表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ALPINA: The Promise of Twilight  作者: 小深田 とわ
第4章:Inquisitores Haereticae Pravitatis
374/511

第374話:状況の整理

 その為、身体がそれを覚えていたのだ。決して嬉しい事では無いし、何なら覚えていない方が良いまであるが、しかし実際に立ち会っている間だけはそれに有り難みを感じてしまう事もまた事実だった。

 そんな事はさて置き、スクーデリアの主題はクィクィでは無くレイスとナナとアルテアに向けられていた。

 というのも、何故か彼彼女らは揃って消耗状態にあり、決して目に見える外傷を伴っている訳では無いものの、その身体を其々《それぞれ》クィクィとヴェネーノに支えられていた。

 だが、如何どうにもアルピナの魔力嵐に打ち負かされた訳では無い様子。レイスとナナだけならその可能性を捨て切れないのだが、二人と一緒にいたアルテアまでもがそうなっているのだ。

 幾ら彼女が一度死亡状態を経験した比較的若い悪魔だとはいえども、しかしアルピナの魔力嵐で此処ここまで消耗する筈も無い。してやあれは無差別に撒き散らされたものであり、決してアルテアだけを狙ったものでは無い。故に、尚の事だった。

 一方、そんなスクーデリアの眼差しから彼女の求めている事を察したのか、彼彼女らは其々《それぞれ》一体何があったのかを明らかにする。


「申し訳ありません、スクーデリア様。クオン様を……攫われてしまいました」


 最初に口を開いたのは、ナナだった。彼女は忸怩たる思いをそのままに、果たして何があったのかを簡潔に説明する。

 だが、その声色と口調には全くと言って良い程に力が込められていない。一応は辛うじてながらに龍の血の覚醒状態を維持したままに出来ているものの、しかし本来であれば溢れんばかりに暴流する龍脈は、さながら風前の灯火の様にか細いものだった。

 だが、生憎此処(ここ)には悪魔しかいない。故に、誰も龍脈を操る事は出来無い。せめて龍剣なり遺剣なり龍魂の欠片なりを持っていればそこから多少の龍脈を拝借して回復させてあげられるのだが、生憎そう都合は良くなかった。

 それでも、そんな事はナナだって分かっている。この天使-悪魔間の抗争に巻き込まれた当初こそ何の知識も持ち合わせていなかったが、しかし龍の血が覚醒した事や悪魔達と行動を共にする様になった事でそれなりの知識と価値観を得られていた。

 だからこそ、あるいはそうでなくとも、彼女は我儘を言わない。決して、早く治してくれ、と言う事無く、むしろ自身の責任に対する罰としての意味合いを込めて、この状況を受け入れるのだった。


「攫われた? 一体、誰にかしら?」


「それが……背中の翼からして天使だろう、という事(まで)は分かったのですが、生憎天使とは面識が無く、果たして誰なのかまでは……」


 次に答えたのは、ナナの兄レイス。彼もまた龍人として龍の血を覚醒させており、背中からは龍を彷彿とさせる翼を一対、力無く伸ばしている。

 そんな彼もまた、ナナと同じく龍脈の消耗状態にあり、ヴェネーノに肩を支えられる事で如何どうにか体勢を保っている。しかしそれでも、その瞳だけは今尚燦然と力強い金色に輝いており、自身の不甲斐無さに対する怒りが滲み出ているかの様だった。

 だが、気持ちだけが先行しているものの、実態がそれに追い付いていない。生憎、どれだけ恨もうともどれだけ憎もうとも、彼だけでは如何どうする事も出来無い。あくまでも龍人としての知識常識しかない彼では、幾ら相手が天使だという事が分かっても、そこから何かを為す事は基本的に不可能なのだ。


「生憎、俺とクィクィが駆け付けた時にはもう誰もいなくてな。せめて俺達の内誰か一柱ひとりでも目撃出来ていたら、あるいは個体を断定出来たのかも知れないが……」


 口惜しそうに溜息を零すのはヴェネーノ。そして、それを追い掛ける様に、ごめんね、とクィクィもまた謝罪を口にする。

 だが、どれだけ過去を悔やんでも、その過去を変える事は出来無い。時間に対する介入は仮令たとえエロヒムであっても不可能であり、時間とはこの世を司る最上位階の概念なのだ。

