第376話:龍の都への行き方
なら、とスクーデリアは微笑む。するべき事は決まった。後は実行に移すのみ。だからこそ、彼女は迅速に指示を出す。
「早速だけれど、龍の都に行くとしましょう。行くのは私一人で十分よ。だから、クィクィとヴェネーノはアルピナの事を宜しく頼むわ。恐らく今日一日は眠った儘でしょうし、放って置いても誰も傷付けられないでしょうけど、この子の事だから無理矢理にでも起きるかも知れないし、また暴れられても困るでしょう?」
「えぇ~、ボクも行きたかったなぁ」
クィクィは頬を膨らませて抗議する。そんな我儘を言っていられる状況では無い事は彼女も承知しているが、しかし彼女は感情を行動の軸に据える性格。決して理論を感情より上に置く性格では無かった。
「御免なさいね。出来れば一緒に行きたいのだけれど、アルピナを抑えられるのは貴女だけなのよ。心配しないでも、ログホーツには私から一言伝えておくわよ」
ふふっ、と微笑み乍ら、スクーデリアは宛ら子供をあやす様な口振りでクィクィを説得する。尚、それは決して彼女を子供扱いしている訳では無い。寧ろ、彼女の事は尊敬している。あくまでも、双方の性格差の兼ね合いでついついそうなってしまうだけだった。
「……あれ? そう言えば、龍の都の場所なんて分かるの?」
不意に、ルルシエが口を挟む。彼女は頭上に疑問符を浮かべ、スクーデリアに対してそれを素直に問い掛けていた。
確かに、彼女の疑問は尤もだろう。
龍の都とは即ち龍の住処。天界、魔界、地界という三界を包み込む広大な球体構造を持つ龍脈の何処かに存在するそれは、精々がこの星の一国程度の大きさしかない。加えて、龍脈内部の流動性に従って不規則に場所を変えている。しかも、凡ゆる外的要因からその地を護る為に、龍の都全体を覆う様に堅牢な秘匿龍法が張り巡らされている。
その為、基本的に龍の都の場所は誰にも知られる事が無い。唯一龍だけは帰巣本能がある為にその位置を常に把握出来るのだが、しかし同じ神の子である天使や悪魔でさえもそれは不可能なのだ。勿論、天使長であるセツナエルや悪魔公であるアルピナと雖も例外は無い。
故に、基本的に天使や悪魔が龍の都を訪れるには、偶然による発見か、虱潰しによる捜索か、或いは龍の誰かに連れて行ってもらうしかない。
だが、生憎この場には龍人こそいるものの龍はいない。加えて、龍と連絡を取れる手段も無ければ出来る者もいない。それでも、スクーデリアの発言からして、まるでその場所が分かっているかの様。まさかそんな事が、と言いたくなる話だが、少なくともルルシエの主観ではそう感じられた。
「問題無いわ。私が最後に龍の都の場所を把握したのが神龍大戦終戦時。それから10,000年程経過したという時間経過さえ把握していれば、後は当時の座標と龍脈全体の流動から計算出来るわ」
当たり前でしょう、とでも言いたげにサラリと言ってのけるスクーデリア。しかしルルシエとしてはそれを素直には受け入れ難かった。
一応、頭では理解出来ている。確かに、当時の座標と龍脈の流動さえ把握していれば、理論上は計算出来る。だが、理論上出来る事と実際に出来る事はまた別の問題である。
「そんな当たり前みたいに言われても……普通は無理じゃない?」
だからこそ、ルルシエは同意を求める様にクィクィ達を順番に一瞥する。しかし、如何やら必ずしもルルシエの意見に同意するという訳では無く、個体によってまちまちと言った具合だった。
具体的に言えば、クィクィはスクーデリアに同意、それ以外はルルシエに同意と言った具合。要するに、古い時代から生きてきた上で且つ相応の実力を有している者に限り、その思考に得心がいった様だった。
