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ALPINA: The Promise of Twilight  作者: 小深田 とわ
第4章:Inquisitores Haereticae Pravitatis
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第378話:久し振りの龍脈②

 やがて、魔眼の出力が自身の求めるレベルにまで達した事を認識した彼女は、改めて龍脈全体を見渡す。その瞳は三界の自転や公転及び無作為な自由運動によって生じた龍脈全体の蠕動運動や揺らぎや淀みなどが可視化され、龍脈内部に生じた海流乃至(ないし)潮流の如き流動性を詳らかにする。


 龍脈の流動性は依然として保たれたままの様ね。これなら、計算もし易くて助かるわ。


 ふふっ、と美麗()つ妖艶な微笑みを浮かべ、スクーデリアは不閉の魔眼をより一層煌びやかに輝かせる。そして、それによって齎されるあらゆる情報を精査する事によって、現在の龍の都(タナーニィーン)の詳細な位置を割り出す。

 というのも、やはり、大雑把な位置なら地界に居(なが)らの思索でも割り出せるのだが、その詳細な位置(まで)は現場を訪れて直接感じてみなければならないのだ。それはひとえに、龍脈の構造や流動性が非常に複雑であるが為というのもあるが、何よりそれ以外にも、龍の都(タナーニィーン)が非常に小さい事も大きい。

 確かに、規模的には人間社会が築き上げる一つの国程度の大きさはある為に、絶対的な大きさで見ればそこまで小さい訳では無い。

 しかし、生憎その龍の都(タナーニィーン)が位置しているのは龍脈の中。複数の国々を内包する星を無数に内包する宇宙空間こと地界及びそれと同程度の大きさを誇る天界と魔界を内包する更に広大な領域に対してその程度の大きさしかないともあれば、その相対的な大きさは語るまでも無いだろう。広大な砂漠の中から一匹の蟻を見つける方が未だ幾倍も易しいまであるだろう。

 だからこそ、スクーデリアにはその正確性が求められた。幾ら神の子の中でも最上位に程近い一角に位置している存在とはいえども、しかし身体の大きさは人間並み。女性としてはやや長身な部類には入るが、しかし所詮はその程度でしかなく、僅かなズレが大きな破綻を生み出し兼ねないのだ。

 そして、それから程無くして、漸くスクーデリアは目的の場所を探り当てる。勿論、その魔眼に対象そのものが映る事は無いが、それでも、そこにそれが存在するという事実は、確信とも言える自信で以て頷けた。


 思ったより近そうね。私の計算が間違っていなければ良いのだけれど……兎に角向かってみましょうか。


 スクーデリアは、背中から伸びる二対四枚の翼を数度羽ばたかせる。無論、龍脈には空気が存在している訳では無い為、どれだけ羽ばたかせても何ら意味は齎されない。あるいは、空間内を満たす力として龍脈を扇ぐ事で多少の浮力を得られるのかも知れない。

 いずれにせよ、移動には全く以て無価値な存在であり、無意味な行動ではあった。

 そして、それは兎も角として、スクーデリアは全身から魔力を漲らせつつ移動を開始する。

 生憎、余りのんびりしていられる状況ではない。しかし、幸いな事に、それ程時間を要する訳でも無さそうではある。

 だからこそ、迅速に、しかし決して焦燥に駆られる事無く、彼女は優雅()つ大胆に飛翔する。悪魔公に次ぐ全悪魔ナンバー2の実力者として、彼女は自身の存在を惜しげも無く龍脈全体へ零出しながら、見えない目的へと急行するのだった。




【数日前 龍の都(タナーニィーン)



 広大な龍脈の何処どこかに浮かぶ小さな島。その土地面積は精々人間社会の一国程度。

 しかし、その僅かな土地で生きる者こそ、この世を生きるあらゆる生命の魂を司る神の子三種族の一角を占める龍達。

 彼彼女らは、その僅かな土地を決して奪い合う様な愚行はせず、共に協力し合いながら長閑な一時を満喫していた。

 幸いにして、神龍大戦という最大の争乱が収まり、それ以降この世界一帯は約10,000年もの間、平穏な凪が吹いていた。それに伴い、戦場の緊張感から彼彼女らの心は漸く離れ、あるいは此処ここ最近はそんな殺伐した感情を知らない者も多くなりつつあった。

