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ALPINA: The Promise of Twilight  作者: 小深田 とわ
第4章:Inquisitores Haereticae Pravitatis
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第377話:久し振りの龍脈

 そして、そんな二人の反応を見て、スクーデリアは静かに微笑む。態々《わざわざ》読心術で二人の心を読まなくても、彼らが心中で如何どうにか自身の本能と折り合いを付けようとしている事が手に取る様に理解出来たのだ。だからこそ、そんな努力に対して慈しみに似た感情が湧出されたのだ。

 さて、とスクーデリアは気持ちを切り替える。だ話したい事は色々と残っているし、何より一時的とはいえ離れ離れになるのは名残惜しい。

 それでも、必要な事なのだ。必要が必要である限りにいて、それは全てに優先される。個人的事情に左右された享楽にかまけている暇は無いのだ。


「のんびりしている暇は無いわ。早速、行動に移りましょう」


 スクーデリアの言葉に対して、其々《それぞれ》思い思いに意思を返す。声を出すなり、頷くなり、拳を握り締めるなり。其々《それぞれ》その態度振る舞いは千差万別。しかし、いずれにも共通している事は、その瞳が決して曇っている訳では無いという事。勿論、今尚眠りに就いているアルピナは除いての話だが。

 そして、スクーデリアは腕に抱きかかえていたアルピナをヴェネーノに手渡す。本当ならクィクィに渡す方が圧倒的に安全なのだが、しかしアルピナより更に小柄な彼女では到底抱える事は出来ない。勿論、魔法で浮かせて運べば良いだけの話なのだが、この方が圧倒的に楽だった。

 その後、スクーデリアは、自身の直ぐ脇に等身大程度の渦を作り出す。それはまるで空間そのものに穴を穿いたかの様であり、現在の人間達が持つあらゆる科学技術を総動員しても決して再現出来無い御業。あるいは、今後どれだけ文明レベルが向上しても、ヒトの子である人間では決して到達する事のあたわない至高の領域かも知れない。

 いずれにせよ、しかし神の子である彼彼女ら悪魔からしてみれば、それは何ら変哲の無い空間移動用の渦でしかない。また、便宜上はヒトの子としての扱いを受けるレイスとナナも、今や悪魔達が絶えずカルス・アムラを出入りする様になった影響か、何ら驚く様な素振りは見せなかった。

 そんな渦は、静謐で荘厳な印象を零出させたまま、黙然と存在し続けている。渦そのものは空間をそのまま罅割らせたかの様な色合いを持ち、その奥に広がる空間は悪魔の種族色と同じ黄昏色に淡く輝いている。

 それはつまり、その渦の先が魔界に繋がっているという何よりもの証左である。

 だがしかし、だからこそ、その選択には微かな疑問が湧出する。というのも、彼女の目的地は龍の都(タナーニィーン)の筈である。魔界では無いのだ。それにも関わらず、彼女は魔界へ移動しようとしていた。

 それは何故か? 魔界を訪れなければならない用事でもあるのだろうか? あるいは、地界から外に出るより魔界を経由した方が早い為だろうか?

 恐らく後者だろう。そもそも、空間移動用の渦は三界同士を結ぶものであり、それ以外である龍脈や龍の都(タナーニィーン)、蒼穹、他の世界、神界アーラム・アル・イラーヒーへ接続する事は出来無い。

 加えて、幾らスクーデリアとはいえども、龍脈内の移動にはそれなりの時間を要する。神界アーラム・アル・イラーヒーに行く事や蒼穹内を縦断して他の世界に移動する事に比べれば圧倒的に早いが、しかしそこに空間という隔たりがある以上は必然的に相応の時間を要する事になるのだ。


「それじゃあ、後は任せたわ」


 腰に至る程に長い鈍色の長髪を優雅に靡かせ、スクーデリアは自然体なウィンクと共に渦の中へと消える。そして、それに伴い、彼女の魂も眼前から観測出来無くなり遠く離れた魔界へと所在が移る。

 やがて、その渦もまた、スクーデリアの力を失い静かに霧散する。あるいは、彼女が渦の向こう側から消去したのかも知れない。いずれにせよ、そこにはこれまでと何ら変わらない元通りの空間が何事も無かったかの様に存在しているだけだった。