「まぁ、ボクとアルピナお姉ちゃんもそれくらい出来るからね。ボクはあんまり得意じゃないけど……」
へぇ、とルルシエは素直に感心する。彼女は純粋な悪魔とは言え、所詮は未だ新生神の子。つまり、生まれたての存在であり、人間でいう所の未就学児に等しい。
つまり、未だ知らない事ばかりなのだ。その為、自身の予想とはまるで異なる事実と直面する事や、現実的妥当性とは乖離した真実と対面する事だって良くあるのだ。
「そっか。でも、それなら問題無いみたいだね」
兎も角、問題は何事も無く過ぎ去った。それなら、後は実行に移すのみ。
「あの……俺達は如何すれば……?」
そんな遣り取りの中、レイスはやや遠慮がちにスクーデリアに問い掛ける。龍といえば自身らの祖。その為、何方かと言えば一度会ってみたい気もする。しかし、自分達が行った所で邪魔になるだけなのは明確だし、抑として観光に行く訳でも無いのだ。
だからこそ、自分達はこれから如何するべきなのかを明確にする為に、彼はそう問い掛けたのだ。決して指示待ち龍人になった覚えは無い。それでも、不用心に動けばまた何か悪い結果を齎し兼ねない以上、こういう時こそ素直に上からの指示を受けるに越した事は無いのだ。
「そうね……龍の血を引く貴方達こそ是非連れて行きたい所なのだけれど、生憎今の貴方達ではこの星の外に出る事すら儘成らないわ。それに、未だ龍の血の覚醒も不安定。これ以上は無理が過ぎるわ」
だからこそ、とスクーデリアの視線は直ぐ傍に立つアルテアへと向けられる。凡ゆるものを詳らかにする不閉の魔眼を輝かせ、宛ら狼の如き妖艶さを孕む金色の眼光が彼女の魂を射竦める。
「アルテア、貴女はこの二人を連れてカルス・アムラに戻りなさい。未だ貴女達の出番では無いわ。きっともう暫く先。そうね、セツナエルが表舞台に出て来る頃になったら、仕事を頼む事になると思うわ。それ迄、龍人達から龍の血の覚醒を促しておいてくれるかしら?」
有無を言わせない冷徹な眼差しを前にして、アルテアは思わず言葉が出て来なかった。しかし、スクーデリアの事は昔から良く知っている間柄だし、幾らカースト上に隔絶された開きがあるとはいえ、悪魔としての本分故に上下身分の影響は限り無く小さい。その為、本来であれば気兼ね無くそれに答えられる筈だった。
しかし、まるで氷漬けにされたかの様に、頭の先から足の先迄一瞬だが動かなかった。
それは偏に、スクーデリアの魂から漏れる威圧感。決してアルテアを威圧しようという意図がある訳では無いが、この状況に対する緊迫感故に、如何しても抑えられなかった様だった。
しかも、それは完全にスクーデリアにとっても無意識。彼女自身としては、無理矢理抑え込んでいる積もりだった。しかし、神龍大戦時や悪魔公代行時とはまた異なる精神的負担が、それを疎かにしてしまっていたのだ。
だが、そんな冷徹な緊張感を如何にか飲み込んで、アルテアは返事をする。しかし、それでも尚、表層にはその恐怖が隠し切れずに零出していた。
「わ、分かったわ。こっちの事は私達に任せて」
そして、それに続く様に、レイスとナナも同意の意思を見せる様に頷く。尚、二人とも龍の血の覚醒を示す様に背中からは一対二枚の翼が伸び、額の角も長くなっているが、しかし両者共にスクーデリアが抱く真剣な眼差しを前にして萎縮してしまっていた。
或いは、龍の血を覚醒させて龍としての本能がより強く前面に押し出て来る様になったが為に、相性上不利な悪魔に対して本能的逃避反応が出ているのかも知れない。
何れにせよ、しかしレイスもナナも本能だけで動く獣では無い。だからこそ、気持ちの上では萎縮していても、思考の上では平常を取り戻す。
次回、第377話は10/17公開予定です。