 だからこそ、彼彼女らは今日もまた何時いつもと変わらない日常を過ごす予定だった。天使や悪魔と異なりヒトの子の魂の管理義務を持たず、精々する事と言えばエロヒムの抑止力として存在するか、あるいは天使と悪魔の不和が生じない様に仲裁するかしかなかった。

 だが、そんな彼彼女らの予定は突如として彼方かなたへと吹き飛ばされる。

 彼彼女らの魂に突如として齎されるのは一種の警報。あるいは、緊迫感と形容した方が良いのかも知れない。

 何方どちらにせよ、彼彼女らは揃って緊張感を露わにしつつ臨戦態勢を整える。それこそ、神龍大戦の時程では無いにしろ、場合によっては相性上不利な天使とでも多少は持ち堪えられる程度には覚悟とやる気を漲らせていた。

 その原因はズバリ、龍の都(タナーニィーン)を保護する外膜に何者かが触れた為。正確に言えば、外膜を通り抜けて龍の都(タナーニィーン)内部へと侵入した事による緊張だった。

 そもそも、その被膜はかつて皇龍ジルニアによって張り巡らされたもの。故に、正確に言えば龍法の一種である。彼亡き今、その被膜はこの地に住まう龍達による共同管理によって維持されているが、だからこそ却って外膜が齎す情報は全ての龍へフィードバックされる。

 故に、あらゆる龍達の視線は、その情報が発信された方角へと向けられる。

 各個体が持つ個体色に染められた瞳は揃って金色の龍眼へと染め替えられ、ある種の宝石箱の如き燦然たる輝きが一点へと向けられるのだった。


「一体……何があったんだろう?」


 そう静かに呟くのは、秘色の鱗で全身を覆った平均よりやや小柄な龍ナターシャ。かつて神龍大戦を悪魔と共に生き抜いた彼女——龍は性別に伴う生物学的外見的差異は存在しない為、あくまでも精神的性別が女性なだけ——は、そんな古強者らしさを感じさせない穏やかでお淑やかな態度振る舞いを維持していた。

 しかし、その瞳だけは嘗て常在戦場が基本だった時代を彷彿とさせる野性的な色香を覗かせており、額から伸びる二本の角はそれを補強する様な獰猛な龍脈を放っていた。


「侵入者か? だとしたら、せめて悪魔であって欲しいものだが……」


 せめて、という願望を惜しげも無く晒し出して平穏を希うのは、そんな龍達を取りまとめる龍王ログホーツ。この世界にただ一柱ひとりしか存在せず、今は亡き皇龍ジルニアの後を継いでこの世界の龍達を管理する彼は、しかしまるでそんな覇王染みた雰囲気は感じられなかった。

 だが、彼の言葉は全ての龍が同意する所。天使や悪魔程では無いにせよそれなりに数を減らした彼彼女らにとって、幾ら相性上有利とは言え、これ以上天使との対立は懲り懲りだった。それどころか、仮令たとえ相性が不利であっても味方として共に戦った歴史を持つ悪魔の方がよっぽどマシだった。

 そして、それから程無くして、その警報を齎して存在はついに彼彼女らの前に姿を現す。迎撃に一切出る事無くそのまま懐近く迄引き入れるのははなはだ甘いとは思うのだが、しかし来てしまったものは仕方無い。

 あるいは、心の何処どこかで無意識的に無害を感じ取っていたのかも知れない。確証は無いし確認する術も無いが、きっとそうなのだろう、という事にしておくのが得策だった。

 事実、その正体は安全な者だった。それどころか、安全を通り越した先の感動すら感じる始末。

 その正体こそ、他でも無いシンクレアだった。驪龍の岩窟に幽閉され、ヴェネーノ達と別れた後、こうして仲間達の許へと無事に帰還したのだ。


「久し振りに戻って来れたな」


 上空から龍の都(タナーニィーン)大地を見下ろしつつ、シンクレアは静かに呟く。地上にいる誰も彼もが自身に向けて警戒心を伴う敵意を向けてきているのは少々意外だし、ちょっとばかし悲しくもある。しかし、バルエルの天羽の楔に囚われていた為に、行方不明乃至(ないし)事実上の死亡扱いを受けていたのであろう。そんな身としては、成る程当然の扱いだった。

次回、第379話は10/19公開予定です。

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