還元させ、彼は大きく息を吐く。地界から龍の都(タナーニィーン)までの長距離飛行で疲労した身体をほぐす様に伸ばし、あるいは久し振りの龍の都(タナーニィーン)を懐かしむ様に首を回す。

 そんな折、彼の背後から一柱いったいの龍が鷹揚に歩み寄る。

 その者は、白銀色の鱗でその蜥蜴の如き身体全身を覆い、太い四肢と巨大な翼を一対伸ばし、額からは一本の琥珀色の角を長く鋭利に伸ばしている。

 彼の名はログホーツ。この世界に生息する龍達を取り纏める龍王であり、皇龍亡き今、この世界の龍の頂点に君臨する存在。

 彼はその地位品格に見合った鷹揚()つ荘厳な態度振る舞いを絶やす事無く、しかし龍王ではなかった当時とは変わらない親しみやすさと素直さを並立して湧出させていた。


「久しいな、シンクレア」


「……ログホーツか」


 二柱にたいの龍は静かに互いの存在を認識する。尚、龍もまた悪魔と同じく階級によるカースト構造をそこまで重要視しないイデオロギーで生きている為、仮令たとえログホーツの方が立場上上だとはいえども、必ずしも彼に対して遜らなければならないという訳では無い。

 その為、こうしてシンクレアがログホーツに対してさながら同世代の友人かの如き態度振る舞いを見せても誰もそれを咎める事は無いし、ログホーツ自身だってそれを咎めようとは思わない。

 尚、一応龍王という階級を抜きにしても、ログホーツの方がシンクレアより年上に当たる。その為、しこれが天使だったら、シンクレアはログホーツより下の立場として遜らなければならない。

 ちなみに、実の所ログホーツは種族の頂点として非常に若い。初代天使長及び悪魔公、並びに現天使長及び悪魔公、そして皇龍に関しては、いずれも草創期に生まれた天使乃至(ないし)悪魔乃至(ないし)龍。それに対して、龍王ログホーツは草創期に生まれた108柱には含まれていない。それどころか、悪魔でいう所のクィクィ世代である。

 そういう訳もあってか、中には龍王ログホーツより年上でありつつも彼より立場が下の者がそれなりに居たりする。

 だからこそ、実際の所ログホーツとしても、こうしていたずらに遜る事無く思うがままに平静に向かい合ってくれる方が精神的に気楽だったりする。それどころか、年下の格上という倒錯した境遇にやつれた精神を癒してくれる緩和剤としての役目すらも果たしてくれるかの様だった。

 そんな事を考えつつ、ログホーツは改めて口を開く。色々と話したい事は山積みであり、しかし情報が錯綜して渋滞したり、あるいはそれによって正しき情報が伝わらなかったりする事を防ぐ為にも、彼は順序立てて確実に情報を噛み砕いてゆく。


「暫く前に姿を消したっきり、行方不明だったが、一体何があった? また天使と悪魔の対立の影響か?」


「話すと長くなるが、その通りだ。今回はなんとかアルピナ達に救ってもらったお陰で如何どうにかなったが、また近い内に大きな争いになるだろうな」


 だからこそ暫くは様子を見た方が良いだろう、とシンクレアは自身の意見を具申する。出来れば読み違えて欲しい予測だが、しかし状況からしてほぼ間違いなく起こるだろう事は目に見えていた。何より、アルピナ達がすっかりその気なのだ。当事者達に回避しようとする意志が見られないどころか積極的に勃発させようという意思が表れている以上、最早予測という作業すら無駄な様な気がしてきた。

 あぁそれと、とシンクレアは異空収納を開く。

 次元の狭間へと繋がっているそれは容量無限の収納であり、本来であれば自由度が限り無く高い便利箱として有用な筈。しかし、基本的に四肢を持たないか持っていても四足歩行である龍達からしてみれば、ちょっとばかし不便。何を取り出すにしろ何を仕舞うにしろ、毎回龍脈を使って物品操作しなければならないのだ。

次回、第380話は10/20公開予定です。

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