 勿論、そんな事はスクーデリアだって知っている。何なら、時間の次にヒエラルキーが高いエロヒムとの付き合いがこの中で最も長いのはアルピナに並んで彼女なのだ。今更そんな構造的一般常識を我が物顔で教えられても却って困ってしまう。

 それに何より、たった一つの失敗程度で断罪する程スクーデリアも狭量では無い。あるいは、失敗如きに一々目くじらを立てて追及する程暇な心は持っていなかった。

 失敗したなら対処すれば良い。そして、同じ失敗を繰り返さない様に対策すれば良い。態々《わざわざ》罪と罰を必ずしも一体化させなければならない道理など、初めから何処にも存在していなかった。


「良いわよ、過ぎた話よ。それより、この状況を受け入れた上で対処策を講じましょう」


 所で、とスクーデリアはレイス及びナナに確認を取る。それは決して過去の失態を穿ほじくり返そうという訳では無く、対処策を練る上で必要となる情報を得る為のもの。少しでも情報が多ければ、そこから可能性を限定する事が出来るかも知れないし、そうなれば対処策の幅も狭める事が出来るかも知れなかった。


「その翼に関してなのだけれど、翼の数は何対何枚だったか覚えているかしら?」


「確か……二対四枚だったと思います」


「私にもそう見えました」


 当時を思い出す様にレイスは答え、ナナもそれに同意する。しかし、その顔色は何処どこか暗く、し間違っていたら、という仮定に恐怖している様に見える。

 というのも、し間違えていたら此処ここから先の議論が全て無駄になるかも知れない危険性が孕んでいるのだ。加えて、席を同じくしているのは全て自分達より根源的な格が異なる上位存在たる神の子。それこそ、神話上の存在。故に、緊張と恐怖は計り知れなかった。


「二対四枚……だったら智天使級だね」


 天使の翼は天使という種の権威の象徴。故に、翼の数と階級は明確に関連——比例では無い——している。熾天使級なら三対六枚、智天使なら二対四枚、座天使なら無翼、それより下なら一対二枚といった具合だ。

 これは、決して一個体の我儘で変更する事が許されていない絶対の定理。何なら、そもそもとして出来無い。精々が見せるか消すかの二択。それだけだった。


「そうね。とは言っても、だ数が多過ぎるわ。神龍大戦でそれなりに減ったとは言っても、現存する悪魔の総数より多い筈よ」


 天使に限らず、神の子はこの世界だけの存在ではない。此処ここと同じ大きさの世界が蒼穹の中に無数と存在しており、其々《それぞれ》に天使と悪魔と龍が散らばっているのだ。

 故に、それに応える様に神の子の総数も非常に膨大な数となっている。それこそ、日常生活では先ずお目に掛かれない様な桁数であり、神の子的価値観でも多いと思える程である。

 だが、神龍大戦の影響で約10,000年前の時点で悪魔の総数は僅か五柱ごにんまで減少した。そこから時間の経過と共にそれなりの数が生命の樹より誕生したものの、しかし天使や龍と比較すればだ絶滅危惧種並みの希少性である事には変わりなかった。

 だからこそ、たった一階級程度でそんな悪魔の総数を上回るという事実には頭が痛くなってくる。というのも、天使は悪魔に強く、悪魔は龍に強く、龍は悪魔に強い、というのが神の子間に広がる三竦みの関係。故に、天使と悪魔では相性の兼ね合いで悪魔の方が不利なのだ。

 加えて、智天使級は天使のヒエラルキーで言う所の上から二番目。つまり、悪魔でいうとスクーデリアより下でクィクィより上の世代に相当する階級という事。

 また、そもそもとして、神の子という種族は生きた時間と保有する実力が比例する特性を有している。その為、詰まる所、相性差を抜きにしても大半の悪魔より智天使級天使の方が力関係で上に立つのだ。

次回、第375話は10/13公開予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