 それを確認したクィクィは、さて、とばかりに小さく息を吐き零す。そして、気持ちを切り替えるかの様に、全体に対して行動を促す。


「それじゃあ、ボク達も動こっか。のんびりダラダラし過ぎてたら、後でスクーデリアお姉ちゃんに怒られちゃうもんね」


 アルピナが眠りに落ち、スクーデリアが不在となった今、この場にいる動ける者の中で最も地位が高いのは他でも無いクィクィである。一応は天使程上意下達が徹底されていないとはいえ、しかしこれまでの経験からつい無意識的にクィクィを頂点に据えた階層構造に落ち着いてしまう。

 だからこそ、クィクィ以外のこの場にいる者は、其々《それぞれ》彼女の言葉に対して頷きを返す。そして、 アルテアはレイスとナナを伴って西方地区の空へと消え、ルルシエはセナ及びアルバートの影へと戻るべく王城へと向かい、アルピナを抱えたヴェネーノはクィクィの傍に残る事で、彼彼女らは其々《それぞれ》の目的や役割の為の行動へと身を投じるのだった。




【数十分後 龍脈の何処か】



 上下左右の全方位が琥珀色に染められた不思議な空間。気体でも無ければ液体でも無く固体でも無いそこは、しかしまるで水の中の様な浮遊感に包まれた様な感覚を覚えてしまう。あるいは、人間が宇宙空間と呼ぶ地界空間とまるで大差無い感覚だと言えば分かり易いだろうか?

 そこは龍脈。龍が持つ力の根源としての龍脈では無く、天界と魔界と地界を包み込む事で一つの世界としての形状を維持する空間としての龍脈。その名が示す様に、実態としては龍の根源的力である龍脈で満ちた領域であり、立ち位置としては天界や魔界と同じである。

 故に、その領域は、龍脈を自身の根源として扱う龍にとっては非常に心地良いもの。それは、さながら餌箱の中に飛び込んでいる様なものであり、心地良くなければむしろ異常なまである。

 だが、それはつまり龍以外にとっては心地良くないという事の裏返しでもある。

 実際、地界から魔界ヘと移動し、そこから更にその外である此処ここ龍脈へと身を投じた侯爵級悪魔スクーデリアは、微かな不快感を露わにしていた。

 しかし、もっとも、本来三界に暮らしている都合上、世界の外に出る為には必然的に龍脈を経由しなければならない。その為、相性の良し悪しは別として、龍脈内の龍脈だけは心身及び魂に大きな影響を及ぼさない様な処置が取られている。

 加えて、スクーデリアは、自身の心身及び魂を常日頃から魔力のヴェールで入念に保護している。これは古い悪魔にとっては初歩的()つ基本的な技能の一つ。良く言えば本能的であり、悪く言えば古典的である。

 それは、かつて神龍大戦が勃発するより遥か以前の、だ神の子が仲良く揃って神界アーラム・アル・イラーヒーで暮らしていた頃、絶えず繰り返すアルピナとジルニアの小競り合いが生み出す余波から身を護る為に自然と身に付いた防御反応だった。

 さて、龍脈に出るのは久し振りね。でも如何どうやら、アルピナの魔力で損傷を受けている様子は無いみたいね。それとも、セツナエル辺りが聖力で上手く誤魔化したのかしら?

 それより、とスクーデリアは小さく息を吐き零して気持ちを切り替える。懐かしさに身を委ねるのも悪い気分では無いが、しかし時間と場所と状況を履き違えてはならないのだ。

 彼女は、不閉の魔眼を凝らして龍脈全体を見渡す。幸いにして此処ここは龍脈。つまり、地界の外。それは言い換えれば、天魔の理が適応されない地。要するに、力を抑える必要は何処どこにも無かった。

 その為、あるいは龍脈という広大な領域を全て捉える為の必然性に駆られて、彼女は魔力を魂から止めど無く湧出させる事により魔眼の出力を増大させる。

 同時に、背中からは二対四枚の翼を伸ばし、自身の悪魔としての本質もまた同様に表立たせる。漆黒色の羽ばたくそれは、悪魔としての力の象徴であり、天魔の理で定められた上限値以上が湧出されている事を示すシグナルでもあった。

次回、第378話は10/18公開予定です。

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